DOORA

---SIDE STORY---

#16.「激 震」

作:管理人 校正:雅龍

 何か大きなことが起きる時、それはあたかも突然だ。
 そう、あたかもということは、そこに誤解があることを意味する。
 大きなことが起きるには、起すには、膨大なエネルギーと時間がかかる。
 ただ、奴達は知らないだけ。気づいていないだけだ。
 それは、それらは確実に今日も起きている。
 そして気づいていない奴達はこういうだろう。
「突然のことだった!」と。
 その声を聞くたびに俺たちは転げまわって爆笑する。心の中で。
 だが、そんな笑っていた俺たちも気づかなかった。
 それによって修復にかかるエネルギーは遙かに膨大だということを。
 
 これは、ジャルミーサックの言葉である。
 彼がどうなったかはあまりに有名だ。
 私はこのサックの言葉を教訓にする為、毎日、朝と晩、読むことにしている。
 その後、彼の言葉に、こう付け足した者がいた。
「悟ったつもりの愚か者、ここに眠る。
 サックは遂にわからなかったか。
 修復?その言葉に俺様はひっかかる。あんた何様だ?
 修復なんて必要ない。それそのものも、宇宙の一要素にしか過ぎないからだ。
 お前のやったこと、それそのものが所詮チンケなことに過ぎないからだ。
 ヒューマーも、生命体全ても、一要素にしか過ぎないからだ。
 是することが出来なかった時点で、受容することが出来たなかった時点で、
 お前は単なる弱虫になりさがった。
 さらば弱虫、さらば愚者。
 永遠に眠ってろ、お前の命日は俺が笑いに行ってやる」
 マスコミは、この冒頭の一行のみをとって報道に流した。
 そして、結局だれの言葉なのかもわからないまま、忘れ去られる。
 サックと共に。
 
 ここ最近、あまりにも多くのことが起きすぎる。
 いや、サックの言葉を借りれば、知らなかったに過ぎないのだろう。
 更に言えば、銀河警察の情報収集力が効果をなしていないとも言える。
 それとも、情報収集力が限界なのかもしれない。
 いずれにせよ、それらはあまりに唐突に思えた。
 連中のネットワークを侮っていたのかもしれない。
 事態は予想以上に深刻、かつ高速に進んでいたのだ。
 
「すまん、それは言えない・・・」
 ルシファーは心からそう思った。すまない、本当にすまないと。
 それで許される筈もないと知りながら。だから、すまないとしか言いようがなかった。
「なんで教えてくれなかったの・・・なんでよ!」
「すまん・・・」
「セニョは!セニョリータはあなたにとっても友達じゃなかったの!」
「すまん・・」
「すまないじゃ・・・すまないじゃセニョは戻って来ないのよ!」
 彼女は流れ落ちる涙を拭くこともせず、子供のような地団駄を踏みながらヒステリックに叫んでいた。普段の彼女からは想像も出来ない。ましてや彼女はニューマンなのだ。
 彼女はまるでストレスの溜まった熊のように、同じところを右に左にとウロウロしながら、時折足を踏み鳴らしていた。
「すまん」
 職務に忠実な自分を憎らしく思った。
 
 彼女は深夜遅くに帰宅した。
 雅龍のことだ、間違いなくその日のうちに情報を掴んでいると思った。
 そして、すぐにコールがあると思ったが、それは無かった。翌日に知ったのだが、彼女はシミュレーション施設アイに篭り、一人シミュレーションをこなしていたという。
 しかも、あの忌まわしき記憶である、シェイド戦線をたった一人で。
 シミュレーション結果は過去最高記録をマークしたと聞く。
 話では、シミュレーション終了後に、シェイド戦線の記録をプログラムした責任者宅にコールを入れ、こう言ったそうだ。
「あんな安っぽい攻撃なら誰も死なずに済んだ筈です。明日より直ちにプログラムを組み直すことを希望します。記録が無いとは言わせません。私の部下が一部始終を収集していたのですから」
 担当責任者はこう返した。
「教官、それでは誰もシミュレーションを消化できません。訓練になりません」
「それで消化できないなら、その程度ということ、脱落させればいい」
「・・・ご存知のはずです、銀河警察は、今以上に即戦力が必要なんですよ」
「あの程度のシミュレーションすらろくに消化出来ずに、戦力になる筈無いじゃありませんか!それともなんですか、銀河警察は肉の壁が欲しいとでも仰るのですか?」
「いえ、そんなこはありませんが、希望を抱いてデーモンズゲートまで来た可能性のある若者たちを、むげに落とすことも無いのではと。それにこれから成長しますでしょうし」
「資格が無いものは脱落する。ただ、それだけです。それに、あなたの言っていることはおかしい。それで諦めるなら早々に考えを改める機会を与えるべきです。それが訓練生の為であり、銀河警察の為なのではないですか。デーモンズゲートはそこらのお遊びじゃないんですよ。全てが局地戦行きのスペシャリストなんですよ。彼らを捨て駒のよう扱うことは断じて許せません。その為にも可能性が無いものは早い段階に気づかせるべきです。それがプロとしての役目じゃないのではありませんか」
 話は1時間に及び、彼女はきったそうだ。1時間と聞くと、長そうに思わない人もいるだろうが、これはかなり異常な数値である。通常、能率的脳をもつニューマンの会話は短い。昨年の公文書データでも、ニューマンの会話時間の分析が出ていたが、第一世代から通して、3分以内と書いてあった。特にニューマン同士の会話では、音に意味を込めて固有の会話をする。カタカムナという言語を使用する為、10秒程度で1枚分の会話を終了させることが出来る。
 翌日、彼女は責任者に謝罪の電話を入れたと聞く。
 だが、電話の話は彼女の本音なのだろう。
 それが本来は正しいと、私も思う。
 下手に可能性がありそうにそそのかせ、その若い命を一瞬で絶つ。あまりにも残酷な話だ。そうして、そそのかした連中は、一切命の危険が及ばないところにいるのだから尚更と言えた。 
 誰かが言った。
「いい奴は皆先に死ぬ」
 
 私は雅龍の帰りが遅いので本当に心配した。コールしても連絡には応じてくれないし。だが、家にいれば必ず戻ってくると思い待っていた。当然、彼女の叱責を受ける覚悟だった。なぜなら、フラッシュ隊の行動は常に私が把握していることを彼女は知っているからだ。
 深夜に、彼女は、いつもの純白のハンタースーツに身をつつみ何食わぬ顔をして帰って来た。いつもと違うのは、ただいまのハグがなかった。それだけで彼女の怒りが私にはわかる。
 帰ると同時にバスルームに行き、シャワーを浴びる。そのシャワーがやけに長かった。いつもより少し遅らせて入れた筈の、彼女のお気に入りのハーブティーが、すっかり冷めた頃、彼女は出てきた。バスローブを来たまま、彼女は既に泣いていた。髪もろくに乾かさず、泣きながら突然食ってかかってきた。
 俺は「すまない」としか言えないまましばらくが過ぎた。
 
「すまない、すまない、すまないとしか、言えない・・・」
 彼女は黙ってうな垂れている。
「いいの・・・いいの・・・ごめんなさい。フラッシュの行動を言える筈ないのにね。ごめんなさい・・・ルシーは何も悪くないのに。あなただって辛いだろうに」
 そう言うと、そのまま床の上に座り込んだ。
 私が立ち上がろうとすると、彼女はそれを止めた。
 それでも立とうとすると、強い拒否を込めて手を前に突き出したので、私は座りなおす。
「サムライが・・・生きていた。銀河警察直轄の銀河遺産の施設を急襲したそうだ」
 俯いたまま声も無く彼女は頷いた。身体が震えている。
「施設は全焼、修復は困難。しかも、データが正しければ、ソイツは、サムライ大将のシオンだそうだ。改造したと思われるレイキャシールを連れていたらしい。高威力のフォトンランチャーで防壁を一撃で貫通。施設に侵入後3分で炎上」
 黙って頷く。
「ふふっ」
 自嘲気味にルシファーが笑う。
「どうやって、侵入したと思う?タクシーで来たそうだよ。ヘイ、タクシー!で止め」
 初めて雅龍は顔を上げる。
 ルシーは立ち上がり、手を上げ、おどけてみせる。
 彼女は小さく、今日初めて少女のような笑みを見せた。
「銀河遺産まで行って下さい。衛星攻撃のフォトン砲すら防ぐシールドを、剣の一撃であっさり破り、対人用ヒューキャストAタイプを全体破壊、元来た道をタクシーで帰ったそうだ」
 どさっとベッドの縁に座る。
「バカな!」
 そう言うと横たわった。
「あの施設の警護システムは今年出来たばかりなんだぞ。最新の設備があのザマとは・・・銀河警察は世界に恥を曝したようなものだ。しかも途中でサンドネーションどもに襲われたにも関わらず何の被害も出さすに、タクシーで!タクシーだぞ、ははっ」
「でも・・・」
 子供のような小さな声で話し始める。
「まだ完成してなかったんでしょ」
「あぁ・・・。でも6割は仕上がっていた。それであのザマだ」
「それならしょうがないわ。6割は6割よ。10割じゃないわ。システムは10割で初めて意味を成すものでしょ」
「確かにそうだよ。でも10割でも防げなかったと言わざるを得ない。まーお陰でいい弁解材料にはなったけどな」
 むっくり上半身を起す。
「リポーターはこう聞くんだ」
 と言って、リポーターの真似をする。
「一部の情報によると、タクシーで来た何者かの単独犯と聞きますが?」
 やけに甲高い声に、クスッと雅龍は笑う。
「いえ、作業中の圧縮炉暴走が原因と分析しています」
 そういうとまた座った。
「嫌になるよ・・・」
 雅龍は立ち上がり彼の真横に座る。
「悪いニュースはそれだけじゃないんだ」
「何があったの?」
 彼の右手に左手を乗せる。
「ミンスクにヤツラが来たと情報があった。Zファイル最重要人物の一人・・・ビッグスモール」
 彼女は身を乗り出した。
「え?Zファイルの動向を銀河警察は正確に把握しているの?」
「あぁ。トップ連ではヤツラの動きを追っていたらしい。つまり斥候を出していたらしい。ビッグスモールは、その中でも最も要注意人物なんだ。組織全体の像は未だ不明らしいが、彼女と、その部下については具体的に明確になってきている。見た目は幼女のように幼く、背も小さい。だが、その恐ろしいテクニックは通常のフォースの枠を遙かに越えているらしい。なにせ撮影しても映像に写らないから、これがまた厄介だ」
「一体何をやろうとしているの?」
「わからない。でも、ラグオル遺跡と深い関係があるのは間違いない」
 そう言うとの頭を抱えた。
「まだあるの?」
「それが、ミンスクに送った斥候全員からの通信が途絶えたらしい」
「ミンスク、フォースの都市国家、月の街。銀河警察の勢力圏外・・・」
「あぁ。その斥候を送るだけでもかなり大変だった筈だ。今、担当セクションでは急ピッチで派遣隊を準備してるそうだが、まず入れないだろう。ヤツらは銀河警察を毛嫌いしているからな」
「ミンスク・・・昨日までセニョはミンスク行っていた」
「え?なんだって」
「うん。ミンスクは彼女の故郷」
「サムライに、Zファイルに、ミンスク・・・奴等は一斉に動き出した。そしてセニョリータ・・・偶然じゃないだろう」
 彼女はルシファーの頭を抱き寄せた。
(セニョ、セニョ、私のセニョ、愛しいセニョ・・・ミンスクで何があったの)
 
 十数キロ先にある山の上。
「坊っちゃまぁ〜、ママちゃんのお乳をちゅーちゅー出来るのも今のうちでちゅよ〜。ひぇーへっへっへっへ」
 20メートルを越える大木のほぼ頂上で、雅龍達がいるマンションを見つめる者達がいた。その2人はヒューキャストで、彼らに共通してみられる固有の美しい曲線をしている。双方共に濃紺と深緑がまざったような斑の模様をしており、口が骸骨のように大きく割れていた。下品な言葉を発したヒューキャストは、そのボディを老婆のように曲げ、もう一人はキリンのクビのように真っ直ぐに立っている。針のように細いボディは、ステルス性を高めるためのもの。そう、彼は諜報活動専用にチューンされた専用のヒューキャストなのだ。
 2体は会話と情報のやり取りを傍受されないようにする為、今時珍しい有線方式でやり取りしていた。
「何言ってんだ?」
「いやなに。れいの旦那が、愛しの彼女様の胸元に帰ったもんだから、何話してるかと思ってな」
「はん?お前はドロイドの癖に下品な奴だなぁ」
「ひぇーへっへっへ。何せ俺を生み出したママが下品だからね〜、遺伝かなぁ〜」
「人間みたいなことを言うな。俺のデリケートな電子頭脳が腐食しちまいそうだ。それに、お坊っちゃんは放っておけ。雅龍の動きだけを抑えておけばそれでいい」
「わかってますよ〜、俺はその為だけに生まれたんだからな。彼女のことなら、お乳のサイズはおろか、毛の1本1本の長さから抜けた数、増えた数、それに上向き具合で、今日のご機嫌までわかりますよ〜。ひぇーへっへっへ」
「ったく、何でこんなこんな人間くせー奴とペアなんだか。朱音共も動き出したみたいだから、俺たちもおたおたしてられんぞ」
「それにサムライ共もな」
「あぁ。世界を統べるのはヒューマーでもニューマンでも、ましてや過去の遺物であるダークフォースどもでも無く、この我々だということを思い知らせてやるさ」
「月の街でいよいよおっぱじめるのか」
「もう少しだ。まずは人間同士で数を減らしてもらおう。特にフォースは厄介だからな」
「厄介?あんな蝿ども!俺のブレードで真っ二つだよ、ひぇーへっへっへ」
「はん!いずれにせよ、俺たちは絶対数が少ない。動き出すにはまだ時がかかる。俺たちが行動に移すのはブルーを確保してからだ。ブルーさえ起動すれば、ダークフォース共が血眼になっている復活を目指している、ダークファルスごときなぞ、一瞬にチリに変えてくれる。我らの最大の恐怖、エレクトロマグネティックウェーブも完璧に回避できるし、それさえ除けば、ダークファルスの攻撃なぞ屁でもない。何せヒューマー共が言う、心なぞ、我々には、はなっからないからな」
「銀河警察共のトップ連が泡を食う姿が想像できるな、ひゃーへっへっへ」
「ああ、これから先の生物共は俺たちの肥やしに過ぎない」
「それも楽しみだが・・・、こっちもお楽しみだ、ひぇーへっへっへ」
 そう言って遙か彼方にあるマンションに向き直る。
「はん!好きにしろ。この分だと今日は締めだな。俺はプールした情報を一旦持ち帰る」
「ひぇーへっへっへ」
「ったく、お前はくせーぞ、あー人間くせー」
 そう言うと長身の方が、線を引っ張って引っこ抜いた。
「あいた!お前、しずかに抜けよ。抜く瞬間にビリッっと来るんだ俺は。でちまうだろ」
「はぁ?何がでるって言うんだ」
「ひぇーへっへっへ」
「あーくせーくせー、臭くてたまらん」
 そう言い終わるかどうかの瞬間、長身のヒューキャストは姿を消した。
 なのに、枝や葉の一本すらも揺れていない。
「親友の死んだ日なのに今日は盛り上がるってかー、惨いね〜美しいね〜ママは、ひぇーへっへっへ、ひぇーへっへっへ」

 

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