DOORA

---SIDE STORY---

#19.「ジョニーの選択」

更新:2004/10/26

著作:ドーラ 校正:雅龍

 ジョニーという男をあえて例えるとしたら、『古い神』という言葉がしっくりくるだろう。
 古いと形容したのは、今の神々は人間以上に多くのしがらみの中で生きているからだ。
 古き神は、遙かに単純で、遙かに鷹揚で、遙かに自由だったと思う。
 彼は事実として比類なき才能があり、破天荒な人生を歩んでいる。
 そして重要なのは、運命の荒波に逆らわず歩み続けていることだ。
 無論、彼はそんな人生を望んだわけではない。
 彼の、ジョニーの望みはごく単純だ。
 その時々に愛する女性と共に、気ままな生活を過ごす。
 そう、彼は単なる一女好きの男として、一生涯を酒と女と食のみに捧げたかった。
 BGMには、愛する女性の甘い言葉と叱責の言葉で埋め尽くされただろう。
 それはつまり、生物の本能そのままの人生を過ごしたかったと言える。
 シンプルだがそれで充分だったと。
 だが、運命は彼をそうさせなかった。
 彼に類稀なるレイマーという才能を与え、大いなる出会いを与え、その才能と出会いに相応しいレールを用意していた。
 ジョニーは時折こう思う。
 「避けることが出来たのかもしれない」と。
 だが、それは彼自身によって直ぐに否定されただろう。
 彼の並外れた感性が、勘が、避けることの不可能さをよく理解しているから。
 レールを外れれば列車が脱線するように、また自分のサガを無視して歩めば、無視したなりの小さな結果しか残らない。
 太古の昔、シャーロックホームズという男が、宿敵モリアーティー教授を失った後、その才能の生き場を失い、苦悩の果てに薬に溺れていったように。
 彼が生きるということは、才能を生かしきることであり、それはつまり用意された舞台をあるがままに演じ、生きるものだと。
 例えその先に絶望に程近い結末が用意されたとしてもだ。
 彼は思う。
 「誰から怨まれてもいい、だが俺は誰も怨まない。
 これは俺自身の人生なのだから。
 ただ、願わくば愛する者達に安らぎという幸福を願う。
 例えそれが叶わないものであっても。
 俺は自分を呪わない。それは愚かなことだから。
 俺は生きる。例え最後の一人になったとしても。
 絶望に程近い未来が用意されていたとしても。
 それが俺の生きるということだから。
 それが俺の人生なのだから。
 だからアイ、そしてリュウ、生きてくれ。どんな姿になろうとも」
 
 彼は余りにも神に愛され、妬まれ過ぎたのかもしれない。

 
 月の町よりほど近い衛星軌道上の都市、ここはあらゆる文化の交差するトランザスシティ。
 月の町へはこのトランザスシティを経由する者が多い。
 それは、安全でかつ近いからだ。
 この安全というのが重要だ。
 彼らの銀河を全体でみると、いささか安全とは言い難い。
 群雄割拠する戦国時代をようやく抜けた程度に過ぎないのだ。
 一部ではまだ勢力争いや内紛が続き、観光と呼べるようなものが安全に可能な地域は限られている。
 その為に、銀河警察が必要不可欠なのだ。
 尚、銀河警察は、嘗て移民計画を推し進めていた中心的存在の総督府が元である。
 衛星都市は全て銀河警察の管轄にあり、このトランザスも例外ではない。
 故に安全と言えた。
 あくまである程度という意味であるが。

 ジョニーは、シティ内の人工海上ポトムにほど近い工場地帯に身を潜めていた。
 工場地帯である為に、人の影は全くと言っていいほどにない。
 工業用ドロイドが全てを管理しており、全てが自動的に運転されている。
 工場の管理を行っているヒューマーは時折その様子を見に来る程度だ。
 勿論、警備用のドロイドはいたるところに設置されていたが、それら全てを意のままに制御することなど、トップ隊の隊長であったジョニーからしたら造作もないことであった。
 彼は今バイオス社のヒューマー用研修施設を我が家のごとく使用していた。

 先ほどからそそくさと帰りの準備をしているのは京極堂だ。
 表の顔はハンターだが、本業はドロイドを中心とした闇ブローカーである。
 ドロイドマイスターとしては一級の腕前があり、ギルドから依頼が来ると、いつもドロイドのメンテ要員としての働きを期待された。
 とはいえ、正式な資格は一切持っていない。
 資格も何もその腕が証明していた。
 彼は一流だと。
 その点では、ドロイドを友達と思っている、所謂ドロイドマニアとは一線を置いている。
 彼に言わせれば、ドロイドマニアは所詮素人、烏合の衆らしい。
 設備があり、必要な道具があり、時間があればドロイドを組み上げるなぞ、アホでも出来る。
 彼はそう言ってはばからない。
 そこで喜んで自慢げに語っている時点で素人なのだと。
 少なくとも一級以上のプロは多くを語らない、結果を見れば歴然としているから語る必要がないのだ。
 また、彼にとってドロイドは、仕事の道具であり、玩具である。
 つまり物そのものなのだ。
 根本的に考え方が違う。
 今の上機嫌そうな表情からすると、今回の旅の成果がいかほどのものか想像出来た。
 恐らく相当な額が支払われたのだろう。
 確実に豪邸一軒が買える程度と容易に予想される。
 ドロイドには金がかかる、しかも高性能であればあるほどに。
 「よし、そろそろ行くわ」
 京極堂は、ジョニーにそう話かけた。
 見ると、彼は何時の間にかレイマー用強化服を着ていた。
 彼は、テーブルに足を投げ出し、両手を頭の後ろに組み、あまり使われていない総革張りの大層なイスを、揺り篭のつもりか前後にユラユラと揺らしている。
 この部屋は恐らく管理職の応接室なのだろう。
 口には何時ものくわえタバコ。
 彼は完全に吸いきるまで捨てない習性があった。
 何時だったか、京極堂は彼にそのタバコの銘柄を聞いたことがある。
 確か、聞いたことがない銘柄だった。
 (あれ?、いつも吸っているやつと違うな)
 タバコの煙がユラユラと揺れている。
 
 ジョニーは瞑想していた。
 何かがおかしい、何かが欠落している。
 そいつが気になって仕方がない。
 それはZファイル内にある組織の構成メンバーの実態が明らかになればなるほど疑問を深めた。
 Zファイルの構成メンバーは、嘗て死滅したと言われる古き血、ダークフォースの面々と思って間違いない。
 だからおかしいのだ。
 ダークフォースとは一戦交えたことがある。
 いや、交えたなんてものじゃない。
 台風一過(←台風一過とは台風が過ぎ去った後の事だぞw)がほんの一瞬通過したレベルの話だ。
 そう、圧倒的だった。
 くしゃみ一つで、隊が全滅してしまいそうなほどに。
 ジョニーの若かりし頃の経験は、忘れように忘れ得ない衝撃を、未だに心のどこかで暗雲を宿している。
 あれほどの存在が、何故今頃になってヨチヨチ歩きの我々の銀河を殲滅しようと思うのか。
 今迄ずっと潜んでいたのに。
 人間は蟻を踏もうと思わないように、彼女たちが、ヒューマーを殲滅しようとは思わないはずだ。
 ましてや、過去の遺産ダークファルスなぞ使う必要もない。
 彼女たちが本気を出せばそれこそ銀河は即滅亡だ。
 なのに、何故彼女たちはダークファルスの復活を願うんだ。
 何故なんだ。
 だが、こうして月の町では幹部連中が集まり何かを画策している。
 先日盗まれたというダークファルスの遺産も、恐らく既に彼女たちの手中に収めただろう。 
 しかし、何故今なんだ。
 何故今でなければいけないのか。
 滅ぼす為ではないのか・・・別の目的があるのか。
 我らはいずれ自滅するだろう。
 銀河警察ですら既に内部崩壊をしつつある。
 今の金欲渦巻く銀河警察に、到底他国を冷静に統治サポートをする事など出来はしないだろう。
 同じ目線で考えないで何が統治を助けるだ。
 笑わせる。
 ヘソで茶が沸くぜ、プピーーーッっとな。
 結局最後は武力統治になるのだろう。
 だから、ダークファルスをコントロールしようなぞという愚かな発想が浮ぶのだ。 
 だから権力に身を任せ、ブルーシステムなぞ開発しようと思うのだ。
 だから・・・・。
 アルーの奴め、恐らく未だに司令塔であるバージンピークが移送中に破壊されたことすら議会に提出していまい。
 そして銀河警察を離れて初めて知ったニューマン反乱の噂だ。
 何故今なのだ。
 反乱を起して何の得がある。
 ニューマン人権思想の崩壊していた百年以上昔ではあるまい。
 今や着実にニューマンの人権も職も自由も確保されつつあるというのに。
 何故、今自らぶち壊すようのなことをする必要があるんだ。
 「戦争をすれば誰が得をするか・・・やはり権力者か」
 火事場泥棒の考えでいけば、まだ少々混乱しているウチに根こそぎ頂いてしまおうという考え方は可能だな。
 そして、最後には正義面をして無理矢理に武力で押さえ込む。
 とすれば・・・金も権力も思いのままか。
 それで銀河も統一されれば万々歳と・・・。
 
 となると、まさか銀河警察のトップで何者かが・・・有り得ない話ではないな。
 「雅龍・・・・お前どうしてる」
 
 「ジョニー、ジョーニーーーっ」
 京極堂は顔を覗きこんだ。
 「あ、ああ」
 ジョニーはまるで今気づいたと言わんばかりに京極堂を見て、テーブルから足を下ろす。
 直ぐにジョニーの顔つきが変った。
 そして、
 「来たか・・・」
 ポツリとそう言った。
 「何が?」
 京極堂が問い返す。
 「銀河警察だよ」
 ジョニーはサラッと言う。
 「・・・ほえっ?」
 奇妙な声を京極堂は上げた。
 「な、なんだって?」
 「俺が招待してやった」
 「ちょちょちょ、どういうことよ」
 さっきまでの上機嫌の顔が嘘のように蒼くなる。
 ジョニーの動きが一瞬止まったかと思うと、彼を見つめ、
 「てーことで、京、おまえ人質な」
 ニコリとジョニーは笑って言った。
 「何いってんのーっ」
 言い終わる前に、一瞬で京極堂は羽交い絞めにされ、頭に銃をつきつけられた。
 「ちょちょちょちょちょちょちょちょー」
 同時に、
 「ジョニーBジョー、いることはわかっている。大人しく投降すればよし、さもなくばこの場で射殺する」
 玄関の外から合成音声が聞こえた。
 ジョニーは何故かニヤリと笑みをつくる。
 「だいたい時間通りだな」
 たまらないのは京極堂だ。
 「ちょちょちょちょちょちょ、何がどーなってるのよーーっ」
 まったく意に介さず、銃を突きつけたまま玄関を開け放ち、京極堂を外へ連れ出す。
 
 扉の外は、何時の間にか溢れんばかりの銀河警察隊がいた。
 「人質をみ殺しってシナリオならいいぜ」
 ジョニーは京極堂を締めたままグイグイと前へ前へ歩み出た。
 周囲は銀河警察に完全に方位されていた。
 オレンジのジャケットとその装備から一目でフラッシュ隊とわかる。
 重装甲服に身を纏ったヒューマーがずらっと十人。
 一列後ろにはヘビータイプのレイキャストDOORS・Bタイプが四体、更に後ろにはメガンデス急襲装甲車が三台も停車し、ジョニーを取り巻くようにオレンジ色をした四体のヒューキャストが立っている。
 そして、中長距離からスナイパーのスコープがジョニーと京極堂をまさぐっていた。
 ジョニーは首をざっと振り、ものの一秒でそれを把握していた。
 トレードマークとジャケットの色から、エリックエマゾン隊とわかった。
 エリック隊といえば、ジョニーは嘗て所属していたこともある。
 (上官はエリック・エマゾン大佐、四体のヒューキャストは最近導入されたオレンズウッズか)
 大佐とは大の飲み友達でもあった。
 それも逃亡するまでの話だが。
 壮年の大男が装甲車より姿を現した。
 彼こそエリック・エマゾン大佐。
 フラッシュ隊で最も優秀な指揮官である。
 
 「豪勢だねー。一人を捕らえる装備じゃないぜ」
 まるで映画をみた感想のようにジョニーは言った。
 しかも、それが不思議と虚勢には聞こえない。
 ジョニーはそういう男だった。
 「相手がお前ならむしろ少ないぐらいだ」
 大佐はそう言うと最前列で立ち止まる。
 そして軍人立ち、真っ直ぐジョニーを見据えた。
 一歩後ろには参謀らしき顔も見えたが、ジョニーは知らない男だ。
 
 一拍おいて、
 「投降しろジョニー」
 彼はそう言った。
 大佐は簡潔な男だった。
 エリックにとってジョニーは嘗ての部下であり、ライバルであり、飲み友達であり、家族であり、恋人と言っていいほどに惚れ込んだ男だった。
 本来なら、感傷に浸っても不思議ではないだろうが、彼はそういう男だ。
 過去にもよく飲んでは、
 「本当に互いを深く理解しあっていれば、言葉なんかいらないんだよ。一目見れば何があったか、どうだったかなんてすぐわかる。あれこれ問いただすなんて野暮天のすることさ」
 「そのわりに大佐はよく喋る」
 そう言ってジョニーが笑うと。
 「なんだとー生意気なっ」
 と、じゃれあうような会話を奄々と続けた。
 
 「酒は差し入れしてやる。お前が退屈しないように、俺が毎日顔を出そう」
 それは大佐の背一杯の愛情表現なのかもしれない。
 これ以上でも以下でもない。
 そして、それをこの場で理解していてるのは、ジョニーただ一人だろう。
 ジョニーは一瞬言葉に詰ったが、笑みを宿し、
 「ヤクづけにされちまったら楽しめないじゃないですか。味がわからん酒は飲まない主義なんで、遠慮しますよ大佐」
 彼はそういって微笑んだ。
 すると、エリック大佐は隊員が驚くような大声を張り上げた。
 「そんなことは俺が絶対にさせん」
 その声は、天に響くような声と言うより、腹に、心に、思い重石となって響くようだった。
 過去の作戦で一度も聞いたことのない大佐のその声に、隊員達は心ならずとも驚いたようだ。
 ジョニーは頭を下げ、静かに、
 「ありがとうございます」
 そう応える。
 「ですが・・・それは不可能です」
 「不可能を可能にするのが俺であり、ジョニー・B・ジョーじゃないのか」
 先ほどより小さい、絞り出すような声に聞こえた。
 別れを切り出した男に、背一杯気持ちを殺してすがりつく女のようにも聞こえる。
 これ以上に大声は上げたくない、さりとて諦めきれない。
 切なくて苦しくて仕方がない。
 そんな声のように。
 「勘繰らないで下さい。不可能は・・・・不可能なんです」
 「ジョニー・・・」
 大佐から圧力のあるオーラが、言葉と同時に消えた。
 後になって思えば、それが友人としての最後の忠告であり、感傷だったのかもしれない。
 
 ジョニーの表情が変わった。
 「ところで、ルシファーの坊ちゃんがいないな。直接お出ましかと思ったんだが」
 「彼も色々と忙しいからな」
 大佐も同じだった。
 その言葉には最早つい先ほど交わされたような感傷が全くない。
 「なんだよ、雅龍の様子をチョビっと聞きたかったのにな〜。待ってた甲斐がない」
 京極堂は、
 (ジョニーのやつ、それが狙いか、こんな危険を冒して、そんなのが狙いなのか)
 そう思ったが、少なくともプロの勘として、ジョニーは引き金を引く気があるのだけはわかった。
 だから大人しくせざるを得ない。
 とはいえ、友情と仕事は別問題と思っている京極堂ですら、流石に内心憤慨している。
 
 「脳だけ連れて帰るしかなさそうだ」
 大佐のその言葉と同時に、その場の全員が一瞬で戦闘体制に入る。
 それはまばたきを一回し終わる程度の時間で、あまりにも短く、あまりにも見事な動きだった。
 大佐の言う脳だけといのは、殺すことを意味している。
 フレッシュな脳は生命維持を施せば、ある程度の期間生きながらえることが可能であり、情報を引き出すにはそれだけでも充分なのだ。
 恐らくその用意も万全なのだろう。
 なにせフラッシュ隊は、攻撃も勿論だか緊急医療のエキスパートでもあるからだ。
 (連中はジョニーのもってる情報が狙いか・・・ヤツめ何を知ってる)
 京極堂はプロのしきたりにのっとって、今回の件では一切の質問をしていない。
 だから、何が起きているから全く知らないのだ。
 ジョニーは微かに神妙な顔つきになり、ぶつぶつと呟く。
 それは京極堂にも聞こえないほど小さな声だ。
 そして、
 「さ〜て、そうそううまくいくかな〜」
 そう言って、プッと、くわえタバコを大佐に向かって吹く。
 口から離れて直ぐ、シャッ、と微かな音と共にそのタバコが空中でチリとなった。
 
 前衛全員がフォトンブレットを充填、もしくはナックルを装備した。。
 ただ、大佐とジョニーを除いてだが。
 「これだけ話していても来ないってことは、お坊ちゃんは議会か。色々あったからな、お歴々から呼ばれたんだろ。まぁいい、それなら伝言を頼むとしよう・・・」
 そう喋り始めると、京極堂を羽交い絞めのまま、何故かホルスターに銃を収める。
 「まず、月の町がヤヴァイぞ直ぐ手を打て。次に龍計画は諦めろ。最後に、お前は踊らされている」
 
 「うわっ!」
 突然、京極堂は前へ突き飛ばされる。
 「ゴーッ!」
 同時に大佐から号令が発せられ、周囲に構えていたヒューキャスト四体が動く。
 跳躍しジョニーとの間合いを一瞬で詰める。
 ヒューキャストにしか出来ない恐るべき瞬発力。
 しかも、通常のヒューキャストより遙かに速い。
 恐らくはジークと同等か、それ以上のチューンを施されていることがわかった。
 それもその筈、彼らはフラッシュ隊の前衛オレンジウッズ四人衆。
 斥候、急襲、護衛、格闘と、隠密及び近接格闘に特化したヒューキャストだ。
 痩身でスレンダーな体からは、想像も出来ない破壊力の蹴りと打撃を誇る。
 通常兵器を使わずに、ゴッドハンドと呼ばれる近接格闘武器のみで任務にあたるのだ。
 通常のヒューキャストは重量と馬力、そして装甲性能がその力を決定づけるが、オレンジウッズは違う。
 馬力も通常のヒューキャスト並、むしろそれ以下で、ボディも軽いのだ。
 強さの秘密は、人間の格闘技から研究され、生み出された最新の格闘プログラムと、それに対応したシンセティックメタルのボディだ。
 惑星ラグオルにしかない金属により生み出された合成金属で、軽い上に堅固、そして伸びる金属である。
 強い衝撃には高い硬化性を誇り、温度によって金属が伸び縮みする。
 オレンジウッズは完全に間合いに入った。
 相手がどう動いても仕留められる。
 絶対射程距離に三体同時に入ったのだ。
 残りの一体は京極堂を抱え、バクテン、さらに大きく後方へ跳躍。
 ジョニーは動けない。
 仮に銃で京極堂を狙えば、三体が同時に襲いかかるだろう。
 とても狙える状態ではない。
 しかし、彼は狙わない、動けないというより、動かないと決めたようにも思える。
 どしっりと構え、まるで全てが予想通りの展開と、言いたげですらある。
 京極堂を抱え跳躍したヒューキャストは、寸分の狂いもなく装甲車の上に立ち、同時に中へ収納された。
 その間、わずかに三秒。
 陽光に照らされ、オレンジのボディが自慢げに輝いて見える。
 コンマ一秒の間をおき、スナイパーの銃弾がジョニーを狙った。
 キンッ、というつんざく様な金属音が鳴り、ジョニーのヤスミノコフが撃ち落とされた。
 「籠の鳥か〜」
 彼は意に介さない。それどころか、笑みを絶やさないでいる。
 (ジョニーめ、何を企んでいる・・・)
 大佐は一人渋い顔をした。
 「フォーメーションを維持、トラップセンサー範囲を拡張、シールドレベル3へ。フォースパワー干渉波最大、油断するな、何かしかけるつもりだ、きっかけを見落とすな」
 現場で大佐が激を飛ばすのは珍しい。
 たまらず、影のように背後についていた男が、
 「大佐、何もそこまで・・・」と言った。
 「ジョニーめ何か確信があるんだ。絶対に逃げられる確信が」
 「まさか、いくら嘗ての英雄とはいえ、逃げようがありません。それどころか、人質すら自ら手放して、賢いとは言えませんが」
 「お前はジョニーを知らなさ過ぎる。味方にしたらアイツほど心強い男もいないが、敵に回したらあれほど恐ろしいヤツもいない」
 「しかし、オレンジウッズ三体相手ではいささかジョニー殿には不利では。ましては彼はレイマー。捕獲ごとき容易いはず。現に、ああも易々と、しかも三体同時に絶対射程距離を譲るとは・・・所詮栄光は過去のものかと」
 「マコーレ・・・知らないとは恐ろしいものだな」
 マコーレが大佐の顔を覗くと、今迄見たこともないほどに硬直した大佐の顔があった。
 彼は内心、
 (ふふっ、大佐も老いたな・・・)
 そう思った。
 
 戦いはオレンジウッズが口火を切る。
 何の予備動作もなく、上空を跳んだヘッドヒューキャストが、ジョニーのいるポイントに鋭い蹴りを放つ。
 更に、そのほぼ同時に左右からも挟むように蹴りがとんだ。
 光に反射したそれは、そのスピードからレーザーにすら見えた。
 一回、ドーンという重い衝撃音が鳴る。
 マコーレはニヤッとした。
 (きまったな)
 そう思ったが、目の前の光景に愕然とする。
 左右のオレンジウッズが二体同時に前のめりに倒れこみ静かになった。
 「えっ、何が起きた」
 思わず声を漏らすマコーレ。
 彼は、現フラッシュ隊の頭脳であり、本部から派遣された若きエリート参謀なのだ。
 覗き込んだ大佐のその顔は笑っている。
 「第百八合気式柔術・・・前より凄いな」
 マコーレは記憶に無いその名前を瞬時にデータベースで検索する。
 だが、そんな名称は無い。
 唯一、ジョニーの廃棄された履歴書の特技欄に、その名称に似たものが掲載されているが・・・。
 「最近のオレンズウッズは頭に乗りすぎているからいい薬になるな」
 「大佐、何を言っているんですか」
 「マコーレ、言われたとおり、記録しているな」
 「イエッサー」
 「瞬きする間も惜しんでよーくみてろ。こんなチャンスはまずない」
 「何を・・・」
 「何故、あのデーモンズゲートの厄介者と言われ、廃棄寸前まで追い込まれたバーサークのジークが、唯一彼の命令だけに絶対忠実だったのか、何故俺が現役に拘り続けるのか、これを見ればわけがわかるだろう」
 「えっ?」
 そう言ってジョニーを見る。
 「あの狂人ドロイドのジークに比べたら、得意満面のウッズどもはお子様と同じだ」
 「まさか!連中は最新鋭のヒューキャスト、近接格闘でオレンジウッズに敵はいません」
 オレンジウッズを連れてきたのはマコーレその人である。
 「まー見てなさい。そして己の全感覚器官を使い感じとれ。己の無能さを呪うぞ・・・」
 そう言う大佐の目は大きく見開かた。
 顔には奇妙な笑みがへばりついてる。
 「大佐・・・」
 
 倒れたヒューキャストは、右足関節が破壊されたのか、それぞれの足がありえない方向に折れている。
 しかし、本来ヒューキャストはその程度のダメージで攻撃が止まるはずもなかった。
 なのに二体はピクリとも動かない。
 その姿は廃棄物処理場にあるゴミだ。
 ヘッドヒューキャストは、上空を見上げる。
 「なんてな」
 ジョニーの声が真下からきた。
 一瞬で短く飛び上がり、ショートレンジでドリルのような痛烈な蹴りを地上に見舞う。
 ドォォォォォッと、激しい衝撃とともに地面のコンクリートが砕け散る。
 ハッとして正面を見ると、ジョニーは最初の位置に立っていた。
 「なにっ」
 気づけばさっきとほぼ同じ距離を保たれている。
 オレンジウッズは戦闘中の感情脳を九十%スリープさせている。
 にも関わらず、その衝撃の強さから思えず声が漏れたのだ。
 その衝撃の凄まじさがマコーレにもわかった。

 オレンジウッズのヘッドヒューキャストは動けなかった。
 なぜ、あの二体はやられたのか、その答えがわからないからだ。
 「テイル、こい」
 装甲車の射出口から、あの京極堂を保護したヒューキャストが飛び出し、空中で美しくムーンサルトをきると、音も無く着地する。
 そして、ジョニーを前後で挟む形をとった。
 
 「私たちにやらせて下さい」
 出撃前、ヘッドは大佐にそう言っていた。
 「英雄だなんだと、話だけが一人歩きしているようですが、所詮はヒューマーです」
 銀河警察では多くのドロイドが稼動、活躍しているが、その中でもジークやドーラといったクラスの名のある者はそう多くない。
 そんな中でもオレンジウッズは有名な最新鋭ヒューキャストだった。
 わずかな沈黙の後、大佐は、
 「いいだろう」
 そう応えていた。
 
 「何故だ、くそう感情脳が邪魔で答えが出ない・・・」
 ヘッドの出した答えに、マコーレは驚く。
 「えっ!ヘッドがコネクトを完全に切断した。命令から離れる気か」
 マコーレはヘッドセットマイクに、
 「オレンジウッズのシステムダウン!」
 そう叫ぶ。
 だが、彼の衝撃とはそぐわない反応が大佐から返って来た。
 「構わん、やらせろ」
 大佐がそう言い放つ。
 「大佐っ!」
 「構わん」
 そう一言いって、ヘッドセットを切った。
 それを聞いたマコーレは、大佐の気がフレたとさえ思った。
 
 「お前らも格闘で敵ナシだと思っているくちか」
 そう言うとジョニーの眼に力が宿る。
 「現場の本当の恐ろしさ、経験させてやろうか・・・」
 そう言うと、足を肩幅程度にやや広げ、腰をやや落とし膝をリラックスさせる。
 そして、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。
 手は下から上、上から下へと空気をかき混ぜるように動かしていた。
 そして、ブツブツと呟き、またゆっくりと息を吐く。
 「何かがおかしい・・・フォースフィールド全開!」
 マコーレが叫ぶ。フォースパワーを使うと判断したのだろう。
 「無駄だ」
 大佐は瞬きもせず、ジョニーに見入っている。
 
 オレンジ色をした二体の鋼鉄は、音も無く同時に攻め入った。
 それはミキサーの中で回転する、オレンジのように歪んで見えた。  

BACK     SIDE STORY MENU     READY