DOORA

---SIDE STORY---

#13.「あわないピース」

作:管理人 文字校:雅龍

「確認したいのですが、名誉除隊したドアーズタイプA13094045の保護者は、君だということは間違いないですか」
「はい」
「君はここ数日のタイプAの動向を把握してますか?」
「いいえ」
「本当にそうですか?」
「はい」
「今、タイプAがどこにいるか知っていますか?」
「いいえ」
「タイプAから昨日連絡がありましたか?」
「いいえ」
「ここ3日内に連絡がありましたか?」
「いいえ」
「1週間以内に連絡がありましたか?」
「はい」
「そこで場所を告げることを言ってましたか?」
「はい」
 このような質問が十時間に及んだ。
 重複する質問を除いても、一万に及ぶ質問が休憩なしに続く。
 真っ白な部屋に、これまた真っ白なイス。
 背もたれが無い、やたら柔らかいイスだ。
 不安定で、常にバランスをとらないと倒れてしまうだろう。
 足元もやたら柔らかい。
 だから思うように踏ん張れない。
 なのに彼女は微動だにしていない。
 
 質問の音声は、あらゆる方向から聞こえてくる。
 遠くから聞こえたかと思うと、真下からも聞こえて来る。
 真横かと思うと真後ろからも。
 また、耳元で囁かれるかのようにも聞こえることも。
 声の主も、女性のようであったり、男性のようであったり、マシンボイスのようであったりと変化した。
 壁にはモニターはおろか、スピーカーも何も無いのに。
 
 ここは銀河警察で最も恐れられている部屋の一つ。
 窓もない真っ白で広大な空間。
 一辺、百メートルはあるだろうか。
 わからない。
 それ以上とも思えるし、遙かに小さいとも思える。
 白すぎて空間把握が出来ない。
 そこで繰り広げられる聴聞は、聴聞といより拷問に近いだろう。
 銀河警察を取り締まる、言わば警察内部の警察。それが諮問委員会だ。
 委員会が管理するエリアにあるこの一室。
 通称エバーホワイト、聴聞室。
 別名、自白部屋とも言う。
 ここに入ったが最後、一切の発言は「はい」と「いいえ」で答えなければならない。
 
「以上、帰ってよろしい。処分は追って連絡する」
「はい」
 部屋がブラックアウトすると同時に、一箇所だけ光がともる。
 そこが出口のようだ。
 とても遠く感じる。
 彼女は何事もなかったように立ち上がると、その光へめがけ歩き出した。
 床はさっきまでが嘘のように堅くなっている。
 コツコツと感触を確かめるように歩く。
 聴聞室を出た。
 背後の扉が、閉じられる。
 
「あーーー伸びる!伸びるわーっ!」
 彼女はひとしきり伸びをしたかと思うと、唐突にクラウチングスタイルをとった。
 周囲には誰もいない。何もない。
 あるのは一筋に伸びる回廊のみ。
 そに先にデーモンズゲートがある。
 彼女はその先を見据えると、春風のように爽やかな空気を残し走り去さった。
「はあっ!」


*

 重く閉ざされた扉。
 幾重にも堅く閉ざされたセーフティーバー。
 純度の高いラコニウム金属が鈍く光っている。
 その色は血のように見えなくもない。
 通称ブラッディーメタル。
 その奥はまるで、悲鳴、怒号、咆哮などあらゆる感情が渦巻いているかのようだ。
 実際には完全に密閉されている為に、一切の音が漏れてこない。
 とても静かだった。
 それはまるで、飲み込んだら音さえも決して放さない、そんな気さえする。
 その扉を初めて見るものは、必ず心の中に恐怖を宿す。
「生きて帰ってこれるのか?」そう、己の心に問いただす。
 だが、それはわからない。
 それは己が運命と己の血で決定されるからだ。
 そこには最早、努力とか根性とか必死とか頑張るとか、そんな次元の世界ではないのだ。
 個の意識なぞ遙かに超越した世界があった。
 それは、この門を潜ったものでしかわからないだろう。
 そう、この門の先、それが最終訓練施設−零−。
 皆この門をこう呼ぶ。
 デーモンズゲートと。
 
「以上!」
 掛け声とともに颯爽と去る者が一人。
 黄金律のプロポーションをもつ、紫陽花色の髪の女性。
 雅龍教官である。
 エバーホワイトでの聴聞からいくらもたっていない。
 彼女の姿が見えなくなったとほとんど同時に倒れこむ者達。
「・・・し、し、死ぬ・・・俺は試験が終わる前にきっと死ぬ・・・」
「俺もだ。もう駄目だ。もう動けねー。もう一歩も動けねー」
 一方で騒然とする者達。
「こちら、ゼロの医療チーム、ナッグスです。レベルCのオペ施設を六台稼動させて下さい。状況は心停止、ニューマン2、ヒューマー4。こちらで対応出来そうにありません。現在蘇生措置をとっておりますが反応ありません。それと・・・」
「ゼロ医療チームのガイアだ。レイキャスト用カーゴAタイプを二台大至急。状況は大破、OSの異常を確認。え?わかってる。だから、こっちのカーゴじゃ乗りきらないんだ。・・・だから言ってるだろ。ヘビータイプなんだ。早くよこせ。大至急だぞ!」
 今はデーモンズゲートの最終試験期間。
 この試験をクリアして初めて、銀河一と名高いデーモンズゲート特殊部隊への配属が決定されるのだ。
 このご時世、ペーパーの意味など全くといっていいほど意味をなさない。
 それはたとえ銀河警察といえ同じことであった。
 最大の目的は、確実に生きてミッションを達成すること。
 ペーパーで例え最悪点をとったとしても、この実戦試験の結果がよければなんの問題もないのだ。
 ハンターズギルドにいたってはペーパー試験すらないことを考えると、あるだけさすが銀河警察ともいえるが。
 返す返すも、目的は生きてミッションを達成すること。
 彼らはそのためにここに来た。
 結果帰らぬものとなろうとも。
 だが、思うとやるでは天地の違いがある。
 知っていると出来るでは全く違うのだ。
 知ることだけなら誰でも出来る。
 重要なのは出来ること。
 
 ドーラの率いるカラーズが事実上壊滅してから丸1日が過ぎていた。
 


*


「どうだった」
「なにが?」
「え?エバーホワイトに・・・行ったんだろ」
「そうね」
「そうね、って・・・」
「あらールシーちゃん、規律破る気かなー?」
「いや、そうじゃないけど。エバーホワイトと言えば・・・」
「まー簡単に言えば最低な所かな」
「おい」
「あんな人権を無視した部屋が、この銀河警察内にあるってだけで反吐が出るわね」
「おいおい、そんな発言マズイんじゃないのか」
「なんでー、事実だもん」
 仰向けに寝ている女性は足をバタばたつかせている。
「仮にも教官なんだから、示しがつかないだろ」
「あーっ!」
 ベッドから上半身を起すと、横に寝ている男、ルシファーの背中をパチンと叩いた。
「今のカチンときた」
 そう言うと、ぴょんぴょんとベッドの上を移動し下りる。
 そしてスタスタと歩き出した。
「あ、ゴメン!言い過ぎた謝る!」
 ルシファーは起き上がり正座すると彼女に向かって両手を合わせた。
 でもそんな彼を全く意に介せず、クローゼットから純白のハンタースーツを取り出しおもむろに着替えだす。
「いいえ許しません。もう今日は帰ります」
「ゴメン、本当にゴメン!心から謝る!デリカシーがなさ過ぎた!スマン!」
 ベッドの上で土下座をし、何度も頭を下げるルシファー。
 その姿からは到底、銀河いい男選手権連覇とも、銀河警察エリート街道まっしぐらな男とも、どちらともとれない。
「ごきげんよう」
 ルシファーが顔を上げると、着替え終わった雅龍がドアの前に立っていた。
「あっ!」
 止める間もなく出て行く雅龍。
「ちょちょちょちょ待って、待ってって」
 追いすがる途中で下着姿の自分に気付く。
 慌てて着替えだしたが、一通り終わる頃には彼女はタクシーに乗ったところだった。
 雅龍は心が定まらない自分に苛立っている。
 
 一時間後、彼女の姿は別な部屋にあった。
「もー今日はムカついた!もー何もかもムカツク!」
 小さなベッドの上、下着姿で胡坐をかき、マクラを握りつぶさんばかりに抱きしめている女性。それが雅龍だ。
「ふふふ。可愛いじゃないの」
 キッチンの方から声がした。
「どこがーっ!」
「いーえ、彼じゃなくてあなたよ」
「えー!セニョは入ったことないから知らないだろうけど、エバーホワイトって言ったら精神の拷問部屋よ!ヒューマーで六時間、ニューマンなら十時間よ、十時間。それが終わったらガキどもの試験相手をして、ようやく一息ついたらアイツのその台詞よ!」
 そういうとマクラを横に置き、ちょこんと正座をし胸をはって言った。
「示しがつかないんじゃないかなー」
 やおら横になり両手足をバタバタさせる。
「ムカツクーーーーッ!」
「あははははは、ほんと可愛いわねー」
 紅茶を運んでくる女性。
 雅龍が言うセニョ。
 本名セニョリータ・ルミタス。
 名門フォース学校ニョバの講師をしている。
 講師といっても並みの扱いではない。
 全ての講師を束ねる立場にあった。
 雅龍とはいささか対照的な雰囲気がするが、彼女とは同じ高みを目指した仲間であり、同じ苦楽を知るニューマンである。
 落ち着いたその雰囲気からか、雅龍といるといつも控えめな印象を周囲に与えた。
 かつては彼女も、銀河警察のデーモンズゲートを目指していた。
 彼女の最終試験の相手。
 最終日は一対一の模擬戦となるのだ。
 その相手が雅龍だった。
 彼女はその試験後、自らデーモンズゲートをリタイアすることを決める。
 二人はそれ以来の大親友。
「彼だって悪気があったわけじゃないんだし許してあげなさいよ、はいどうぞ」
「あ、ありがと」
 そう言って起き上がりテーブルのティーソーサーを手にかける。
「甘い!もーセニョはいっつも男に甘いのよ!」
 一口ふくむ。
「甘ーい!ちょっとー甘すぎ!ブラックだって言ってるでしょー」
「厳しすぎるあたなにはそれで丁度いいの。まだ足りないぐらいよ」
 そう言って笑った。
「もーーーーっ!」
「まさか、残すなんて言わないわよね?最後まで飲みなさいな」
「えーっ!わかったわよ・・・」
 しぶしぶと、でもどこか嬉しそうに一気に飲み干す。
「あーーー甘い!甘い!」
 飛ぶようにベッドにダイビングし、またマクラを抱きしめる。
 キツクどこまもキツク。
 そして天井を見つめたまま静かになった。
 
「・・・どうしたの」
「ん?」
「何かあったんでしょ・・・」
「彼が、」
「そうじゃないでしょ。話したくないならいいけど」
「ん・・・んー」
「今日あたり来るんじゃないかと思ってた」
「どうして」
「だって・・・今のあなたとても良くない」
「・・・」
「何をしているかわからないけど。深入りしない方がいいと思うな」
「・・・」
「ゴメンね、余計なお世話ね」
「んーん。・・・そんなに良くないの?」
「ええ。まだ序の口みたいだけど」
「序の口?」
「彼が・・・ジョニーが去ったとき以上にね」
「・・・そう」
 再び静かになる二人。
 セニョリータは前を向いたまま、静かにカップを口に運ぶ。
 雅龍は内心、セニョに自分の心拍音が聞こえそうで怖かった。
 それほどまで動揺している。
 心が、定まらない。
 何かが爆発しそうだった。
 得たいの知れない何かが奥底から出来てきそうだ。
「どんな風に?」
「うーん・・・」
「嘘いったら承知しない」
 そう言って一瞥。
「そうね。1つの何かを得る為に全てを失うか。その1つを失い、他の全てを生かすか。そんな感じかな」
「へー・・・大したことないわね・・・」
 セニョリータには、異様とも感じられるほど雅龍の緊張が伝わってきた。
 一見するとそうは見えない。
 しかし、彼女の緊張で精神が焼けそうだ。
「本当にそう思う?大したことない、そう思う」
「・・・」
「私はここ数日、怖くて息が詰まりそう。だからあなたが来てくれて嬉しかった」
「セニョー・・・」
 マクラを投げ捨て仰向けのまま大の字になる。
「なに?」
 大の字になった雅龍を見つめた。
「あなたが男だったらいいのに」
 プッと噴出しそうになった。
「ちょっとー何言ってるのー」
「そうしたら、最高のカップルになれたのにな」
「むしろ逆でしょ、なんで私が男役なの」
 小さく微笑んだ。
「私が男役でもいいわよ・・・」
 大の字になった雅龍がこっちを見た。
 セニョリータは何故か顔が赤らむ自分に驚く。
 やおらティーソーサーをテーブルに置くとベッドの雅龍の上に飛び乗った。
「何言うの!ジョニーを奪った上に、勝手に捨てて!そんな人、こちらからお断りです!」
 彼女の身体が電気を帯びる。
「ゴメン、冗談!」
「お仕置きだべー」
 手がいよいよパチパチと火花のように光りだした。
「嘘、嘘でしょ、止めて、止めてー」
 
 そうして二人にとって幸せな時間が過ぎていった。
 心から甘えられる人がいることはとても幸せなことだ。
 それだけでどれほど救われることか。
 それだけでどれだけ世界が愛しく思えるか・・・。
 雅龍はとても幸せだった。
 ただ、そんな中でもドーラのことが頭を掠める。
「ドーラは生きている」
 そう確信できるのには明確な理由があった。
 ドーラの命が費えるとき、雅龍にある信号が流れる筈なのだ。
 それがない。
 であれば、彼は生きている。
 生きれているのに連絡がない。
 とすれば理由は一つ。
 連絡が出来ない状況に陥ったということ。
 銀河警察は果たして、どこまでこの件に関して掌握しているのか。
 探りを入れたかったが、それは危険といえた。
 諮問委員会が、この程度の事件でかかわってくることは本来ありえない。
 そう、この手の調査をするのは専用の下部組織があたる。
 そして、書類とデータの雲海に埋もれるのみ。
 それがいきなり諮問委員会の登場。
 運も悪かった。
 現地へ赴いたのが、上部組織と繋がりのあるルシファーであり、その側近達なのだ。
 でない限り、いくらジークの件があったにしても、これほどまで早い対応はなかっただろう。
 上部組織にとっていちいち介入している余裕はない筈だ。
 ましてやシチュエーションはこれ以上ない好条件といえる。
 あまり触れられたくない廃棄工場問題、ロストチームの常連であるスマイソン。
 なのにこの素早い上層部の対応。
 それとも、それほどまでに重要な問題を絡んでいると考えた方が自然なのか。
 諮問委員会がいきなり登場ということは、早期解決を旨としているということ。
「まさかルシファーがその現場にいくなんて。あの日の夜はルシファーに付き合うべきだったかな。たらればを言っても詮無いことね」
 
 ルシファーの家では彼は何も言わなかった。
 何も聞かなかった。
 間違いなく知っているはず。

「いずれにせよ彼は巻き込みたくない・・・。もう誰も巻き込みたくない。ジョニー・・・今どこにいるの。会いたい、会いたいよ。会って何時ものあの笑顔で言って欲しい。」 
「大丈夫、何も心配はない」
 記憶に中には、幾多の戦場で見たあの笑顔があった。
 女なら誰しもが夢見る白馬の王子様。
 彼は時として、奇跡のような所業をなしてきた。
 絶対絶命の危機の時、
 もう駄目かと諦めかけた時、
 彼はいつもあのメンバーを連れて現れた。
 ジーク、ドーラ、そう最強と謳われたジョニー隊の面々。
 銀河警察の誇りだった。
「アニキ!ウジャウジャいるぜ、どうする」
「決まってるだろ、蹴散らす!ルートを確保するぞ」
 そう言ってジークとドーラはマシンガンを手にとる。
「いくぜ兄弟!」
「おう!」
 飛び出す二人、散開する面々。
「こちらジョニー・B・ジョー。王女様は確保した。今夜は王女様を酒の肴に飲むぞー」
「こちら本部、正確な情報を伝えられ・・・」
 回線を一方的にきるジョニー。
「わはははは、ざまーみろだ。悔しかったらこっちへ来いってなー」
 何度も繰り返される記憶。
 
 髭面の王子様。
 薄汚い王子様。
 彼は何時も口元に笑みを称えていた。
 あの時でさえ。
 
 その王子様は今はいない。
 何も言わずに突然去った。
 何も言わずに。
 何も。
 それが彼の答えだとは知っている。
 だから余計に寂しい。
「ジョニー助けて、私壊れそうだよ」
 
 ドーラは最後の通信でこう言っていた。
「・・・少なくとも七十二時間以内に必ず一報を入れます。例の信号がなく、かつその一報がない場合。私はもういないとお考え下さい。そして私を絶対に探さないで下さい。お願いです。絶対にです」
「ジョニー・・・あの子を守って上げて」
 
 翌日、諮問委員会の結論が出た。
 お咎めなし。
 その裏に何者かの働きがあったことは雅龍の知る由もないところである。
 
 三日後、つまりあの時より七十二時間後、雅龍はある行動に出る。
 それはドーラの最も恐れていたこと。

 あらゆる思いが激しく空転していた。

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