DOORA

---SIDE STORY---

#6.「侍魂3-無の攻防-」

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ジョニー隊長の行方を掴む為、かつての同胞ジークを捕獲する作戦にでたドーラ。銀河警察特務機関の教官である雅龍の協力により、侍一族の末裔という強力な助っ人を得たものの、全てが思惑と違った方向へ流れ一人苛立つ。そして、その先に待っていたのは待ち伏せという最悪の結果であった。だが、真価を発揮した侍の末裔であるカンナの前にジークを倒れる。しかしそれでは終わらなかった。何時の間にか周囲を完全に包囲されてまう。まだ戦いは始まったばかり。

「チッチッチッ」
人間には聞こえない極めて高い周波数の音声。
ドロイドであるドーラには微かながらも完全に捉えていた。恐らくこの場で気付いているのは自分だけであろう。規則的に響くこのパターンに従って住民は操られるかのように包囲網をジリジリと真綿で絞めるように縮めてくる。建物上階からメイド用レキキャシールはドーラを四方からロックオンしている。ドーラはそれもわかっている。左手で抱きかかえているココロンという少女は、まるで遊園地のアトラクションのように楽しんでいるかに見える。先ほどからドーラのボディに笑顔で頬を摺り寄せたり、しがみついている手先でドーラのボディを叩きながらリズムを刻んでいる。人間の諺に、ミイラ取りがミイラになるという言葉があるが、まさにそれだった。
「また、あの音だ。おかしい何かがおかしい。音声の発進元が捉えられない。揺らいでる。発信源が揺らいでいる。くそ、メモリが疼く。嫌な感じだ。」
「ドーラ、ザコはまかせたぞ。」
唐突に、独り言のような口調でカンナは言った。
「オゥ!」
少女を抱えたまま低い姿勢でカットラリを構える。グリップを握ると、カットラリのフォトンビームが両端から怪しく薄紫に光る。カンナは動かない。半眼のまままだジークを見ている。いや、見ていないのかもしれない。見るように見ない。教官との訓練でそんな言葉を思い出した。

「見るように見ないのよ。わかる?」
「わかりません。」
「あなた早すぎ。ふふっ。そうねーあなた達ドロイドは高性能のセンサーがあるわ。人間にはない。私たちニューマンにも。でも、人間にはカンがあるのよ。見るということは脳が見るということに集中しているということ。見えるというのは像が写っているだけ。それが見るように見ないということ。見たら動きが遅れる。だから見るように見ないのよ。どう、わかる。」
「残念ながら。理解出来ません。」
「じゃーねーヒントあげる。センサーは全てを一様に処理しようとするでしょ。比重を置くのよ。極端にね。そうすると比重の無い部分は像としては捉えられているけど判断はされてない。ふふ、ふふふふふっ。」
「教官いかがされました?」
「なんでだろ。あなたが相手だとつい喋りすぎてしまうのよね。それが、可笑しくて。なんでだろ、あなたは私の言葉を理解してくれる日が来そうな気がするのよね。そんな気がするのよ。・・・わかった?」
「残念ながら・・・」

これが教官の言う、見るように見ないということなのか。
「解析完了」
ドーラの電子頭脳が何かの答えを見出した。
「熊さん、イケイケーゴーゴー!」
ココロンが声をいきなり上げた。
すると、それが合図であるかのように80名におよぶ住民達が一斉にドーラ、カンナにしなだれかかる。雪崩、暴徒、戦争、策略、リンチ、不条理、何故か6つの言葉が頭に浮かんで消えた。
「オォォォォォォォォォォォォ!」
ドーラは咆哮した。住民達はドーラやカンナに群がり2人が、厳密には3人が見えなくなる程に人山となった。各々にセーバーやパルチザンを握り目茶苦茶に振る。子供達は中に潜り込み2人に向けハンドガンを一心に連射している。そして、その人山にさらに人が乗り上がり山を掻き分けてセーバーを突き立てようとする。
その時、空気が青くスパークし、世界は真っ白になった。そして、ボタボタボタッという重いものが四散する音が聞こえた。直後あちこちから、「うわっ、目がー。」と言う声が。
「バックパック全開!」
その閃光の中、ドーラの声が白い世界に勇気を注ぐ。
ドウッ!
バックパックの噴射と共に地響きと激しい砂埃が舞い上がる。世界はまだ白くてよく見えない。ビルの4階からロックオンしていたレイキャシールは唐突な閃光に有視界モードから赤外線モードに切り替えた。
「にっ!」
「許せ同胞。」
眼の前には赤外線アイを通して見たドーラが、まさにハンドガンを構え正面にいた。デカイ!
ドサッ。
レキシャシールはトリガーを引けずに倒れ込んだ。
続いて、閃光が一つ、二つ、三つ!
ドーラは自由落下する直前、器用に腰を捻りながら、一瞬にして全く別方向へ更に3つ閃光を放った。右手に持っているのはカスタムレイ。左手にはココロンを抱え込んでいる。捻りの回転力でゆっくりと回る巨大なドリルのように地面に落下する。
ズンッッッ。
まるで地震が起きたようだ。
ドサドサドサ。階上で3つ金属が倒れ込む音が聞こえる。
閃光に目が慣れ、ココロンはようやく眼を開けた。顔の前にはドーラの大きな手の平が。閃光を防いでくれたのだ。
「降りたい。熊さん降りていい。」
「はい、どうぞ。」
ドーラはゆっくりとココロンを降ろす。ココロンの眼に映ったのは、広範囲に飛ばされ、気絶もしくは閃光でまだ目が見えずもがいている住民達だった。ふと、カンナの方に眼をやると、同じ位置、同じ姿勢で何事もなかったように立ち尽くしている。一瞬でけりがついていた。
「わー・・・。」
感慨を込めた笑顔で辺りを見渡すココロン。ドーラを見上げると、それに気付いたドーラがココロンを見る。ココロンにはドーラが笑っているように見えた。
「熊さんカッコイイーーーっ!」
ひしっと抱き着いたココロンは、まるで子供のように足をバタバタさせる。
「ねーねー皆やつけちゃったのー。」
「いえ、違います。彼らは、気絶しているだけです。一時的な意識混濁です。」
「悪い人じゃないの?」
「いえ、彼らは催眠誘導によって操られていた普通の住民です。催眠は強力なやつです。催眠誘導は強制的に覚醒させると精神に強いダメージを与えてしまうことがあります。そこで、光と衝撃という本能に近い部分で強い衝撃を与えることで催眠誘導の支配から一時的に開放されているんですよ。」
「じゃー、また襲ってくるの?」
「はい。ただ、元を断てば彼らの催眠は解けるでしょう。今なら。」
「もと?」
「はい。カンナがやってくれます。」
このほんの短い間、ドーラはフィールドを最小限に縮小し、カンナにまで拡張した。そして、溜め込んだエネルギーを一気に開放、そのエネルギーの一時的拡散によって強烈な閃光と同時に、フィールドの爆発的な拡張で住民達は周囲へ飛ばされた。つまり衝撃波だ。直後、一気に残りのエネルギーをバックパックへ送りビル4階まで吹き上がりレイキャシールを狙撃した。その為、もはやドーラにはフィールドに回すエネルギーはいかほども残っていなかった。ただ、ドーラには不思議な確信があった。カンナが後はなんとかするだろう。
「ドーラ。」
遠くでカンナが呟く。
「ああ、わかっている。まかせろ。」

パチパチパチ。
ドーラの背後から拍手が。
「やりますね。お二人さん。」
ドーラは左手でココロンを優しく背後に押しやると、カンナに背を向ける。
建物の陰から、青黒いヒューキャスト、長髪のハンター、青いフォマールの3人がゆっくりと3方から現れた。
「やりますじゃねーだろ。聞いてねーぞ、あんなに強いなんて。」
なにやら長髪のハンターがヒューキャストに向かってボソボソ言っている。ドーラにしっかり聞かれているとも知らずに。
「ねーねー、逃げましょう。逃げましょうよ。だから嫌だって言ったのよ。」
「言ってねーだろ。こんな大金見た事ありませんわーなんて調子の良い事言ってただろーがよ。」
「い、言ってませんわよ!あなたこそ、腕がなるぜー腰もなるぜーとか下品で馬鹿が丸出しなこと言ってたじゃないのよっ!」
「んだとーっ!」
顔は必死にクールさを保とうとしているが、ハンターとフォマールは足元がふらふらしている。ドーラを見据えながらもチラチラと相手も仲間をみやり、口元は笑顔を絶やさず、しかし腹話術のように唇を動かさずに器用に会話している。恐らく普段からこの調子なのだろう。でなければこの距離で会話が通じる筈がない。
「二人ともいい加減にしないか。それに、声に出すな。マイクを使えって何度言わせるんだ。作戦通りにやればいい。レイキャストなんぞ俺にかかれば赤子同然だ。作戦Βでいくぞ。」
ヒューキャストもドーラを見据えたまま、ハンター同志が決められた固有の回線で二人に向かって話す。
「お、おい・・・Βってなんだ。」
「えーっ。あなた馬鹿じゃないの。αの次に説明したじゃない。」
「煩いな!αは覚えている。αでケリがつくかと思って覚えてねーんだよ・・・。」
「こんのー・・・顔だけ男!顔をとったらスペースネズミ以下ね!さいってい!」
「オイオイオイ、何て言った、たった今何て言ったんだ!」
「スペースネズミといったザマス。」
「何がザマスだー!」
「止めろ!ハンター回線使って何バカなこと言ってるんだ。査定に響くだろうが。」
「!」
「!」
思わずピクっと二人は止まった。
「す、すまん・・・。わかったΒでいこう。思い出しみるよ。」
「ゴメンネ・・・私も言い過ぎた。」
「わかればいい。安心しろ昨日バージョンアップしたばかりの私の電子頭脳があのレイキャストを捕獲する確立を85%と示している。もはや確実と言っていい。」
「おースゲー。なんか力が湧いて来たぜ。」
「そうね、そうようね。」
するとまるで3人が申し合わせたようにニヤっとドーラを見て笑った。
正面に青黒いヒューキャスト、やや右前方に長髪のハンター、ヒューキャストよりの建物により近い左前方に青いフォマールが立った。ドーラは3人を見据えたまま二王立ちだ。
「何のようだ。残念ながらこの一帯の店舗は全て休業だ。」
「貴様に名乗る名などない。」
長髪のハンターがそう言った。不思議な空気が流れる。
「名など聞いておらん。何のようだと言ったのだ。」
ぷぷっ。
ドーラの後ろから3人を覗き込んでいたココロンは吹き出し、笑いを堪えてドーラの太股あたりをバンバンたたいている。その向こうでは、フォマールがハンターを睨みつけ、ヒューキャは頭を抱えていた。
「警告する。攻撃すれば政党防衛として銀河刑法第2889012条A-13451-31の範囲において反撃を加える。」
「?」
「?]
またしても不思議な空気が流れる。
フォマールとハンターは不安そうにヒューキャを見る。
「最新の分析結果が出ました。」
そのヒューキャストには先ほどからサーチしていたドーラに関する最新の分析結果が表示されていた。一瞬間があいたが、ヒューキャは右足がガクッとさせた。
「おい、銀河刑法第288のーなんとかってなんだ?」
「ねーねー、範囲ってどの程度が許可されてるのー。まさか怪我させるのもアリなの?」
ヒューキャストは反応しない。ただ、時折右足膝をガクガクッとさせる。
「おい、何やっているんだよ。なんなんだよ銀河商法の第689条ってさー。」
「刑法よ!商売してどーすんの。それより、ねーどの程度なのよ。」
ヒューキャストのモニターには、ドーラの解析結果を前提としてΒ作戦とやらを実行した場合の成功確立は不能と出ていた。不明でなく不能なのだ。成功する確立が低すぎて不能で出たのだ。その他に、ドーラのボディや装備が一般には流通していない、警察関係の特殊機関もしくは軍関係、研究機関の素材の可能性があり、推定の出力だけでも遥か何倍にも凌駕してると出ている。それを知ったヒューキャは、人間でいう腰砕けの状態になっていた。
「なー。」
「ねー。」
「・・・逃げるぞ。」
「あにー!」
「えー!」
「逃げるぞ!」
「・・・」
「・・・」
ヒューキャを見つめる二人。
「りょーかい。」
「了解。」
さー逃げようとした刹那。
「まて。」
ドーラが声を張り上げ、3人の行動を制した。
「逃げてもらっては困る。君たちには終わるまでいてもらわねば。この結果をエリア警察に報告してもらなくていけない。」
「えー・・・・は、はい。」
「バカ、何言ってるのよ。逃げなきゃ!ねーそうだよねー。」
すがるような眼でフォマールはヒューに語り掛ける。
ヒューキャストは何を思ったのかビシッと足を揃え軍人のように敬礼をした。
「えーーーー!」
「ラジャー!」
「ラジャーじゃないでしょーこのポンコツ!逃げなきゃ、逃げなきゃ。」
ヒューキャストはビシッと敬礼をしたまま微動だにしない。
「ご婦人は何かご不満でも?」
ドーラはフォーマルを見据えた。
「え?わたくし?そんな、ご不満だなんて・・・なくてよ・・・オホホホホ。」
「それに逃げると尚更危険です。」
そう言うと、ドーラは再びカンナに向き直った。
「え?」

カンナはまだ動かない。
ただ、カンナの周囲の空気が以上に密度が異なるかのようにユラユラと揺らいでいる。それが次第に大きくなる。
「時空振!」
ドーラはココロンを抱え込みよつんばに伏せる。
ゴーーーッという大音響と共に、カンナを中心に一気に空気が吸引される。
「いやー死にたくなーい。」
その声はかき消され、フォマールは建物の柱にしがみ付き必死に抵抗する。
「た、助けてくれー!」
地面をはっているがズルズルと中心、零地点へハンターが吸込まれそうになる。それでもハンターの本能なのか、セイバーを地面に突き立てなんとか抵抗する。が、吸引力は益々増し周囲の建物もミシミシいっている。破片や椅子や倒れ気絶していた人々がまるで人形のように中心へ向かって吸込まれていく。耐えられなくなったのか、ふんばっていたヒューキャが溜まらず吹っ飛んだ。まるでガラクタになった玩具のように軽々と飛んで来る。ドーラの真横を通る刹那、恐るべき正確さでヒューキャストの右手をつかんだ。しかし、ドーラは微動だにしない。胸部が少し開閉しており緊急用の酸素をパイプを使ってココロンに向かって吹き付けている。気付いたのかココロンはそのパイプに口を当て必死に息をしている。
「すさまじい時空震だ・・・この時空震はまさか。過去の記録にある・・・まさか奴等が関わっているというのか最悪の奴等が!カンナ、カンナはまだ立っている。零地点にいるにも関わらず。何者なんだ奴は。いや・・・今はカンナが頼りだ奴ならやる。俺はココロン殿を守りきる。」
時空震は一層強まり、全てのモノを飲み尽くすかのようだ。遂に建物が崩れだし次々と飲み込まれる。酸素が薄い。この酸素が続けば、あの二人も助かるまい。何を思ったのか右手の中指からケーブルを出し、つかんでいるヒューキャストの回線向かって強制的に接続した。
「なに。のっとられる。」
「落ち着け、同胞。お前の電子頭脳は傷つけない約束する。今は緊急事態だから止む負えないこととは言え済まない。お前達の相棒はあと1分も立たないうちに呼吸が出来ず酸欠で死ぬ。その前にワイヤーでこっちへたぐり寄せ、蘇生パイプで呼吸させるんだ。」
「そんな、この状態で不可能だ。俺は自分すら支えられんのに。皆死んでしまう。」
「安心しろ相棒。この程度のミッション等、我らの訓練に比べたら。」
「あんた・・・何者なんだ。」
「多くは知られてないが聞いた事はあるだろう。銀河警察特務機関ドアーズの隊員さ。といっても、元だがな。今は単なる宇宙船の工事屋だよ。」
「ドアーズ・・・デモーンズゲート。」
「お、懐かしい名前だな。」
「すげー・・・俺はあそこの落第生だよ。」
「ふっ、思い出話をするのは後だ、俺のデータを送る、そのタイミングで俺の腰にあるカスタムレイをシュート。データの角度でワイヤー発射だ。わかったな。」
「イエッサー!」
ハンターは完全に意識を失っている。だが、本能でセイバーにしがみついている。しかし、それも時期に限界が来るのは目に見えていた。フォマールは柱を上手く利用しデバンドで包み来みかろうじてふせいでいる。しかし、連続詠唱は急激の体力と精神力を奪う。目線が定まらず意識が朦朧としているようだ。目線の先には意識を失っているハンターがヒラヒラと嵐に舞う小船のように揺れている。
「死なないで死なないで死なないで」
朦朧とする意識の狭間にフォマールの思いが向けられてる。
「今だ!」
「シュー!」
ドーラの示した角度と威力をもってヒューキャストは左手でカスタムレイをハンターに向け放った。放ったレイは、セイバーの根元に命中、ハンターは衝撃で手を離しそのままの姿で落下した。そう吸込まれているというより自由落下。しかも壮絶なスピードで。
「いやーっ!」
それを見たフォマールは、詠唱を止め、吸込まれるにまかせほぼ同時に落下する。
「ワイヤー!」
「サー!」
ドーラとヒューキャはほぼ同時に手首に仕掛けられているワイヤーを発射。同時にドーラは尖った鼻先を杭のように地面に突き立て、めり込ませた。
「オォォォォォォ!」
同時に爪先も更にめり込ませる。
ドーラはフォマールを、ヒューキャはハンターを確実に捉えた。
「死なせんぞー!」
ヒューキャはワイヤーをゆっくりと巻き上げ、ドーラは左腕でフォマールを確保。渾身の力を込めヒューキャはハンターを抱え込んだ。そして胸部をわずかに開き、蘇生チューブを出しハンターの口へ酸素を送る。ドーラはというと意識を失ったフォマールを左手で自分の胸元に無理矢理押し込み。2本目の蘇生チューブを胸部より出す。フォマールに気付いたココロンはフォマールを手繰り寄せ、チューブを口にあて酸素を吸わせた。二人は「っはーーーっ」と大きく息を吐き、ミルクを急く赤ん坊のようにチューブに吸い付いた。
その直後、ハンターがいた場所を壊れたドーラのビークルが崖を落ちるように一瞬で通りすぎた。そう崖だ、まるで断崖絶壁の崖にフリークライミングしているようなものだ。しかも谷底に向かって激しく風が吹いている。全ての命とエネルギーを吸込まんが為のように。
ヒュゴーーーーッ。風なりが激しく響く。
「もう、駄目だ・・・俺のパワーではもう抱えきれん。俺の脳は、生存確率は・・・。」
「諦めるな!俺の脳は95%で助かると出ているぞ。」
「え・・・。」
「その男をこっちへ。」
ドーラは嘘のような怪力でヒューキャスを右手一本で引き寄せる。しかも、そのヒューキャストの左手にはハンターが抱えられている。
「言っただろう。この程度のミッション毛ほどでもない。俺はこの右腕1本で仲間のレイキャストを20人は支えたぞ。」
「俺がいいと言うまで諦めるな。」
「イエッサー!」

その頃、カンナは闇の中にいた。
そこは嵐どころか、何もない処だった。あらゆる生命反応がない。音も無い。全てが吸収されているかのような処だった。
えもいわれぬ恐怖が深淵から沸き上がる。
無だ。
これが無だ。
そして、無の空間に一つの生命が誕生した。
その生命は徐々に形を成し、一人の人間の形になった。
低い背。
痩せた身体。
黒いフォマール装束。
大きな瞳。
射るような眼光。
それは、どこかおかしかった。そう、厚さが無いのだ。正面からは確かに捉えられるのだが。横から見ると見えない。厚さがなかった。2次元の存在だった。
それは無の空間を滑るように動き、カンナの前で止まった。
射るような眼光。
全てを見通すかのような神のごとき眼光。
それは、ゆっくりと口を開いた。
「お前・・・死にな。」
そして無造作に巨大なフォークを振り下ろしす。
その時である。
カンナが笑った。
「お前がな。」
そう言うとNIHONTOUをゆっくりと抜き、素振りのように片手でスッと振り下ろした。
すると、それは大きな眼を一層見開き口を微かに開けた。
「お前・・・サムライだな。」
それは、カッターで切られた紙ペラのように奇麗に二つに別れ、無の中をヒラヒラと舞う。
そしてそれが虚空の彼方に消えると同時にカンナの背後から光がさした。
それは急激に光の強さをまし轟音を伴って大きくなる。
そしてその光の奥から台風が飛び出したかのようにカンナの背後から暴風が渦を巻いて吹き荒れる。
そんな中、カンナは右手でNIHONTOUを持ったまま立ち尽くしている。
顔にはあの笑顔が張り付いてる。
「ヘアーが乱れるだろ。」
その言葉をまるで待っていたかのように虚空の空間が一瞬で閃光に包まれた。

それはふいに止んだ。
ドーラは、谷底をフリークライムしようやく平地に辿り着いたような感覚に襲われた。同時にチューブを出したまま、左腕で赤子を抱える母のようにフォマールとココロンを悠々と抱えたまま素早く立ち上がる。右手に握られていたヒューキャストは左手でハンターを抱えたままスリープモードに移行していた。そのまま大地に横たわる。
すかさず全センサーを周囲へ向け、同時にカメラアイで周囲を見回す。
そしてカンナに向き直った。
「やったのか。」
何事もなかったかのように静かに言う。
「まーな。」
あの、何時もの笑顔でカンナは言った。
カンナが空を見上げた。
一瞬遅れてドーラも見上げる。
黒いものが落ちて来た。
バスッ。
二つに割れた黒い何かが地面に落ち、四散した。四散したそれは黒焦げで人間なのかそれとも何かの生物なのか、機械なのかも区別がつかない程に黒焦げだった。
ただ分かるのは、黒くて小さい。
それだけだ。
カンナはそれを意に介せず、踏み歩いてドーラに寄って来る。
「お前が闘っていたのこれなのか?」
「ああ。」
「手強かったか。」
「そうでもないな。恐らく・・・嫌何でもない。」
「・・・そうか。ありがとう。」
「こっちこそ。守ってくれた。」
そう言って左腕に抱えられ眠っているココロンを優しく見つめる。
「約束したからな。」
「ああ、約束した。」
ドーラは改めて周囲を見回した。
そこには何も起きていなかった。
そう、倒れているジークすらいなかった。
左横には天井が壊れていないビークルがあった。
攻撃は3日前から始まっていたのだ。
時間を照らし合わせてみたがビークルをレンタルしてから数時間もたっていないことがわかった。
カンナが手を差し出す。
ドーラは横たわるヒューキャストとハンターの横にフォマールをゆっくり寝かせ、当然のようにココロンを渡そうとした。すると、ココロンがドーラにしがみついた。
「だめー・・・んー・・・だめ。熊さん・・・。」
寝ながらしがみついてた。
「ふはっ。暫くそうして上げてくれ。」
「そうさせて頂こう。」
急にカンナは身体をくの字にし、腹を抱えて笑った。
「あっはっはっは。寝るか普通なードーラ。」
「うわっはっはっは。確かに。」
「全くだ。」
「ぶあーっはっはっはっは。」
通行人のいぶかる目線を全く無視して二人は大声で笑いあった。
その空間には二人の笑い声と、ココロンの笑顔だけが確かな生気をもって存在していた。

ベッドに横たわる若い美青年。大きく優しげな目。鋭過ぎないシャープな顎のライン。女性のような上品な唇にいやみの無い鼻。そして、彫刻のような美しく均整のとれた身体をしている。しかも無駄がなく野生動物のようにしなやかだ。彼の目線の先は、紫あじさいのような上品な髪色をした長身の女性。ガウンごしにもわかる見事なプロポーションに眼を向けられている。その女性は彼に背を向けコンピュータの前に向かってカタカタとキーをたたいている。
「なー雅龍、こっちにきなよ。」
「こらっ。雅龍と呼ぶのは10年早い。教官と呼びなさい。」
甘くそれでいて凛とした声。
「えー。もういいだろう呼ばせてくれよ。付き合い初めて何ヶ月たつんだよー。」
「だーめっ。」
「んもー・・・教官殿は言い出したらきかないからなー。」
「はい、聞きませんよ。ルシーちゃん。」
「ちゃんはないだろう。ちゃんは。」
「御免ね。ルシファーさん。」
「教官には負けるな・・・・。」
「ふふっ。」
「でも、驚きだよ。」
「何が?」
「あのドアーズの、いや全銀河警察の憧れの教官の彼氏だなんてなー。今でも思うよ。夢なら覚めないでくれーってな。」
「ふふっ、ガッカリしたでしょ。」
「なんでー。」
「ん?大体噂っていうものは事実の端端を極端に拡大して捉えられるものだから。この程度の女なのよ。」
「違うよ。この程度なんて嘘だよ。噂なんて眼じゃないさ。噂なんてもんじゃない。噂以上だよ。最高だよ。至高だよ。嫌、それ以上だ。」
「うふふふふ。相変わらず口が上手いんだから。でも、その口で私を酔わせて。」
「なんだよ。誉められてるのかけなされているのかわかなんねーな。」
「それなりに誉めているつもりよ。」
「本当に?じゃーさ、もう仕事は止めてねよーよ。ねよー。」
「ハイハイ、終わったらね。」
「えー待てないよー。」
「楽しい事は後に伸ばすほどに縁起がいいのよ。知らない。」
「えーーー俺はお預けくっている犬かー。」
「我慢出来ないなら他の彼女のところに行ってらっしゃい。」
「いないよ。全部別れた。」
「あらあら、勿体無いことするのね。」
「教官、俺いつか雅龍って呼べるに相応しい男になる。」
「期待してるわ。」
「もーこれだもんなー。ぜってー言わせてやる。あーもーふて寝だ!」
「はーい、お休みなさい。いい夢をね。」
「あー。・・・無理するなよ。」
「ありがとう。好きよルシー。」
「俺もだ・・・。」

2時間が過ぎ、男が完全に寝静まる頃。雅龍はようやく一つの事実に到達した。
「あった・・・これね。あの子がいった謎の物体って。名称不明・・・仮称DF結晶体。なんのことかしら?推定ヒューマもしくはニューマンの変質した形。え、これが?第一次ラグオル移民の時代に同じものが見受けられる。・・・一体何時の話なの。銀河警察トップシークレット中のトップシークレット・・・Zファイル。まさかこんな連中が関わってくるなんて。どうして・・・こんなことに。ジョニー・・・何処にいるのジョニー・・・。私がいけないんだ、全部私がいけないんだ。あの時からね、全てが狂ってしまった。あの時から。私が・・・私があんなことさえしなければ。この私が。」
椅子から崩れ落ち床に泣き崩れる。雅龍は眼帯を両手で押さ、右めより止めど無く流れる涙を流し続けた。
そして、横になり膝を丸め頭を抱えた。
その背中は、まるで赤子の様に小さい背中に見えた。

 

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