DOORA

---SIDE STORY---

#3.「落ちない涙」

V

 

○「ドーラ、いいメモリーしておきなさい。ふふっ、あなた素直で可愛いわね。」
雅龍教官。そうこのメモリーは雅龍教官のものだ。
ジョニー隊長を追って着実にその後を追えているのも彼女のお陰だった。いくら情報収集において秀でているドロイドとは言え、銀河内でたった一人を追うなどと言うのは無謀極まりないことだ。情報の多くは制限されており、有料である。ましてや一般に流通している情報などはゴミに等しかった。それなのに隊長の行方を追えるのは、警察や軍部の内部情報をリード出来るからである。その内部手引きをしているのが雅龍教官だ。その行為は明らかな違法行為であり、見つかれば極刑は免れないことだった。ドーラは止めたが、きかなかった。
「教官・・・もう止めて下さい。お願いです!」
「なに言ってるのー。彼の潔白を証明したいのは私だって同じよ。アホな上官どもにまともにかけあったって駄目なんだから。」
「危険すぎます!」
「本当は私も直ぐ行きたいんだけど・・・情報は絶対必要よ。」
極秘回線から聞こえてくるのは今にもジレンマに震える教官の声だった。
「しかし、教官に万が一のことがあっては隊長に顔向け出来ません。」
正直情報は欲しかった。しかし、それで教官を危険にさらすのはもっと我慢が出来なかった。理論的ではないがドーラはそういう判断を下すおかしなドロイドで通っていた。
「平気平気♪それより大した情報が遅れなくて御免なさいね。」
ドーラと雅龍教官、そしてZEEKだけが隊長と教官が過去に付き合っていたことを知っていた。
「教官は、まだジョニー隊長のことを・・・。」
「え?ぶわっか言うでないのこの子は。あっはっは。」
彼女は自分の教え子達のことをいつも“この子”と言っていた。
「もうとっくに別れているんだから。そう言うんじゃんくて、元彼女に何も言わないでトンズラこくなんて、私のプライドが許さないの!わかるでしょ?」
「教官・・・スミマセン。」
「ま、まーたこの子は、直ぐに神妙になるんだから。ふふ・・・おかしな子ね。まーいいわ。とにかく見つけたら直ぐに連絡して。今回の情報はかなり可能性高いわ。お願いね。」
そういうと通信は一方的に切れた。いくら警察の上官クラスでしか使用出来ない専用回線とはいえ傍受される危険は大いにはらんでいる。わずかな痕跡でも残せば、極刑は即日実行されるのだ。それほどのことをしているにも関わらず、サラッと言える人だった。ドーラにとって、人間の中で尊敬に値する数少ない人の一人、それが雅龍教官。

教官は、女性ニューマンハンターでドーラ達DOORS隊の特別講師だった。狙撃隊であるDOORSでも、ハンターと予定外に戦闘状態に陥ることがある。そういった時の為に、日ごろよりハンターのあらゆる戦闘方法を講義したり、実際の模擬戦闘をしきるのが彼女の役目だ。署内で彼女に頭の上がる人はいない。得意のピックを振り回し、模擬戦闘でも優れた指揮を出し、時には自ら鬼神のごとき攻撃を繰り出す。署内でも随一の実力者なのだ。嘗てはジョニー隊長と同じくFRONT-MISSIONに所属し、実行部隊として前線におもむいていたが、ミッション中に右目をやられ、瀕死の重傷をおったことが1度だけある。後にも先にも傷ついたのはその1回だけだと言われる。それ以降、前線を引退し特別講師になった。
右目は今の技術をもってすれば再生することは可能だった。ましてやニューマンなら尚更再生は簡単だった。しかし、彼女はキッパリと断った。
「失ったものは決して戻らないものなの。それが自然なのよ。」
引退時に各国のトップ達から強烈なオファーが後をたたなかったが、サラリと全て断った。条件は今より遥かにいいものばかりだ。
「ごめんなさい。」
その一言だった。彼女は深々と頭を下げ、相手に笑顔をおくる。そして、何時も潤んだその瞳でじーっつと静かに見つめる。それだけで、トップがメロメロになり何も言えなくなるほどの人物だった。相手に言わせないだけの気迫とオーラが彼女にはあった。右目を失った今もその美貌は衰えない。寧ろ増していると言ってもいい。その為か、署内の上官を含め訓練生は、必ず一度は惚れる憧れの人と言われているし、それ以上に彼女の噂は各銀河警察にも轟いていた。当然だが極秘裏にファンクラブも多数存在しており、日夜彼女のページは更新されヒット数が日に5000万件を越えるサイトもあるらしい。中でも有名なのが、その5000万件を越える「JBJ」というサイトで、とかく使いまわしは多い写真のなかでそこは完全にオリジナルで、雅龍教官の情報発信基地とさえ言われている。全ての雅龍ファンはここをに集まるといわれるほど警察内では有名だ。誰が運営しているのか一切の謎とされている。さもありなん、そのサイトを運営しているのはジョニー隊長だった。当然それは秘密になっていた。そんなことがバレたら懲戒免職処分だけでは済まないのだ。教官に関しては様々な伝説が署内に数え切れない程にある。その多くは真実だ。たとえば、通常前線部隊の訓練生というのは悲壮感が漂っている。ジョニー隊長や雅龍教官のいる部隊や、訓練チームは、言わば前線中の前線であり、明日をも知れぬ命と言える。本来であれば、そこへの転属は名誉と引き換えに死を授かるがごとし。ところが、ある辺境の訓練校にいる訓練生が、このドームに異動が決まった途端に歓喜の叫びを上げたらしい。驚いたのは周囲の訓練生や上官だ。そこへの転属は名誉で喜ばしいことではあるが、悲壮なものだった。不審に思った上官が、彼を問いただすと、「雅龍上官に、生で会えるなんて。死んでもいいです!」と涙を流して語ったと記録にある。当時の彼女はまだ有名ではなかったのだが、たまたま彼の同期が先にドーム入りし、彼女の武勇伝や写真、映像を見せてもらいスッカリ心酔してしまったらしい。やおら、見せろ見せろの大騒ぎとなり、悪乗りした上官もホールの大スクリーンに映像を流す始末。見終わった後、どこからともなく「俺も志願します!」「いや、俺が!」と口々にいいだし、最後には訓練校の隣の警察署から鎮圧部隊が出るといったとこまでに発展した。
更に驚いたのは鎮圧にあたった警察官だ。
この暴動の発端が、デーモンズゲートと呼ばれている死の訓練施設へ行きたいが為の暴動だったとは。やおら信じられない彼らに、またしてもあの映像が見せられる。
「おぉーーっつ」
と、ざわめきと共に歓声が上がったと言われる。警察の恥部なので正確ではない。
本来であればこの訓練生達や上官は処分ものだったが、なぜか処分保留になったらしい。その後、この訓練校はデーモンズゲートと言われる雅龍教官のいる訓練校に最も多くの優秀なハンターズを送り出す名門校となり、同時に、銀河警察の中で唯一公式にファンクラブが設立されている。驚くべきことに、その訓練校の所長の部屋には、歴代の所長の写真ではなく、様々な角度や表情で取られた雅龍教官の写真が飾られていると言われている。いずれにしても凄い話だ。

パニックスジャールのレッドカム。
教官の情報を照合すると、この銀河警察の勢力すら及ばない危険な地域の、レッドカムという酒場に隊長はよく出入りしている筈だった。女性のニューマンやヒューマンなら町前で身包み剥がれるような地域だ。まともな商活動は行われていない。わずかな店が点々と並び、各地で悪さを働いてきた者達がひっそりと群れるような町だった。
「いいかドーラ危険地帯を行くのに、オラー警察が通るぜって風情でいくのはアホのすることだ。」
「しかし、認められない服装をするのは第1203条第5章6項の服務規程に違反するのでは?」
「アホか。命あっての服務規程だろ。まず自分の命を優先させろ。」
今、ドーラはその地域でもっとも多くみられる標準的な姿で進入した。いわゆる他の地域では汚いとされる姿だった。ボロ布を全身からすっぽりかぶり、壊れたような偽装をも表面にほどこした。ガタガタとした歩き方をし、時折止まってみせたりもした。この地域で稼動しているドロイドの多くがそういう動きをしていた。通りすぎざまに蹴られることもあったが、わざとヨロついて流れ者の蛮人の失笑をかったりもした。あらかじめ、そうなるようプログラムしている。ドロイドにとって幸いなことに、この程度のことは屈辱ですらない。単なるシミュレーションなのだ。
「レッドカム・・・ここか。」
無駄な動きがおおい為に、普通に行けば20分もあるけば着くところを1時間半もかけてようやく着いた。ここに来るまでの間、周囲をスキャンし有事の際の逃走ルートや選択武器を既にリストアップしていた。教官のバックアップのお陰で、ほとんどの武装を瞬時に転送できる。そのため普段はハンドガンしか所持していない。建物の周囲を一瞥すると、スキャンし終え、改めて可視モードで建物をみた。非常に大きな平屋だ。500人は収容出来るだろうか。建物全体が黒く焼け焦げたような色をしており、今にもつぶれそうに傾いてる。そこらじゅうに大小様々な穴が開いているところをみると、日常的にイザコザはあるらしいことが伺えた。これで潰れないのが不思議に思えた。店内中央にある支柱が恐らく支えているであろうと計算には出ていた。通りに面した正面入り口には、赤い字で一際大きく「レッドカム」と書きなぐられている。いたるところに卑猥な落書きがされているようだ。中にいる客も含め脅威になるような重火器がないことを確認し終え。ドーラは一歩なかに踏み入れた。
「おーっと、待ちな。」
キマイラ化したアフロヘアーのヒューマーが立ちふさがる。
「ボロイド・・・金はあるのか。」
ドーラをわずかに上回るその巨体を揺すり、半開きした口からグチャグチャと汚い音を鳴らしながらソレは言った。
「10・・・メセタ・・・」
そう言って、布を掻き分け出して見せる。
ソレの手が一瞬伸びた。
「っと、・・・。」
黙って手を引っ込める。
ちゃっつ。
ソレは、そう舌打ちともなんとも言えない音を出すと黙ってドーラの前を退いた。こうした危険地帯では現金と力が全てた。しかし、多すぎる金や大きすぎる力はかえって危険を招く。ここまで荒れ果てると法律も、倫理も、名声も一切の価値がない。ドーラは奥底で「こうなったら終わりだな。」そう毒づいた。
開けた目線の先には、一層臭醜な光景が広がっていた。
ドロイドであるドーラそのものは何も感ずることはないが、データベースからその光景の異様さが数値で理解できた。「酷いな。」そう内にもらした。
ソレは店内に入るドーラをしばらく目線で追ったがすぐ諦めたようだ。「10メセタは見せるには少し多かったか。」そう呟くとデータベースの内容を修正した。カウンターに座り、価格表を探したがない。
「ナンダ。」
バーテンらしきみすぼらしいドロイドは濁って音声でそう聞いてきた。動く度に外骨格がスレて音がキシム。
「アルカミックオイル。」
「・・・・10000メセタだ。」
バーテンを睨む。
「アッハッハッハ。」
上体を揺すりながら笑う。その度に耳障りな音がキシキシとなった。
バン!ドーラが強くテーブルを叩くとビクッとし、バーテンは動きを止める。店内は騒々しく誰も見向きもしない。アルカミックオイルは、注入したら気分を悪くするような最低のオイルだった。
テーブルには3メセタが置かれている。
「うちは、5メセタだ。」
濁った声は言った。
「まけろ。それしかない。」
濁った声に顔を向けず静かに返す。
「嘘をつけ、入り口でジャンに10メセタ見せただろう。」
濁った声の主は、ガタガタと壊れそうな上体を揺すりながら、カウンター越しにドーラににじり寄った。手にはロックガンが握られている。
「・・・忘れた。3メセタだ。」
「エ“−ッエッエッエ。」
聞き取れないような濁った音声を響かせ。バーテンは下がっていった。
ガコッ。
カウンターの下から鈍い音とともにアルカミックオイルがコップに入って出てきた。恐らく3メセタでも高いくらいかもしれない酷いものだった。
「はっはっは、あんたやるじゃん。」
ドーラは内心動揺した。出会い頭に背後をとられた。
常に周囲にセンサーを働かせていたのに、背後に男が来たのに全く気付かなかったのだ。
「ガイコツを一発で撃退するなんて、お陰でもうかったぜ。」
そう言うと背後からゆっくりと回り込み隣に座った。その動きは酔っ払っているように見えるが隙がなかった。
「あんた、何者だい?こんな物騒なもの持って。」
そういうとドーラのカスタムレイVer00を腹につきつける。周囲の客からは見えない。
「まただ!」ドーラの電子頭脳は激しく動揺していた。何時の間に、全く気がつかないうちに抜かれている。DOORS隊の精鋭から銃を抜きとるなんて不可能に近い技だった。
「カスタムレイかーいいもん持ってんなー。」
そう言うとカウンターに無造作に置く。
ガンッ。
「この距離で撃ったって、あんたのボディには傷もつかない。ふふっつ。」
そう言って右手に持っている酒を煽る。その顔は・・・。
「た、隊長!」
かろうじて押し殺してそう言った。
「まだまだ未熟だなドーラ。俺が教えた通り過ぎるぞ。そんなので騙せるのは素人ぐらいだよ。」
ようやく横を向いたドーラの先にいたのはまさしくジョニー隊長だった。頬は痩せこけ、みすばらしく汚い容姿、異臭すら放ってはいるが、そこには懐かしい笑顔があった。
「隊長・・・。」
「まーた、お前は相変わらずだなー。そうやってすぐ神妙になる。」
そう言ってバーテンのガイコツに、指1本をたてて酒を注文する。
「・・・なんでここにいるんだ。俺を殺しに来たのか。」
「違います!」
思わず身を乗り出す。
「声をたてるな。それに俺の方を向くな。前を向いたまま話せ。いいな。」
その声にはチームで出撃した時のジョニーの声色があった。
「ラジャー。」
「違う違う、おっけよ〜ん。だよ。ははっつ。」
ふざけているようであり、真剣なようでもある。
ガコッ。
下から酒が出てきた。ジョニーはバーテンに向けってメセタを投げる。1メセタだ。
ジョニーにガイコツと呼ばれたその汚い声の主は、少し離れたところで「キッヒッヒッヒ」と上体を軋ませながら笑っている。どうやらアルカミックオイルも1メセタだったようだ。
「ふふーん、ここも潮時だな。屑の俺にはピッタリな土地だったが・・・。」
グイッと出された酒を一気に飲み干す。まさに酔ったときの隊長そのものが隣にはいた。
「隊長・・・。」
前を向いたまま押し殺したように言う。
「追っ手が来た・・・。」
「!」
一瞬で全センサーにアクセスするも全くそれらしくものの反応がない。
「お前とはまともに話したかったが・・・懺悔する時間すらくれないらしい。」
思わずドーラは横を向き叫んだ。
「隊長!教官に教官に!!」
同時に高エネルギー反応。
そして閃光!
閃光の彼方に微かにだが、嘗て隊長だったジョニーの唇が動いてみえた。
着弾と同時に轟音。酒場は一瞬にして地獄絵図と化した。
2発目は、ドーラに向けられた。以前としてセンサーに物体は感知されていない。
しかし、閃光!飛びのくと同時に。
「フィールド全開!」
青い光がバリヤーのようにドーラを包む。
ギン。
金属が激しくぶつかる様な甲高い音が響く。そして着弾!
「フィールドが。」
カスッたフォトンのエネルギーでフィールドが一瞬にして強制解除された。それほどまでに凄まじいフォトンエネルギーなのだ。
「馬鹿な!ブースト全開!!」
その巨体で身軽に回転しながら、背中のバックパックをふかし店の壁ごと一気に突き破った。突き破るとほぼ同時にレーザーニードルが店全体を閃光で覆った。一切の生きるものが逃さないようなその攻撃はスプレッドニードル。
<武器特定完了。リコ製試作ガン、赤のハンドガン。リコ製試作セイバー、赤のセイバー、銀河条例違法所持スプレッドニードル。>
「なんだって!」検索から出された分析結果をしり報道をリードした。

店は轟音と共に瓦礫の山と化している。起き上がったドーラの目線の先には、赤いHucastが何事もなかったように立っていた。右手にはスプレッドニードル、腰には赤のハンドガンと赤のセイバー。そいつはまさに「赤い凶器」といわれたHucastだった。
ドーラはそれを見て凍りついた。
「ジーーーーーーーーク!」
絶叫と同時にドーラはカスタムレイをシュート。
Hucastはスプレッドニードルを躊躇無く構える。
「フィールド全開!」
同時にニードルの閃光が雨霰と降り注ぐ。
ズドドドドドドドドッ。
一瞬の沈黙。
ニードルが宙を舞う。
カスタムレイがニードルを弾き飛ばした。
陽が落ちかけいた。
空は今にも泣き出しそうな程に曇っている。動くもの二人以外にはいない。
静かになった。耳が痛いほどに。

赤い凶器と言われたそれは、ニッと笑うと言った。
「面白い。ターゲットは逃げたようだ。お前で・・・遊んでやる。」
そういうとドーラの眼前から消えた。

「離れたらあなたに分があるわ。当然よね。その為にRacastはカスタムされているのだから、その強靭なボディーも動きの鈍さをカバーするものだし。でも、ハンターに踏み込まれたら相手に分があるのもわかるわね。しかも、その相手がHucastなら尚更ね。もし、Hucastの間合いに入ったら勝負はついたも同然よ。子供でもわかるわ。だから、とにかく先手をとること。いい。」
雅龍教官はメモリーの中、笑顔でそういった。
過去のメモリーが頭をかすめた。
閃光!
<発射ポイント確認、距離100、座標補正>
「シューッ!」
カスタムレイの引き金を引く。
刹那、微かに金属をかすめる音。
ハンドガンではいかにRacastとはいえ素早い動きの相手を正確に狙撃することは出来ない。
<ピンポイントマーカー起動、Aライフル射出>
右手が閃光に包まれると、そこにはAライフルが。これはテクニックのリューカーと捕獲用マーカーを応用した警察のRacast専用装備。出力が高いからこそ出来る芸当だった。
「シューッ!!」
ギン!!
閃光と同時に、金属を弾く音。
Aライフルをは正確に赤のハンドガンを打ち落とした。
「赤の凶器」と言われたジークは全く動じず、威厳すら帯びた声でった。
「やるな・・・あんた。」
ニイッッと笑う。
右手に赤のセイバーを持つ。
唐突に、正面きって突っ込んできた。
しかもHucastでしか出せないスピード。
「早い!」
咄嗟に、Aライフルの引き金を引きかけた時、ジークのメモリーが過ぎる。

「あーにきー♪」
躊躇した。

瞬間、赤い閃光が現前に。
ドーラの腕が空に舞いあがった。
<コンバット射出!>
2度目の赤い閃光が振り下ろされる直前、射出されたL&Aコンバットをターゲットへ向け撃ちまくる。
「うおおおおおおおおお。」
ゴォォォォ・・・・。
マシンガンが空を切ったことを示す反響音が空にこだました。
ガキッ。
ドーラの切り取られた腕が地面に落下する。

「腕はもらったよ。デカイの・・・。」
10m先にジークはいた。
<leftArm損傷、電源カット、シールド>

「先手をとられたら。」
雅龍は天を仰ぐと笑顔でサラッとこう言った。
「ヒューマンなら天を仰ぐわ。私ならピックを置くわね。それくらい決定事項なのよ。Hucastの間合いは絶対なの。」
「私達のボディでも防げないのですか。」
そう言うとドーラにキスを送る素振りを見せる。
「ふふ、いいわね。ドーラのそのドロイドに似合わない諦めの悪さ。いいわよー大好き。」
一瞬で教官の顔に戻る。
「そう!そこにヒントがるのよ。」
「ヒント?」
「いかにHucastのパワーでも一刀の元にRacastの特殊ボディーを斬り伏せるのは不可能。腕の関節部を狙って飛ばすことは出来るけど、直ぐに接続できるしね。2本同時に切り伏せることも不可能。まあーRacastはヘビーウェポン以外だったら腕がなくても撃てるし。」
ピックを一回床に激しくつく。
「致命的ダメージを与えるには、最低でも3回はふらないと。」
そう言うと、構えてDOORAに向かって振ってみせる。目は真剣だ。
「一刀目で最も強靭な表面に亀裂を入れる。フィールドもあるしそのものはダメージにはならない。で、二刀目でボディーそのものにダメージを与える。でも、ダメージというほどでもないわ。問題は三刀目。いきなり真っ二つよ。」
「なぜ・・・理論的にはそこまでダメージは与えられない筈です。」
「理論はね。ただ現実は違う・・・。」
そういうと教官は目を細めた。
「硬さが裏目に出たの。あなたたちのボディーを・・・ヒューマーや私達ニューマンのパワーでは出来ない。確かに不可能よ。そのためにバータで凍らせる。でも、Hucastにはそれだけのパワーがある。」

「教官・・・。俺は終わりなのか・・・。」
ドーラはじっつとジークを見据える。

「教習ではゾンデとなってますが。」
「あー、あれはアホな教授達が実戦も知らずに書いたものだからね。私なんか、教えたことないわよ。ゾンデであなた達と戦える場合は、こっちに明白な余裕がある時だけよ。」
「それで教官はよく呼び出しされていたのですか。教務規定違反とかで。」
「ふふっつ。それもあるわね。言ってわかるアホはこの世にはいないから。」
そう言うと、身体をくねらせ、テーブルに腰をかけるような動きを見せる。目が潤るんでいる。
「ごめんなっさ〜いもうしないから。」
ドーラにウィンクをする。
「・・・って言うの。そうするとこれよ。」
今度は背筋をピンとして仰け反ってみせ、右手を前に突き出す。
「あーわかればいいんだ。ところで・・・これから食事でもどうだね。」
「ごめんさっ〜い。これから生徒達の補修があるのー。・・・本当は行きたいんだけどな。」
テーブルがあるであろう位置に肘を付くポーズをとり、潤んだ瞳でじっと、そこにいるであろう上官を見つめる。位置からすると、本当にそこに上官がいれば雅龍教官の胸元が見えているだろう。
「・・・教官?」
どうしていいかわからずドーラが声をかける。すると、いきなりぴょんと軽く飛び上がり、ドーラに向き直る。
「これよ。これで終わりよ。アホ過ぎて声も出ないでしょ。」
ドーラはどうしていいかわからず、頭では過去のメモリーを必死に検索している。どういう態度をとるのがいいのか数億という検証データベースを目まぐるしくあさる。
「そういえば、隊長が女には気をつけろと・・・」
かろうじて行き当たったメモリーを思わず口にしてしまう。

メモリーが激しくフラッシュしている。
電子頭脳は生き残る最善の確立を求めて情報の海を必死に泳いでいた。
眺めるのに満足したのか、唐突に、なんの前触れもなくジークだったソレは、突っ込んできた。
<生存確率1/1000=メテオスマッシュ、射出ready?>
電子頭脳の選んだ最善の方法だった。
ソレは深紅の弾丸となって真っ直ぐドーラに突っ込んできた。
ドーラにはソレが赤い隕石に見えた。
<カットラリ射出!>
「フィールドカット、ブースト全開!!」
瞬間、白い閃光となってドーラはソレに突っ込んだ。

ガギツ・・キーーーーーン・・・・・。

ドザッ。
前のめりに倒れたのはドーラだった。
右手にはスタッグカットラリが握られている。
<danger・・・danger・・・danger・・・。ターゲット接近、出力低下。>

「そう一投目では防げる・・・。そこにHucastの油断がある。」
ジジジッ。
ジジッ。
ショートする音がドーラの背後で響いた。
「オオオオオオオッ」
左肩から真一文字で深く亀裂が入っているはジークという名のソレだった。
ジークは自分の亀裂を見、過去のデータにない異常事態に明らかに混乱し、小刻みに震えていた。右手の赤のセイバーを振り下ろそうとするが思うように腕が動かないようだ。それを自分の身体とは思えないような素振りで、何度も同じことを繰り返す。
その間に、ドーラは仰向けになり、半身を起こし、ゆっくり膝をつく。その胴体を見ると真横に一筋のわずかな亀裂が入っていた。着実にヒットしていのだ。しかも急所に。ただ、一刀ではRacastのボディは両断できない。しかし、Hucastは別だ。その鋭い動きを可能にする為に、Racastほどの強靭なボディーにはなっていない。斬られることを承知で斬りにいったのだ。

「おまえ・・・この次に倒す。」
ジークだったそれは、そう言うと一瞬にして目の前から消えた。
まだ、それだけの運動能力が生きていたのだ。気付くと、落とした筈の赤のハンドガンも拾われてない。

「ジョニーに伝えといて。」
そう言うと、雅龍はグイとドーラの肩を掴み自分に引き寄せた。そして、顔が擦れるほど近くまでよせ小声でこう言った。
「お前だろ!」
普段の教官からは想像も出来ない様なドスの聞いた声だ。掴んだ肩をギリギリと締め上げる。いきなりパッと離れると、踵を返し歩き出す。
「ちゃんと伝えるのよ。」
そう言うと教官は手を振りトレーニングルームに入っていった。
「サー!イエスサー!」
思わず硬直する。
「・・・ジョニー隊長の言う本当の意味が理解できたような気がする・・・。」
ドーラは人間のように思わずボソッとつぶやく。

その後、隊長を見つけたドーラは、いきさつを説明し、最後に雅龍教官のメッセージを再生した。
「お前だろ!」
ジョニー隊長がその場で暫く凍りついたのは言うまでもない。

メモリーがまだフラッシュしている。
雨が降ってきた。
「教官・・・お陰で命を救われました。」
ドーラは表面のコーティングが鋭く切り裂かれているのを見てそうつぶやいた。
ロボに本来捨て身という言葉はない。ボディーはマスターの多大なる資産であるからだ。だから、相打ち狙いなどマスターを守る場合にしかありえない命令だ。アイデンティティロックが解除されていたら、守るモノが自分になるので自分の為で捨て身というのは矛盾し、その為、通常のデーターベースでは優先順位は著しく後退する。また、ドロイドは最良の選択を自動的に目指すため、1/1000と1/10の確立だったら迷わず1/10の可能性にかけるのだ。しかし、現実にはその9/10で負けることも、1/1000で勝つこともあるのだ。それが出来るのは人間で、カンというもの。雅龍を信じたドーラは、自ら優先順位を強制的に上げ無条件で発動するようセットしていた。ドロイドとしては明らかにおかしい行為だ。それを指摘されたこともある。だが、ドーラはその道を選んだ。
暗い雨が、暗い街に一層の影を落とす。
ドーラはゆっくりと起き上がり、右腕を拾う。そして、ジークが去っていったであろう方向を見つめた。ただ、じっと。
雨が激しさを増し、破壊された店内のラジオから今後の天気予報が途切れ途切れ流れてきた。
「ガッ・・・ザーッツ・今夜は・・・強い酸性雨が降るで・・ザッザーッツ・しょう。」
ドーラはただじっと彼方を見つめた。遠い彼方を。そして、ゆっくりと天を仰ぐ。左手には壊れた右腕が握られ、シールドされていない部分が酸性雨でチリチリとショートする音が聞こえる。ゆっくりと左腕を天に向けて突き出し。地鳴りのような声をだす。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」
その声はどこか優しく悲しみを湛えていた。
「danger...danger…body damage.」
ジークの一刀で剥がれたコーティングから酸性雨が微かに検地され、電子頭脳が警告を発する。
「danger...danger…body damage.」
その音は、漆黒の町に何時までも響いた。
「danger...danger…body damage.」
「danger...danger…」
「danger...」
「…」

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