DOORA

---SIDE STORY---

#18.「交 差」

作:管理人

 オキノ・ラス・トランサバール。それが彼の本名・・・らしい。私、ドーラと、現地で合流したオキノは、ジョニー隊長の指揮下に入り、Zファイルの重要人物の監視行動に入った。
らしいというのは、正直なところ確かめる手段がない。正確な情報が無いといった方がいいか。彼の素性には不思議な点が多く、私の収集出来るネットワークで、彼は少なくとも十の偽名を持ち、十五の正式な職業をもっている。結婚もしており、子供もいる。しかし、その全てが事実なら、彼は九人と結婚し、六人の子持ちになる。
(まさかな)

「危険な作戦につくものが、相手の情報を百%信じるようなら、その者は失格だろう」
そうジョニー隊長に教えられた。
「だが同時に、その全てを否定するようなら、その者は失格以前の問題だ」
そうとも言った。
私は更にアクセス可能なネットワークを拡張し調査したが、結果は似たり寄ったりだった。この何%かは事実、もしくは事実を連想させうる情報なのか。
人間ってやつは、その生きた環境や育った年代等によるクセが出る。嘘をつくにも全く違う時代の違う環境のベースで喋ることは出来ないのだ。だが、彼の喋る内容はまるでわからない。喋り方も子供のようであり、青年のようであり、まとまりがない。また、百戦錬磨の凄腕を思わせる気迫を伴うこともあれば、振られてしょげた十代の少年のようにも見える。
(何者なんだ)
隊長は彼についてこう言った。
「正直言って奴が何者か、確実なところはわからない。一言で言うなら奴は変態だ。何をいわんとしているかは身をもって体感してくれ。ただ、奴はある種の偶然性を生む特異な性質を持っている。これは間違いない。今回のような無謀な作戦では、几帳面に物事は運ばない。運んでもらっても困るが、何かを起せる奴でなければいけないだろう。としたら奴以上の適任はいない」
(変態か・・・。自分のことをビューティーとは、普通はいわないな)
彼の言っていることは、冗談なのか本気なのか、意図なのか偶然なのか、全くわからない。彼の反応を分析する限りは偶然のように思えるが、偶然はそうそう続かない。だから偶然と言うのだ。ただ、万が一にも、あれが全て計算なら用心しなければいけないかもしれない。
一度だけ彼に聞いたことがある。
「正直あんたは何ものなんだ?」
彼は小さく微笑み、真顔で、
「人はビューティーハンター、オキノと呼ぶ。まーご察しのようにそれは世を忍ぶ仮の姿だ。ここだけの話だが・・・私はグリーン・タロス・フラッグス傭兵団最高幹部。今、極秘の任務にあたっているのさ。とはいえ、任務遂行には何せ金がいる、ふふ」
そう言ってニヤリと笑った。私は間髪いれず、
「・・・タロス?クロスじゃないのか。グリーン・クロス・フフラッグス。緑の傭兵団」
 そう返すと、彼は咄嗟に気まずそうな顔をし、(これだよ、これは演技なのか)
「そ、それだ」
 と、喉を詰らせながら言った。
 グリーン・クロス・フラッグス、通称グリーンフラッグス。名のある傭兵団の中でも上位にランクされる。全員が緑の装甲を身に纏い、数少ない構成員にも関わらず、高度な連携と高い機動力で戦場を駆け抜けるレインジャーだけの傭兵団だ。某国の隠密部隊とも言われているが実のところはわからない。銀河警察時代に何度か連中がらみで出動したことがあるが、彼らは確かに強敵だった。青のVTと双璧をなす要マークの傭兵団だったと記憶している。
連中は金さえ払えばなんでもやる。銀河警察相手にすら戦争をしかけかねない連中だ。
(この男が・・・ありえんな。これも嘘だろう)
 嘘とわかっていてもカマをかけずにおられないのは性格だろうか。
「アマンザでの逃亡は、してやられたよ」
 そう独り言のように言ってみる。
「あ、ああアマンダは凄かった」
(?)
「アマンザはな」
「ああ、アマンダはな」
(??)
「アマン、ザ、だな?」
「あ、ああ、ああ、それだ・・・。いい身体だった」
(はぁ?都市の名前なんだが・・・)
彼の表皮から噴出される成分や体温の上昇や表情分析などをみる限りでは嘘を言ってない。つまり、彼は嘘を言っている。
(わからん奴だ・・・)

 


同時期、ミンスクのほぼ中央にある大統領官邸。
その深部に、限られたもののみが通される特殊な部屋がある。そこは二畳ほどの狭い畳部屋で、その部屋に二人の少女と男がいた。
 畳の上には、座布団と、お茶、お茶菓子が所在なげに置かれている。
「出来ないともうすか?」
「いえ・・・私たちは今のままで充分と申しているだけです・・・」
「つまり、出来ないと申したいのであろう」
「いえ・・その・・」
 一段高い座布団に正座している少女は、でっぷりと太った貫禄のあるスーツ姿の男を見下ろしていた。男は座布団も敷かず、畳の上に直接正座している。彼は大きな背中をダンゴ虫のように丸め、小さくなっていた。その額は暑くもないのにびっしょりと汗をかき、部屋にきてからずっと震えている。
男とは、月の町の大統領その人である。
 少女は微動だにせず、お茶から立ち上る湯気を、見るとはなしに見ているようだ。とても背が低く、血色の無い面持ち。ボアのある厚手の黒いフォマールスーツは、ビロードを思わせる質感で、少女の顔を一層白く惹きたてた。
その少女こそ、銀河警察Zファイルの幹部筆頭にいた、氷の朱音(シュネ)である。
「なぜ、心を閉ざす」
「いえ・・あの・・別に・・・」
 彼女は顔をやや下げ、相手の背中を見下ろした。
 ビクッと動く男の背中。
「こじ開けても・・・よいのだぞ」
 すると男の背中が不自然にぶるぶると震えだした。
「ヒィッ」
 小さく悲鳴を上げる。
「お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい」
 朱音は再び目線を湯飲みの湯気に戻した。
 同時に男の振るえが止む。
 男の額から流れ出る汗が異常な量だ。
「差し出せと言っているだけではないかえ。月の町ごときが、それほどに大切か?猥雑なヒューマー共に影響され、ソニック・ロックともあろうモノが、すっかり縮こまったものじゃの」
抑揚もなく淡々と話す。その声はまるで冬風のように寒く、静かで、ボソボソ、ザザザッと風音のように聞こえた。なのに、ともすれば聞き逃してしまいそうな微かな声なのに、心を鷲づかみにされたような迫力がある。
「猶予を与えよう。明日までに考えよ。我らに月の町を差し出すか、肥やしにするか、道は二つしかないぞえ。永年の宿敵であるヒューマーを駆逐する為の命だ。惜しくもあるまい」
 その幼い顔だちに微笑を浮かべる。
「選択を放棄して逃げる・・・という道もあるか」
 クックックと、小さな声で笑った。
 
 そして静まり返る小部屋。
 大統領の心拍音だけが部屋を満たしている。口から心臓が飛び出しそうな勢いで脈打っているようだ。男は時折、「はぁ、はぁ」と息苦しそうに呼気をもらしている。

 ゆっくりと顔を上げた。
目線の先にいる筈の彼女はいない。
「はぁぁぁっ、そ、そんな」
 後ずさるが、どん、とその背中が壁につき当たった。
 男はビクビクッと体を揺らし、口をあんぐりと空け放ち、目が一杯に見開かれた。
「そんな、そんな」
ここは対フォース様の特殊な部屋だった。
一切のフォースエネルギーの干渉を吸引し、テクニックを放てないように作られた特殊な部屋なのだ。

朱音の座ってた座布団には微かな凹みもなかった。
まるで幽霊を相手に会話していたかのような錯覚すらおぼえる。
「ひゃあっ」
 更に大統領は、声とも叫びともつかない情けない音を上げ、壁にへばりついた。
 目線は、湯気が立ち上っていた湯のみにある。
 その湯飲みは、カチカチに凍っていた。
 それは、紛れも無くそこに朱音がいたことを意味していると同時に、警告であり、恐るべき力の証明でもあった。朱音は一切の動揺も挙動も大統領に感じさせず、事も無げにやってのけたのだ。それこそあっさりと、赤子の手を捻るがごとく。
(そんなバカな・・・ダークフォースを考慮して設計したのに・・・おおお神よ、我らにどれほど罰を与えれば気が済むのですか・・・神よ・・・)
 大統領はガタガタと震え、頭を抱え、小さく、小さくその場にうずくまった。

 


 ジークは黙って俺の言うこと聞いていた。
そして、ありのままを受け入れたようだ。
少なくとも俺はそう思っている。

ドーラは月の町へ出発する直前、ジークを私に預けた。
「ジークにとって最良な道が、私には予想出来ません」
 モニター越しに見た彼は、以前よりずっと人間じみて見えた。もじもじとしたり、リアクションが変に大きかったり、時折黙り込んだりした。
(過去のことを思い出しつつあるのだろうか)
ふと、そんな恐れとも期待とも言えない何かが頭を過ぎる。
「お前がジークと同じ状態であったとしたら、何を願う」
「・・・理由を知りたいです。何故こんな目にあったのか。何が起きているのか。でも、」
「ジークがそれを望んでいるかは、わからない。か」
「はい」
 その表情はまるで妻を思う夫とも、家族を思う父とも見える。現実には表情はないのだが、彼の振る舞い、間合いが私にそう思わせた。
「素晴らしいな・・・」
「・・・どうしてですか」
「ドロイドのお前に選択肢があるんだ。それは素晴らしいことだよ。贅沢な悩みだ」
「贅沢ですか・・・」
 彼はどこか釈然としない素振りをしつつも、まるで修行僧のように、まるままんま全てを受け止めたかのようだった。だから、最終的に彼は俺に委ねた。その結果がどう出ようが、全てを受け止める構えが出来たのだろう。
(事実を知っても、お前はそれでも俺を許せるか・・・)

俺は京から唸るようなマイナス要因を聞かされた上で、ジークを再起動することにした。京は呆れて、。
「イカレてるぞ、リスクが高過ぎる。再起動で連中の仕掛けも動き出したらどうするんだ。一瞬でオジャンだぞ」
そう言った。
「外したんだろ」
 俺は既に準備を始めている。
「ああ・・・しかし完全じゃないかもしれない。極めて・・・複雑なんだ」
「らしくないな。言い訳の前フリか」
「違う!そうじゃない。事実を言いたいまでだ。それに、奴の人格メモリーそのものが動作不良を起すことだってあるんだ。極めて複雑なんだよ。単純じゃないんだ」
(人間って奴は、手に終えないモノを作るから最後はこうなる)
「京、お前はプロだ。そして俺もプロだ。聞いた上で判断しているし、払うものも払う。更に付け足すなら、大きな動きには傷みが伴う。当たり前だ」
「耐えられる痛みならいいがな」
「耐えられようが、耐えられまいが、結果的にあるがままを受け止めるしか結局は出来ないんだよ」
「勝手にしろ」
「言われるまでもない」
 それっきり京は黙りこんだ。
待つべき時には待つ。だが、期が熟していれば進むのみ。俺に悩みはない。もしあるとしたら、それは待つべき時なのだ。熟していれば、前しかない。

案ずるより産むが易しとはよく言ったものだが、ジークは見事に再起動する。
勿論、それが終わりでないことは充分わかっている。始まりなのだ。始まりの一歩に過ぎない。だから俺自身に特に感慨はなかった。
ただ、それがどれほど意外なことであるかは、ドロイドマイスターである京の驚きを見ればわかる。奴は目を皿のようにしてジークの一挙手一投足に神経を尖らせた。右手はいつでもシャットダウン出来るようにキーボードに手をかけている。
そして俺は、ジークに淡々と、口で、説明した。
「ダウンロードさせればいいだろうに」と、言う連中も多いが、この時間と手間は大切だと思っている。例えドロイドであろうと、それは変らない。なぜなら時間は力だからだ。
 
 ジークは黙って現実を受け入れた。
そんな話をだれかにしたとしても、そいつは恐らくこう言うだろう。
「ドロイドだからな」と。
 だが俺は違うと思う。銀河最高クラスの高度な感情処理プロセッサを持ち、高度な学習知能をプログラムされた彼らと、俺たちにどれほどの差があるだろうか。もはやある部分では彼らには精神が宿っているとさえ言える。人が言う、所謂魂は無いのかもしれない。だが、彼らが自らの意思で生きていないと誰が言えるだろう。神が人を作ったように、人がドロイドを作った。私たちが生きているように、彼らもまた生きている。
ジークが、ありのままを受け入れたのは、ヤツの個性と言ってもいい。こいつがタイタンなら、再起動と同時に俺は殺されていたに違いない。

 銀河警察内部に裏切り者がいることは昔からわかっていた。いや、それ以前に、裏切り者のいない組織など、それ自体が存在しない。もし、そんな奴はいないと断言するリーダーがいるなら、嘘が下手なのか、本格的な世間知らずかのどちらかだろう。俺なら、速攻そんな奴は首にする。
だから、正直言って俺がその裏切り者に気づいても別に驚くことはないと、そう思っていた。その正体に気づくまでは。
衝撃、しかも超度級の衝撃。
それこそ、今までの全部が嘘です。そう言われたような、人生の全てが一瞬で否定されたような衝撃だった。
驚いた、そしてマズイと直感した。だが、本音を言えば、それでも何もするつもりは無かった。ヤバクなる前にトンズラしよう。そう考えていただけだ。後はタイミングだけ。
俺は皆の言うような英雄でもなんでもない。英雄なんてのは、はなっから存在しなんだ。たまたま俺の通る道にソレが起こったに過ぎない。もし大勢の人を殺して英雄なら、何故犯罪者は投獄されるのか。そんなことを言ったのはドーラともう一人、雅龍だけだ。他の誰もそんなことは聞きはしない。もし、大勢の命を殺めたのが英雄なら、俺は英雄の仲間入りをするだろうがな。
もし、これらの一連の事態が収束し、もしこれらの記憶の断片を整理するものが出てきたとしたら、恐らくこの件についてこう言うだろう。ジョニーは連中を侮っていたと。だが、俺に言わせれば順序が逆だ。
(あんな非常識、想定できる方が異常だ)
限界を超えていた。受け入れるにはあまりに突拍子もなく、俺の限界を超えた。結果から原因を憶測すると往々にそう見るだろう。だが、事実、俺たちの歴史は不可能と言われたことを可能にした歴史だったことを思い出せばいい。その多くは「偶然」という名の宿命が生み出した奇蹟なのだ。
(アホか俺は・・・混乱して主題が見えないぞ)

あの時、ジークの電算脳は一瞬でハックされ、俺は、行き場を失った。

「ゲート・パス?隊長どういう意味で」
「データの後半を分析しろ」
「・・・このデータは事実ですか」
「ほぼな」
「・・・」
「Zファイル随一のテレパスであり電脳ハッカーにおまえは一瞬でハックされた。ハッキングにお前は気づいたか」
「いえ、一瞬でした・・・次に微かに感情脳が再起動しかけた時にアニキの顔が見えていた」
「そして電脳麻薬サックを注入・・・ダイレクトに大量に注入されたんだ。お前がジョニー隊の抗体を常駐させていなかったら、その時に完全に脳死状態だったろう。後は連中の思う壺だ」
「そのハッカーは、今も銀河警察に」
「ああ、合図を待っているよ。奴らの合図をな」
「しかし、施設の機能は内部にも向いているはずでは。なぜ、そのような輩をみすみす」
「ジーク、それは相手が悪い。お前は知らんだろうがダークフォースのテレパスでは格が違う。奴らにかかれば、我々の施設などは子供の玩具だ」
「まさか」
「俺たちのスケールで計ろうとするな。ヤツにかかれば、月の町全員の精神は二秒足らずでハックできるだろうさ。そして月の町の全フォースを使い、銀河警察を襲わせることだってわけがないだろう。連中からすれば、そんなことは稚技に等しい」
「そんな、そんな、そんなバカなことが」
「データにないか?無いだろうさ、ヤツラは歴史の闇で根絶やしにさらたはずだからな。そう、俺たちヒューマーが根絶やしにした特異点なんだよ。本当の意味で天然の新人類なんだよ奴らは。フォースの原種であり、ニューマンも奴らから生まれた!」
「・・・」

気づくと、京の奴が俺の肩を掴んでいた。
京は、俺を睨みつけジークの心理グラフを指さした。
「ジョニー・・・酒が足りないんじゃないのか」
そう言って笑う奴の額には、うっすら汗が浮んでいる。
「すまないな、ジーク」
「いえ、隊長・・・」
「俺たちには力も、時間もないんだ」
「また、アニキと戦えるんですね」
「ああ、ドーラと合流してくれ」

 


歴史を揺るがすような戦いは、いつも些細なことで始まる。それはいつだって避けようがあったかに見える。だが、避けられない運命にあったのだろう。歴史がそれを証明している。そして、少なくとも、ドロイドの私にとって、人間達が言うような「もし」という言葉はありえない。
「オキノ!オキノどうした!何が起きたんだ」
(返事がない)
 大地が揺れ、その衝撃に電子アイの眼が眩んだ。
マグニチュード9、直下型の衝撃だ。私の電算脳は、その震源地が、まさに私の真下であることを示している。
 ドドドドドッ。
レイキャストのボディは通常のドロイドより遙かに重く、優れた対衝撃吸収構造をしている。それは射撃の衝撃に対して、僅かなズレをも起させないためである。それが、レイキャストであり、レイキャシールなのだ。特に私は、ヘビータイプのボディを備え、レイキャストが放てるあらゆる銃火器に対応する。
その瞬間、3トンもする私のボディーは、まるでビニールの玩具のように宙へ舞い、落ちた!
この私のボディが、こともなげに天上まで飛び上がったのだ。しかし難なく空中で体制を立て直し、ホバーをブースト、静かに着地した。
途端に頭上から、家具や、照明器具、天井までもが、我先にと頭上めがけ降り注ぐ。嵐に飲み込まれたかのような、すさまじい轟音が周囲を満たした。
そして、一瞬にしてガラクタまみれに。
「オキノどうしたんだ。情報をシールドして、FAにアップしてくれ」
「・・・」
「どうした?何故返事をしない・・・また」
 ひとしきり天井が抜け、静まったかと思うと、今度は床が抜け、階下へ放り出された。だが、ドーラにとってはこれまでの程度のことは問題ではない。そんな経験は幾度と無く作戦中に起きた。問題は、正確に対処するための情報だ。情報がいる。ホテルのメインコンピュータにアクセスを試みるも、完全に通信は絶たれていた。それどころか、衛星も、電磁波も、あらゆる情報源からアクセスするも全く反応が無い。一瞬にして、電脳空白地帯と化している。そんなことはありえない。ありえるとしたら、私は完全にはめられたこと意味する。

「おい、聞いてるのか」
 私の置かれている状況とは裏腹に、能天気な声が電脳に届いた。
「あードーラ、悪いね。用事を思い出したから、俺は帰るよ」
「はぁ?何を言ってるんだ」
手持ちのヤスミノコフ以外、装備の一切は、ガラクタと共に埋もれてしまった。ガラクタの最下層、凡そ十メートル先に反応がある。とてもじゃないが掘り出すことは出来まい。
(こんなところを狙われたらたまったもんじゃないぞ)
「じゃー、またな、生きてたら会おう」
「おい、冗談を言ってる場合か、FAにアップ急いでくれ。こっちはあらゆる電脳から情報が遮断されているんだ」
「じゃあな」
「どういうつもり・・・」
 通信は一方的に途絶えた。

 

「朱音の大将、これでいいのか?」
 オキノは振り返り、少女を見た。
「えぇ」
 少女はニコリともせず、うつろな眼でそう応える。
「じゃ〜、俺はもう、帰ってもいいだろ?」
「どこへ行きたい」
 そう少女が問う。
「あの世以外ならどこへでも」
 オキノは少女に向かってウィンクをした、少女は反応がない。
「そぉ・・・あの世以外ならいい・・・」
 以外を、やや強調している。
「いや〜待った待った」
(こえ〜、こいつ冗談通じないよ)
「え〜、、とりあえずミンスクの宇宙港がいいなぁ」
「そぉ・・・」
 少女が右手を差し出すと、オキノの目の前に光の輪が浮かび上がった。リューカーの転送ゲートだ。行き先は・・・・、
「えーっと、この穴はどちらに・・・」
 習慣なのか、揉み手をしている。
「くどい男は嫌いです」
 冷たい目線がオキノをとらえる。
「あーごめんなさい!それは宇宙港に決まってますよね〜。何言ってんだかなーもー」
 笑いながらも、額にじんわりと嫌な汗が浮んでいる。
(くー・・・ナムサン!)
 両足を揃え、水中に飛び込むような姿勢で、光の中にジャンプ、その姿は一瞬で消えた。
「・・・」
 少女はその光が消えるのを黙って眺めた。
「蝿め・・・」


暗闇の中、部屋にたたずむ女がいる。
(私は何をしているんだろう)
同時に湧き上がる思い。
(ドーラからはいまだ連絡がない)
 またやってくる思い。
(私は何をしているんだろう)
 更に湧き上がる思い。
(セニョはどうして殺されなければいけなかったの・・・)
「私のせい・・・私が銀河警察の極秘事項の調査を依頼したから・・」 
 雅龍は監禁されていた。

それは数日前のこと。
「それは出来ません」
「お願いです。一日でいいのです。休暇を」
「雅龍教官、今が銀河警察にとって、デーモンズゲートにとって、どういう時かわかっているのですか」
「勿論わかっております」
「友達を亡くしたのは同情します。しかし、それはそれ、これはこれです」
「そこをおしてお願いしているのです」
「お帰り下さい。そして直ちに任務について下さい」
「お願いです」
「教官・・・。トップ隊隊長によるスパイ行為と逃亡(ジョニーのこと)、更にその部下による不祥事(ジークのこと)、ラグナ隊の壊滅、それによるトップ隊の再編、そして今度は、銀河警察直轄の銀河遺産が襲撃を受け、更に本来なら我々が捕らえねばならない赤き狂気を、ハンターズギルドに破壊されて・・・銀河警察は、今まさにその立場と役目を、全銀河に問われているのですよ!私的感情で休暇をとっている場合でないことがわからないのですか。ましてや、越権行為の数々、お咎めがなかったことだけでもありがたく思いなさい」
「それを、それを、おして・・・」
「恥を知りなさい!」
「お願いです!」

「・・・雅龍教官、あなたを只今より謹慎処分と致します。本日より一週間、グリーンルーム・ナンバー十二があなたの自宅となります。以上委員会を閉廷」
 カツン・・・と詰めたい金属音が五回なった。
 同時に照明が落ちる。
「セニョ・・・セニョ・・・」
 泣く事しか出来なかった。

 

 グリーンルーム、謹慎部屋だ。処罰を受けたものはこのグリーンセクションから出ることは一切許されない。出ることは逃亡を意味し、それは即、処刑へと繋がる、決して軽い処分ではなかった。

(私は何をしているのだろう、たった一人取り残され・・・泣くしか脳がない・・・)
 雅龍は、どうしてもセニョリータについて調査をしたかった。ただ、それだけだったのに。それは、許されざることなのだろうか。
 そう、銀河警察の人間として、それは許されざることであった。ましてや、今銀河警察内部では、水面下で、ニューマンへの警戒が密かに広まっていたので尚更と言えた。タイミングがあまりにも悪かった。
 
「面会です」
 マシンボイスが来客者を告げる。
当人の許可はいらない。
担当官であれば必要に応じ、事前の予告なく出入りすることが出来た。当然、部屋は二十四時間あらゆるセンサーで監視されている。
グリーンルームには一切のプライバシーがなかった。

ロックが空いた。
 部屋は闇に包まれている。
「雅龍・・・いるんだろう」
 ルシファーだ。
返事がない。
「雅龍・・・」
 一歩踏み出そうとする。
「来ないで!」
「・・・」
「来ないでよ!嫌だよ、いや、イヤーッ!」
 地面を激しく踏みしだく音。彼女の声は潤んでいた。
 立ちつくすルシファー。
「・・・ジョニー、さんの、居場所が掴めた」
 暗闇でも雅龍が振り返るのがわかった。

「・・・これから向かう・・・」
 暗闇から伝わってくる不安な波動。

「・・・どうするの」
「それは・・・」
「どうするのよ!」
「逃亡罪だ・・・・」
「殺すの?・・・ジョニーを殺すの!何も悪くないのに!」
「彼が逃げ無ければ、或いは・・・」
「殺すのね・・・殺すんでしょ」
「雅龍・・・わかってくれ、私にはどうすることも出来ないんだ」
「逃げなくても、どーせ殺すんでしょう!それが銀河警察のやり口なんでしょう!」
 闇の中から激しい叱責がとんだ。

「彼は、彼は処罰されるだけの罪を重ね過ぎた・・・」
「何をしたって言うの!もっと処罰されるべきモノは、遙かに多くのさばっているというのに!私も逃亡すれば殺すのでしょう、そうだよね!仕事だもんね!仕事なら誰でも殺すんでしょ!友人でも、家族でも、恋人でも、今すぐ私を殺せばいいわ!」
 今すぐ飛んで入って彼女を抱きしめたかった。
 だが、それは重罪だ。
 グリーンルームの戸を開けることは出来ても入ることは許されてない。
 力なき腕はその先を求めて静かに震えていた。

「すまない・・・」
 静かに閉じるドア。

(わかっている、ルシファーが悪いわけではない。雅龍、雅龍という私、どうしちゃったの。こんなに取り乱して、どうしちゃっていうのよ・・・)
「私だけが取り残されている・・・」

 

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