DOORA

---SIDE STORY---

#12.「蜘蛛の糸4〜静かなる帰還〜」

作:管理人 文字校:雅龍

 激闘から数字時間後の廃工場。
 夜はふけり動くものはほとんどいない。
 ただし、彼らを除いて。
 数台の白いビークルが廃工場の周辺に止めてある。ドアには銀河警察隊のロゴが。
 周辺には警察の重装甲兵と思わしき隊員達が滑るように走り回っている。
 工場内に目を向けると2人の男と護衛らしき隊員が4人、地面の何かを見ている。
「なんだこれは」
 男は地面に散らばる屑鉄を顎で指し示す。
 それは何かの形に見える。
「これが例の」
 スーツ姿の男が物静かに応えた。
「バーサークなのか!」
「はい」
「まさかここまで」
 二人が見下ろしていたのは、銀河警察隊かつて英雄ジークの変わり果てた姿だった。
 破片は集めたのであろうか、頭部を除きかろうじて人型に見える。それほどまでに破壊されていた。そう、もはや屑鉄と言った方がいい。
 男は、顔を上げると工場をぐるりと見渡した。月明かりに照らされた男の顔は随分若い。すこぶる整った顔をしており立ち居振舞いが若さに似合わず威風堂々としていた。そのオーラは環境と育ちからくるもの、血のようなものを感じさせる。そして、白いハンタースーツが見るものに一層潔い印象を与えた。立ち位置や話し方からすると上官のようだ。 彼のやや後ろに立っているのは黒いスーツの男。
 事務方だろうかギラギラとしたものがない。見た感じからすると恐らく上官より一回り以上の年齢差があるだろう。
 若い上官は工場のほぼ中央に位置する天井に目が止まる。その穴から月明りがのぞく。視線を今度は壁面に向けた。壁のあちこちは自然では有り得ない状態に崩れ落ちている。この工場はもはやハリボテと言ってもいい。
 ただただ天井からもれた月明りが美しく工場内を照らしていた。
 不気味なほど静かだった。
 彼はひとしきり周囲を見渡すと再び視線がジークに戻った。
「で、仕留めたハンターズは」
「生存者が3名」
「3名も!」
「うち負傷者2名。赤いレイキャストとハニュエールが各1名。共に重傷です」
「意識は?」
「ありますが、しばらく尋問は無理と思われます。特にハニュエールはニューマンセンターに緊急搬送されました」
 そう言うと、スーツの男は何かを差し出す。
 それは、紙のように薄いモニターだ。
 若い上官が手にとりモニターにざっと目を通す。
「ん・・・」
「何か」
「作戦に参加したハンターは4人となっているな」
「はい」
「バーサークを4人で?まさかだろ」
「確認いたしました」
「信じられん。知っているだろ、前回の強襲部隊の突入で30人も失った。しかも全員エリートが」
「間違いありません」
「まさか。ハンターズ以外の共謀者がいたのではないか?バーサーク相手にハンターごときが4人で戦えるとは思えん。1分と持たない筈だ」
「ギルド中央に連絡し調査済みです。あのガイソン・クリロール氏からも直接連絡があり間違いないと」
「ガイソン氏が・・・そうか。4人で・・・・信じられん」
「メンバーの一人を見て頂ければうなずけるかと・・・」
 スーツの男がモニターの一部を押すと画面が切り替わった。
 そして、プロフィールらしきページが表示される。
 男はその一部分を指差した。
「スマイソン!・・・また、この男か」
「ええ・・・」
「黒いレイマー、またの名をダークレイマー・・・シニガミです」



 その数時間前の同廃工場。
 ドーラのスコープに映った光景は有り得ないものだった。
「有り得ん・・・」
 声にならなかった。
「有り得ん!」
 声に出した。まるで自分の存在を確認するかのように。
 廃工場にドーラの声が散っていく。その存在をかき消すように。
 スコープアイに映っていたのは片手をもがれふらつくジークと、ファイティングポーズのまま静かに立っているスマイソンだった。
 本当なら喜ぶべき光景の筈だ。
 だが、それはドーラにとって喜ぶレベルを越えていた。
 そう、それは余りにも異常な光景と言えた。
 あらゆる可能性を考慮しても有り得ない。これを人間は奇跡というのだろうか。ドロイドのドーラにとって、人間の言う奇跡とは弱さゆえの狂想と考えていた。
 電子頭脳はあらゆるデータを考慮し、その光景を正当化しようとしている。それはさながら人間の言い訳のロジックにとても似ている。
 衝撃は強すぎると人は笑えてくるらしいが、更に衝撃が上回るとそれも出来ない。
 有り得ない光景。それが目の前に広がっている。
 これが現実なのか・・・あのジークを、たった一人で・・・。嘘だそんなバカな。ジークだぞ!トップ隊でも随一の、あのジークだぞ!スマイソンのベース筋力から考慮するに幾らカスタムされた強化装甲とはいえ、赤子と大人ほども実力差がある。ありないんだ!とすると、これは前にいたような敵の極致的不認知攻撃なのか?あの時も全く気付かなかった。しかしここまでシームレスに有り得るのか。今回はあらゆる警戒措置をとっていた筈だ。それが何の反応も示していない。それともそんなセンサーを全く反応せず連中の不認知攻撃は有り得るのか。まてよ・・・それとも、私の電子頭脳が精神汚染されているのか。いや、それも有り得ない。ハックされた形跡はない。カラーズ以外の回線は閉じているんだ。ハックすることは不可能だ。直通いや、しかし・・・まさか。
思考だけがグルグルと同じところを激しく巡る。
 だが、その一方で電子頭脳だけはあらゆる分析結果が現実であることを冷酷に示す。標準時も、グランドポイントも、設置されたセンサーも、全てが。そう全てはシームレスに運んでいる。つまり現実なのだ。
 それでも、これが現実であることを認識したのは、電子頭脳が算出したデータではなく、ある男の音声だった。
「腕だけか」
 頭に響いてきたその音声はスマイソン。
 ドーラの有機神経が震え全身に鳴咽がはしり吐きそうになる。
 身体は凍り付き思考は停止したかのよう。それはまるで時間が止まったかのような感覚と言えばいいのだろうか。アドレナリンが異常数値を示している。
 スマイソン、ダークレイマーと呼ばれた謎の男。黒の装甲メット。モニター上の彼はまるで静止画のように全く身じろぎもしない。中の顔は見えないのに、スマイソンの目はジークではなく自分を見ているかのような感覚がある。
 奴は俺を見ている。
 きっと死人のような目で俺を見ているに違いない。
 何の感情も無い、怒りも悲しみも喜びもない、ただ現実を、ありのままを見るその目で俺を見ている。
 それは機械より残酷に思えた。
「何者なんだ?人間なのか?なんなんだこの男は・・・」
 考えれば考えるほど、怖気のようなものが電子頭脳を痛烈に何度も刺激する。
「まずいな」
 ドーラの支離滅裂な思いは、スマイソンの今の一言で吹っ飛んだ。
 その言葉と同時に、男の、スマイソンの空気が一瞬で変った。
「なんだ・・・」
 センサーはほんの微かな時空震をキャッチする。日常的にもありないわけではない程度のものだ。だが、この数値には覚えがある。とてつもなく嫌な感覚を掻き立てる。
「新手のようだ」
 すぐさまドーラは姿勢を低くしあらゆるセンサーを開放し聞き耳をたてた。
 全く反応はない。
 だが何かがおかしい。この数値は・・・。
「あの時に似ている・・・」
 その時だ。
「・・・3つ。キング来るぞ」
 直後、全センサーが得体の知れないその何かを察知した。
 それまで静寂に身をおいたセンサーの全数値が一斉に動く。
「時空震発生!こいつは・・・まさか!」
 この時空震は間違いない。そうカンナという男と共に戦った時、そしてかつての同僚でもあるラグナ隊全滅のデータで。それらとパターンが酷似している。
「未確認エネルギーキャッチ!熱反応、オーラ反応ゼロ、フォトン反応が異常数値。全く亜種の生命体もしくは、亜種のエネルギー体」
「来たか・・・」
 初めてスマイソンが感情らしいトーンと抑揚で声を発する。
 それは何故か嬉々としたものが感じられる。
「スマイ、なんだ。お前これが何か知っているのか」
 スマイソンは答えない。
 ドーラは周辺に張り巡らせたあらゆるモニターを瞬時に確認する。しかし時空震が起きている場所には何も写っていない。ただ、あの時と同じでフォトンセンサーが踊り狂うように上昇下降を繰り返している。これは自然現象では絶対に有り得ない。
どこから来るんだ。
 何が来るんだ。
 何が起きているんだ。
 あの時と同じ。
 あの時と、
「あの時と同じだ!」
「キング、命が惜しいならバーサークを連れて消えた方がいい」
「どうするつもりだ」
「狩るんだよ」
「狩る?」
「ああ」
 笑ってやがる。
 間違いない。
 奴は笑ってやがる。
 
 不気味な呻き声が上がった。
 咄嗟にモニターへ目をやる。
 恐らくこのポイント、時空震が発生しているこのポイントだ。
「な、なんだこれは」
 ドーラの目に映っているのは、見たこともない姿。
「見えているのにセンサーに全く反応がない」
 そう。見えている筈のその姿はモニターや各種センサーには全く反応がない。X線映像も赤外線映像もまったく映っていない。フォトンセンサーが一層激しく踊り狂い壊れそうだ。それ以上にドーラが驚いたのはその三体の姿形だ。両脇の二体はまるで両手が剣のようになっている。そして身体はまるで闇のように黒い。口なのかわからないが、我らで言えば胸部に当たる部位が何かの模様になっており、それは何かの動力であるかのように模様がゆっくりうねるように動いている。そいつらを両脇に従え、中央に立ち尽くしてるのはまるで何かの巨大な彫刻物だ。恐ろしくでかい。三メートル以上はあろか。身体は土色で辛うじて顔らしきモノ、目らしきモノがあるが表情のようなものがない。まるでマスクをしているかのようだ。驚いたのはその両手。ほぼ等身大の長さがあり、下へいく程に大きい。地面についてしまっている。それに比べてあの足の小ささは何だ。不合理だ、不条理だ。
 アクセス可能なあらゆるデータベースにアクセスしたが、それらに該当する生命体やメタルボディには行き当たらなかった。そもそも生命体のか?
「帰還した方がいい。これでミッションは終了だ」
 なんなんだこの男は。この亜生体を目にしても全く同じ調子だ。
 それどこか、待っていたかのような感じだ。
 待っていた・・・こいつらを待っていたのか?まさか。
「スマイ・・・」
「来るぞ」
 亜生体が不気味な声を上げ、両手の剣を高らかに掲げる。
 身体が動いていた。


 スマイソンは以前から警察にマークされていた。
 時折ギルドに現れては常に最難関のクエストだけをチョイス。
 報酬はいくらなのか、メンバーは誰なのか、一切の項目に目もくれない。
 見るのは難易度のみ。
 ワールドクラスのハンターズチームでさえ腰を引いてしまうようなクエストにすら彼は名乗りを上げた。しかもシングルハンター達が募集しているチームに。
 つまり、常に初めて組むメンバーばかり。常識では考えられない。
 高度なクエストには高度な連携が必要となる。互いの実力を把握しあっているメンバーでこそ高いクリアーが望める。初めてのメンバー同士では、互いの探りあいで充分な力が発揮できない。多くのシングルハンターでさえ何度かチームを組んだものとでないと朝鮮は控えるもの。なのにスマイソンは全く意に介さない。
 スマイソンがメンバー登録したというだけで下りるハンターズも少なくない。
 それらを考慮すれば確かに毎回ロスト者が出てもおかしくない。
 だが、それにしても彼のチームはロスト者が多すぎる。
 ハンターズが作戦中にロスト者を出した場合、当然警察に報告する義務がある。そして業務上そういったことは往々にしてあった。その場合はチームリーダーは現場検証に立ち会わなければならく、また全ミッション記録データを警察に提出しなければならないのだ。ミッションデータにはチーム独自のアイデンティティがある為に本来は極秘である。それがロスト者が出たばかりに処置が適切であったかどーかを警察が調べるため義務づけられているのだ。ロスト者が出るということは、警察にチームの極秘部分が露見してしまうのだ。これはチームとしては致命的である。しかも警察内部からそのミッションデータが流れることが度々あり、高値で闇のブローカーとの間でやりとりされているのだ。そうなった日にはチームとチームメンバーにとっては死活問題だ。だから頻繁に警察隊とハンターズの間で出す出さないのいざこざが絶えない。また日常的にミッションデータの故意の改ざん、ゴーストが絶えないのだ。これが警察とギルドとの溝を一層深いものにしている原因である。
 だから、ハンターズはチームで行動する時には余程慎重に行動する。チーム属さないフリーハンターが大いのもそれが理由だ。もしハンティングを受けても、実力圏外かと判断したらまるでグラスアサッシンを散らすかのようにあっさりと撤退する。彼らはそういう意味ではプロなのである。毎回毎回命をかけた戦い方をしていたら命がいくつ有っても足りないのだ。無謀な行動をするのは、少なくとも俺が最強だと自負をしてスタンドアローンで戦う愚か者か、マイナーランクB程度等の素人ぐらいだ。ただし、例外もある。それは報奨金が法外な時だ。そういった時にロスト者、つまり未帰還者が往々にして出る。ただ、このスマイソンを例外にして。彼は常連だった。ロストと言うと「またスマイソンか」と言えるほどに頻繁だったのだ。
「拘束しているのか」
「外に」
「また、いつもの調子か」
 大きく溜め息をつき月を見上げる。
「はいルシファー様。ただ、今回は外部装甲にわずかな亀裂と、装甲メットが二つに割れてはいます」
「あのシニガミがか・・・」
「ええ。恐らく初めてかと」
「・・・ロスト者は」
「それが・・・」
「なんだ」
 スーツの男は再びモニターを指でさししめす。
「これは・・・まさか・・・」
「はい。ルシファー様がいらっしゃるデーモンズゲートの」
「DOORA・・・元ジョニー隊のドーラ。バーサークは」
「はい、同じ隊でした。マシンガンブラーズの・・・」
「ジーク、そしてドーラ」
 屑鉄となったジークに目線を落とす。
 見事と言えるほどに破壊されているジーク。
 分析してみるまではわからないが、素人が見てさえ明らかにロスト。最低ランクではあるがクエストクリヤーといえた。ケチのつけようがないだろう。
 それがかえってルシファーの心には引っかかった。
 偶然にしては出来すぎている。


 闇だ。
 漆黒の、
 いや、真っ白な闇だ。
 闇は白い。
 漆黒は完全なる闇へと変化する序章に過ぎない。
 真っ白な闇に浮かび上がる何か。
 見覚えのあるような、ないような若い女性の凛とした姿。
 霞んで良くは見えない。
「軍人か?」
 尋ねる。
 女性は応えない。
 目の調子が悪いのか、まるで静止画をコマ送りに再生しているかのようだ。
 その姿をよく認識しようと、目を細めてみる。するとモニターにシャープがかかったような像になり余計にわからなくなる。
 それなのに、なんとなくその顔が恐怖に歪んでいることは確信がもてた。
「どうした、何かあったのか」
 尋ねるがその姿は応えない。
 ただ、その顔は一層恐怖に歪む。
 いや、恐怖かのか。怒りなのか・・・わからない。
 その表情に電子頭脳がざわめく。そして言いようもない焦燥感が自分を満たす。
 だが、その姿は次第に霞に紛れ消える。
 そして、入れ替わるように肉感的な若い女性が霞に浮かび上がった。
 これまた見たことがあるような無いような姿。
 紫陽花色の美しい艶やかな髪。
 何故か、ニコヤカに笑っていることだけは確信出来た。
「どうした、何があったんだ」
 穏やかに尋ねるがその姿は応えない。
 ただ、その顔は一層笑顔に満たされる。
 その笑顔に電子頭脳が踊りだす。そして言いようもない征服感が自分を満たす。

 微かに響く電子音。
 熱を持つ電子チップ達。
「WORM UP...REDAY」
 目の前に突如浮かぶ文字。
 そして流星群のように次々と流れる電子達のメッセージ。
 モニター画面のようだ。
 一瞬、ロールシャッハテストを思わせる奇怪な染みのような映像が映り、続いて何かのロゴが映る。そのロゴには見覚えがある。
「銀河警察の・・・」
 ふと、そんな思いが頭を過ぎる。
 と同時に目に前に光りが灯った。
「Welcome!」
 そしてドアップの男の顔。
「ウワッ!」
 心臓が飛び出そうなほどに驚いた。
 しかし、身体に反応がない。声も出ない。
「・・・to the HEVEN'S DOORA !」
 誰だお前は。
 声が出ない。
「あーっあっあっあ、驚いたか。相変わらずイジリ甲斐のある奴だな。見えるか?」
 手を振っている。
 DOORA?ドーラ・・・そうだ俺の名前はドーラ・・・。
「よーこそ地上へ!見えているようだな」
 計器類を見ていた男はそう言うとモニターアイ、つまり私の目をレンズ磨きの布で拭く。
「ボケちゃいるが、異常はないようだな。まぁー無理もない。スリープじゃなく完全にシャットダウンしたんだ。完全なシャットダウンは記憶を入れ替えない限り有り得ない話しだからな。正直よく起動したよ。しっかしまぁー無謀ちゅーかアホちゅうかな。あんた笑かしてくれよ。あーあっあっあっあっ」
 男は自分をまたぎ、一人で喋りながら手際良く身軽にあちこちをいじっている。
「身体が・・・」
 チープな電子ボイスが出た。
「おー声が出たか。いいぞいいぞ。身体な、暖機にまだ少々時間がかかるから、それまでは無理だ。あ!あまり動かそうとするなよ。行動予約がつまれて暖機終了と同時に一気に動きだすから。あれ、困るんだよ。特に素人共は落ち着きがねーから。それに今は拘束具がついてないんだからな。頼むぞ」
「わかった」
 返事を聞くと男はニヤっと笑い、何やら作業をしながら自分の電子ボイスをモノマネしだす。
「わかった、はは。わかった、あっあっあっ」
 そしてしきりに笑っている。
 その姿を見てようやく思い出した。
 男の名は京極堂。本名ではない。通り名としてそう呼ばれている。また、フォニュームとしてギルドに登録されている正規のハンターだ。といっても、ハンターは仮の姿。本来の姿は商人。表と裏で商業を営んでいる。正直言って本当の顔は知らない。ただ、元警察官の立場からすると面白くない立場にいることは確かだ。昔からマークされているが尻尾をなかなか出さない。ハンターズギルドはこういった輩に対しても寛容だ。ギルドの基本精神は開拓時代から何等変わっていない。誰であろうと仕事をこなせばそれでいいのだ。ドーラが昔から気に入らないのはそこにあった。だから京極堂も好きではない。むしろ嫌いと言える。法の網を巧みに掻い潜り悪さをするネズミ。そう思っている。ただ、ジョニー隊長はそうは言わなかった。
 また、今回ばかりは万が一の策として必要だったのは確かだ。
「いつか役に立つ。メモリーしておけ」
 隊長はかつてそう言っていた。
 そして、私はメモリーした。
 ただ、まさかこんな事態になって本当に必要になるとは全くの予想外だ。それは電子の世界で言えば天文学的単位の偶然性に近い。
「そっちは上手くやったみたいだな」
 男は私を見ずに、独り言のようにそう言った。
「なぜわかる?」
 応えない。
「ああ。なんとかな」
 それでもドーラは応えた。
 何かの操作パネルを見ながら応えるかのように不適に笑ったのが見えた。
 食えない奴だ・・・・。油断出来んな。
「よーし、もういいだろう」
 京極の声とほとんど同時に、ドーラのモニターアイに「REDY OK」のサインがついく。
 ゆっくりとジャッキアップされるボディ。なぜか飛びのくように距離をおく京極。
 すると、ドーラの右足がぴくっと動いた。
「おー優秀優秀。よく訓練されてるな。やすっこいOSつんでいる若いメモリだとジャッキアップした途端にばーたばた動きやがる」
 そう言って手足を子供が駄々をこねるようにバタバタさせる。
 ジャッキアップが終わり、ようやく身体が動かせるようになった。
「ジークは・・・バーサークはどうした」
「ほれっ」
 顎でドーラの左隣を指す。
「おぉ・・・ジーク、ジー・・・ク、ジー・・・」
 そこには無傷のジークが既にジャッキアップされていた。だが、起動されていないようだ。
ドーラからすればそれは奇跡だった。あの事件以来待ちに待った一つの奇跡。あの酒場での戦闘、向けられる殺意。どれほど己の情けなさに倒れそうになったか。どれほど脳が張り裂けそうになったことか。それは誰も知らない。誰にも言ったこともないドーラだけの秘密。
またジークはあれほど破壊されたとは到底思えないほど完全とまで言えるほどのレプリカボディに接続されている。全く違和感が無い。
「完璧だろ?」
「あぁ。しかし・・・」
「そう、こいつのボディはハリボテだ。普通に生活する分には問題ないが、とても以前のボディのようにはいかない。何せトップ隊のボディは特別中の特別だからな。あんなもの、そうそうな金と技術じゃー作れんわな。それどころかメンテすら出来ない。何もかも特殊なんだよ。このボディじゃ、MAX出してもあのボディの5%が関の山だな」
「そうか、でも感謝している」
「感謝?つまりはずむってことでいいんだな」
「考えておこう」
 ドーラがそう言うと、ヤレヤレと言わんばかりに手を横にふり、近くの棚に置いてある酒瓶を持ちそれを煽る。このご時勢に酒瓶とは珍しい。
「んでどうするんだい旦那。起動していいのか」
 ジークを起動していいかと聞いているのだろう。
「京極はどう思う」
「旦那にきいてるんだよ。質問を質問でかえすな。まずは答えろ」
「わからないんだ」
「ふ〜ん、それが答えか。んじゃー俺の意見だ」
 そう言うと酒瓶を持ったまま冷たい床にドカッと腰を下ろし胡座をかく。
「このまま床の間に飾っとけ」
「起動するなと・・・」
「ああ、その方がいい」
「・・・それもいいかもしれんな」
 ジークを見て、満足げに応えた。
 
 このすぐ後、ドーラは戦闘から既に3日も時間が過ぎていることを知る。
 それが意味することを一番知っているのは、ドーラと、もう一人雅龍だけである。

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