DOORA

---SIDE STORY---

#11.「蜘蛛の糸3〜黒の接点〜

 

 

皆わかっていない。
だから笑っていられる。
皆楽しそうに笑っている。
事実を知るのが恐ろしいからだ。自分を誤魔化している。
それはある部分では正解かもしれない。
知らない方がよかった。心からそう思う。
事実というのは容赦がない。ざっくりと背中から潜り込む。
人は事実と知りながら目を背ける。
恐いから、傷つきたくないから。
だから事実を遠ざける。
そうして清算すべき負の資産を貯め続ける。
その存在に気付きながら。
目を背けられなくなるほど大きくなることを知りながら。
必ず対峙する時は訪れる。
そしてそれは最悪と言えるほど、取り返しのつかないほど大きくなってそれは訪れる。

 

 
「恐い・・・」
震えている。
「恐いよ・・・」
部屋の隅だ。
「嫌だ・・・」
薄暗い。
「イヤ!」
背中に人の気配。
突然強い力で強引に引っ張られる。
衝撃。
衝撃、衝撃、衝撃!
「・・・」
最後には言葉すら失う。

「何度言ったらわかるの!」
理由などなかった。
あの人は理由を付けたかっただけ。
自我を守るために。
自分を殴るために。
殴られるのが日常。
食べるように、寝るように、殴られた。
それは日常そのものだった。
その人は僕を殴ることでストレスを発散した。
そして同時に新たなストレスを貯めていた。明日また殴るためのストレスを。
さんざん殴られた後に涙を流しながら、その人は自分を抱きしめた。
恐怖に抱かれた。
そして慈愛に満ちた顔で泣きながら言った。
「ごめんね、ごめんね」と。
言いながら何度も優しく私を抱きしめた。
何故かいつもリビングでは「希望」というタイトルのオーケストラが流れていた。
その人は明日また殴るために抱きしめた。
毎日、希望と絶望が荒波のように繰り返し繰り返し私を覆った。
私は3才で人生を捨てた。
4才になり、母親と名乗るその人は私を捨てた。
抵抗しなくなった僕に殴り飽きたようだ。
捨てられたことを知ったとき、初めて喜びを知った。
でも、それは束の間の喜び。
新たな恐怖がわいた。
「あの人はいつ戻ってくるんだろうか」
「いつ殴りにくるんだろうか」

ある日、施設の庭先で玩具の銃を使って遊んでいると、その日はきた。
そして、そのあの顔を向けた。
慈愛に満ちた顔を。

後のことは覚えていない。
気付いた時には病院にいた。
誰も来ることのない病院に。

このメモリはそこで終わっていた。
「4才でメモリバンクか・・・」
ヘッドセットを外し、大きく溜め息をつく女性。
白いハンタースーツが美しい。その女性は肉感的な身体でありながら少しも淫靡さが無い。
目にはうっすら涙が浮かんでいる。
彼女は名前を雅龍といった。
銀河警察隊の中でも選りすぐった者しか入隊出来ない特務機関デーモンズゲート。その中でも更に優秀なものでしか入隊出来ないトップ隊。彼女はそこの教官だった。
ここはメモリバンク、記憶銀行とも呼ばれている。
自分の記憶をデジタル化してメモリとして保存する為の施設。
今や記憶は巨大ビジネスである。
中流階級以上の一般人は記憶を末代まで残す為に保存する。言わば家系図であり遺産であり自己が生きた証明と言っていい。多くのヒューマーは当然のように棺にメモリがセットされている。棺といっても今ではスティックと呼ばれ細長く小さい。家族は何時でも故人を思いメモリを参照することが出来る。
生保などというものは存在しないと言っていい。今の主流はメモリ保険だ。記憶をコピーするというのは今の技術をもってしても困難かつ高度。データ量も年を追うごとに多くなる。それは記憶されている事柄が増えるからだ。しかし、それでも記憶を残すというのはこの世に生きた絶対唯一の証として不動の人気を誇っている。
それだけではない。犯罪捜査や医療現場でも記憶は重要だ。記憶そのものをデジタル化した場合、嘘をつけないのだ。無意識化のビジョンや音声までも頭を通っている。それを捜査や治療に使うのだ。生き物の行動のほとんどは無意識下で行われている。勿論、これだけでもない。何より記憶は娯楽になっている。本人にとって当たり前のリアルな人生経験は、他人からすればこの上のない興味の対象なのだ。まだ数え上げたらきりがない。
その需要たるや銀河一の産業である。それが記憶。そしてそれを管理しているのが記憶銀行、メモリバンクなのだ。

「残りのメモリーは?」
大きなスクリーンにむかってそう言う。
ここはメモリバンクが扱っているメモリビジョンと呼ばれる施設。映画館のようなものだ。映画館のように全員で観る施設もあるが、ここのように個室もある。個室の方が値段は多少はるが自由度が高い。金額は時間と閲覧するメモリによってクレジットで支払われる。
「以上で全てです」
モニターからニューマンの美青年がそう告げた。コンピューター合成だろう。といっても現実そのもの言える程の存在感。
閲覧する人物の年齢や性別、職業等から自動的にモデリングされるようになっている。
会員登録されれば更に細かい好みの設定もできたが、彼女はデフォルトのままにしていた。
「バンクされていないってこと?それとも買い取られたとか?」
「申し訳ございません。その件にはお応えすることは出来ません」
「つれないわね。まいいわ」
「申し訳ございません。誠にありがとうございました。またのお越しを」
個室を後にしてロビーに出る。
「彼の記憶は買い取られているわね・・・」
彼女は誰に言うでもなく呟いた。今日は1年ぶりの休日。本来ならゆっくりしたいところだ。しかし流星のように降り注ぐ誘いを全て断り、かつての隊のメンバーであるドーラが送った「謎の物質」の調査を警察外部に依頼してきた。その為の外出だ。
昨日のことを思い出し笑みがこぼれる。
「ごめん!明日は当直なんだ」
彼、ルシファーは言った。嘘をつかないヒューマーだった。
銀河警察のキャリア、言わば超エリートの警察官で今は中央からデーモンズゲートに研修で来ている。そこで雅龍と出会い恋に落ちた。
むろん来る前より彼女のことは知っていた。が、彼は銀河一いい男選手権で3年連続1位をとっている程の男前だ。惚れられることはあっても惚れることはないと自負していた。だが、彼女を見た時そんなプライドは一瞬で消し飛んだ。
「あらっ、あなたも誰かさんに似て仕事優先なんだ」
腕を組んで悪戯っぽい顔を見せる。何か企んでいるような表情。
「ごめん!本当にすまん!」
にも関わらず、彼は頭を45度と言えるくらいに深々と下げる。
少し前の彼からは想像も出来ない。それは彼自身が一番驚いている。
そんな彼を見て少女のようにククッと小さく笑う。とても自然だ。
「なんてね、いいのよ。私も明日は用事があるんだ」
「えっ・・・用事って」
「ひみつ」
上目遣いにみている。その笑顔が魅力的だ。
「お、おい・・・」
思うつぼと分かっていても、つい不安そうに聞いてしまう。
「別に誰かと遊ぼうってわけじゃないのよ。ちょっとね」
だから敢えて彼女もそれ以上の意地悪はしなかった。
そこがまた彼の彼女を好きな理由だ。だから素直な自分を曝け出せる。
「俺、当直変わってもれないかちょっと相談してみる」
顔だけの男ではない。勿論スタイルだけでも。
銀河警察の為に、平和を守る為にやってきた。
それだけの自負もあったし、それだけの成果も上げてきた。
だが、彼女のこととなると理性が言う事を効かなかい。
「なーにおぼっちゃんみたいなこと言ってるの」
「でも・・・。じゃーせめてその用事の内容だけ教えてくれないか」
「だーめ。ひみつはヒミツ」
「えっ・・・でも、そんな・・・」
「信用ないのかな」
彼女は真っ直ぐ見つめる。
でも、全く威圧感を与えない。
威圧感どころか何でもOKしてしまいそうな、魂まで吸込まれそうな瞳。
「信用・・・あるに決まってるじゃん」
「じゃー態度で示して」
「あ・・・その・・・わかった」
「じゃーね」
「お、おい。あ・・・いい休みを!」
「ルシーも気をつけて」
彼女は手を振ってあっさり彼を後にした。
そして全く振り向かない。ただの一度も。これが悔しいというか切ないと言うか。
追いかけたくなる衝動を抑えつつ、さりとてその場から離れがたく。結果的に見えなくなるまで見送ってしまう。ルシファーは時折不安になる。彼女は本当に俺を好いていてくれているのか。それとも遊び・・・嫌それはない。遊びで相手を振り回すような女性ではないことは良く知っている。以前の彼氏のことも何も語らない。というより語りすぎてどれが本当か嘘かどうかなんかわからない。それは語らないに等しい。噂もあり過ぎてわからないが・・・自分は、ジョニー隊長の線が一番有力だと思っている。それは彼氏としての感だ。噂ではこの線が最も弱いが、ジョニー隊長を語る時の彼女はまるで少女のように楽しげだ。同僚達は「ないない」と笑って言うが、あの笑顔を見るたびに悔しい。俺が嫉妬?この銀河一の美男子と言われ、人気も実力も地位も銀河有数のこの俺が。あの男にか?あの愚連隊の隊長に?有り得ない!
事実、中央での評判も極めて悪かった。規則は守らない、上官を平気で無視する。確かに成果は目を見張る。だが、それ以外が酷すぎる。派遣後、何度か目にした事はあったが本当に酷い男だ。常に無精髭を生やしヘラヘラと笑っている。女性署員が通るたびに声をかけ、署内で肩を組んで歩いていることも何度か目撃した。その何回かは注意したこともある。生きる伝説とまで言われたレイマーだが、階級は私の方が上。言わば上官だ。その度に彼は、「これは上官殿大変失礼しました!」と敬礼をし、すたすたと歩き去るが、角を曲がった途端にまた同じことをしている。噂や現象だけ見ると、見目麗く清廉潔白な彼女とは対局に位置している。だから全く信じられないのだが・・・。信じたくない。俺は何時から彼女のことばかり考えるようになったんだ。この俺が・・・このルシファー様が。
「くそっ・・・」
そう言う彼の顔は何故か笑っていた。

雅龍は送られた「物体」の調査だけは外でやろうと決めていた。そう警察内部でやるわけにはいかない。理由はない。感だ。彼女の六感を超えた何かが告げていた。胸騒ぎは増す一方。本音は不安で落着かなかい。
この短い間にあまりにも多くのことが起った。
ジークの暴走とそのその処分劇。メンテナンスは欠かしたことなどある筈がないジークが何故。事実、暴走直前にとられたメンテ記録では異常どころかその予兆する全く無かった。しかもあの1回であの処分。原因も究明せずに・・・いくらなんでも重過ぎる。そして、部隊の隊長であるジョニー隊長の反逆罪と失踪騒ぎ。正式な手順も踏まずに一方的に反逆罪なんて。「ジョニー・・・あんのバカ!」一回だけ床を激しく蹴る。「いくら振ったとは言え、私に何の相談もないなんて・・・あんまりよ」急にしょんぼりする。「あんまりよ・・・殴らないと気が済まない!」何故か笑みがこぼれた。
今でも彼のことを思うと理性がコントロール出来ない。自分でもわからない。好きなの?違う、絶対に違う。じゃ、どうして・・・。間違いなく言える事は、直ぐに飛び出してドーラと合流したかった。そう、私は暴れている方が性にあっている。
ジョニーの失踪当日のことを思い出した。
「ありえません!」
彼女はトップに直談判に行っていた。
それはごく一部の者しか知らない。
「ジョニー隊長が反逆なんて・・・私に調査させて下さい」
その声は静かな怒りに満ちていた。
反逆?それこそ天地がひっくり返っても有り得ない。それは署員全員が同じ思いだった。地位も欲しがらない、ボーナスにも文句を言わない。彼らのチームだけが唯一ストを起こした事がないのだ。あのラグナですらそうだった。ロビーで騒ぎがあったので急行するとラグナと他の隊長が揉めていたのだ。といっても一方的にラグナが相手を責めていたのだが。その理由がジョニーのことだ。
「失踪だぁ!もう一度言ってみろ・・・覚悟はいいな」
「イヤ・・・私は一般論をだな・・・」
胸座を掴んでいたラグナは、彼をトンと突き放したかと思うと背中を向けた。
「まずい!」
雅龍はダッシュした。
そこへ鋭い回し蹴りが襲う。
「止めないか!」
受け止めたのはルシファーだった。
両手で彼の蹴りをブロック。衝撃で1メートル後退していた。
肝心の相手はルシファーがぶつかった衝撃で倒れている。素手でしこたま殴られていただろう顔が凍っりついていた。ラグナはルシファーを全く意に介せず、その隊長へ向かって言った。
「2度とあんなこと言ってみろ。関係ねーぞ俺は・・・どこであろうとな」
その隊長は震えている自分にさえ気付いていなかった。
本来なら禁固処分では済まないのだが、ジークとジョニーの一件で混乱していた上層部は、この件を不問とした。その隊長はその日中に自主除隊したと後から聞かされた。
後にジョニー隊は雅龍が一時的に預かったが、少ししてドーラの名誉除隊によってコアを全て失い正式に解散された。あの日、ドーラは私にだけは除隊理由を打ち明けてくれた。
「隊長とジークを追います。そして必ず教官の前に連れ帰ります。それまでは決して無茶をしないで下さい」
その一言でもろもろの事を知っているのだと気付いた。
人前では泣いたことなどない自分だったが、初めて涙が流れた。なんの為の涙なのか自分でもわからない。自分に対する不甲斐なさの怒りであり、トップの欺瞞や理不尽さでもあり、何も告げずにさったジョニーに対する切なさでもあり、何か倒錯した思いだった。
何時ものようにマインドコントロールで涙を止めようとしたが、崩れたダムが塞き止められないように涙はただ流れた。唯一出来た事は、下唇をわずかに噛み締め、動物のようなうめき声を上げることだけだった。「うぅーっうぅーっ」と。
瞬きもせずただ涙を流す異様な自分を、ドーラは父親のように見つめ、そして優しく肩を抱きしめた。
「今のデーモンズゲートには教官が必要なんです」
その日はポッカリと裂けた心を、ドーラが優しく補修してくれた。

アカイやトウについては直ぐに調べがついた。二人とも一癖も二癖もあるツワモノだが、それは彼女の中で、常識の範囲内と言えた。「やるわね、あの子」そう呟く。そのセレクトや作戦は納得のいく組み合わせと言えた。ただ一つを除いて。
スマイソンだ。全く経歴がない。その不安についてはドーラも通信で言っていた。彼の称する「予測不可能な存在」だった。勿論、過去に従事したミッションについては調べがついた。だが、それはドーラが調べた程度の内容でしかわからない。不思議は無いと言えば不思議ではないのかもしれない。だけど雅龍にとってそれがかえって異常さを示していた。ヒューマーで言う第六感。ニューマンに至ってはそれ以上、第七感と言えた。ニューマンはヒューマーに比べ遥かに危険を察知する能力に長けている。予知動作と呼ばれるニューマン独特の攻撃方はニューマンならでは。その琴線が揺れている。こういう時、決まって予感は的中する。調査の結果、最終的にメモリバンクまで辿り着いたが4才までの記憶ではどうにもならない。
ただ、恐ろしく邪悪な何かを感じた。
いや、純粋とも言える。
純粋な恐怖。
「胸騒ぎがする」
「あ、あの・・・」
考え事をしていた彼女の後ろに少年のような声と駆け寄る足音が聞こえる。
振り替えると、ロビーを息を弾ませながら男の子が走ってきた。
「何かしら」
少年の目線に屈む。
「じ、迅雷の、がりゅう、雅龍さんですよね」
頬を真っ赤にそめている。目をチラチラと合わせ息は弾む。
「そうよ」
躊躇無くそう答えると。雅龍はニッコリと微笑む。
やっぱりと言いたげな核心的な笑顔を瞬間見せたが、少年は緊張した面持ちで何かを振り絞ろうとしているようだ。ずっと後の方ではこっちを見つめる少年の友人らしき一団が合図を待っているかのようだ。周囲の大人達もざわめきだした。
「あ、あく、あくす、握手して下さい!」
本人は振り絞ったつもりだろうが、出てきた声は蚊の泣くような声だった。
雅龍は少年の目を優しく包むように見てこう言った。
「二人だけの秘密よ」
そう言って屈んだまま握手をし、膝をついて少年の頬に手を添えると真っ赤に染まる頬にキスをした。
そして、やおら立ち上がると軽い足取りでその場を去る。
後に残されたのは、カラクリ人形のように固まった少年とざわめきだけだった。

 

 
その頃廃棄工場では絶体絶命の追いつめられたドーラチーム、カラーズがいた。
「やめろ、絶対に撃つな。これは命令だ」
「キング・・・電子頭脳の回答は?」
無機質な声。
回答は「撃つ」だった。
「俺の電子頭脳は関係無い。これは命令だ」
「つまり撃てと回答しているわけだ」
生命力を感じない。
「だが、命令は撃つなと、言っている」
「・・・」
スマイソンのこの沈黙は、黒い葛藤なのか、それとも何なのか読み取れない。
データベースにはない反応だ。
「命令だ!」
念を押す。
すぐ側には大破したレイキャストのアカイ。コードネーム、レッド。
右手と右足をジークに引き千切られ、床にしたたか叩きつけられた。機能の一時再生の為に恐らくはスリープモードに入っているのだろう。反応がない。
敵の手のひらに命を握られたハニュエールのトウがいた。コードネーム、ホワイト。
両肩は外れ、右足から右肩まではフォトン痕が表面を焼いている。
指先から血が砂時計のように、ポタ、ポタと静かに時を刻んでいる。
頭蓋を締め付けられているんだろう。時折うめき声を上げる。
あまりの苦痛で意味のある言葉は発していない。目もうつろ。
生体反応は刻一刻と弱くなっている。
二人とも戦闘不能だった。
敵であるジークは中破と言えた。右足首を失い、表面は無数のフォトン痕でくすんでいる。あの攻撃で中破で済んでいるのは驚異と言えた。コードネーム、バーサーク。
何等焦りを感じとれない。その姿は本来の力を発揮した野生とさえ言えそうだ。
この状態からのジークの攻撃は寧ろ恐怖と言える。それはかつての同僚だったドーラは良く知っている。今のジークは、リミッターの外れた殺人マシーンそのものだ。本来の動きは出来ないだろうが、なんの遊びも躊躇もない必殺の攻撃を繰り広げるだろう。まさか、自分がその対象となるとは夢にも思わなかった。
だから、ある部分ではスマイソンの答えは正しいと言える。
ラグナ隊であれば、躊躇無く攻撃にうつっていただろう。どちらか失ってでも。
二人が撃てばジークは確実にトウを盾にする。
躊躇無く攻撃を加えることはドーラ達に戦闘の主導権が握れる。
それは戦闘の上で基礎の基礎と言えた。
だが、ジョニー隊では絶対にしない。
絶対にだ。今でも私はジョニー隊のメンバーだから。
「はぁぁぁぁっ」
トウが切なそうな振り絞るような唸り声を上げる。
頭蓋を鷲づかみにされたまま、身体を振り子のようにユラユラと揺らされていた。
揺れるたびに全身が崩壊の音を体内に響かせる。
ダンスでも踊っているつもりか、ジークの足は微妙にステップを踏みだした。挑発している
「止めろ」
ドーラの肩が怒りで震える。
「クックック」
それを見たジークは、まるでそれが至高の喜びであるように一層ステップを早めた。
「あぁ、あぁぁぁっ」
失神しそうな痛みに絶えるトウは、半分白目をむき、開いた口から涎が流れ出す。
「止めろといってる!」
ドーラは思わず叫んだ。
一瞬ステップを止めたが、唐突に腹を抱えて笑い出した。
「ひゃーっはっはっはっは」
「何が可笑しい!」
常に冷静なドーラだったが、この時ばかりは大声で怒鳴りつけた。
「いー、いーよ。その声が聞きたかったんだ!」
ピタッと止まった。
「もっと、聞かせてくれ・・・」
そう言うとドーラ達に向かってトウと突き出し、更に握りしめた。指先に微かなスパークが発生する。
「まて!」
「があぁぁぁっつっつがぁつっーっ!」
トウは痙攣を起こしビクビクと小刻み揺れる。
目は完全に白目をむき、流れていた涎は泡にかわった。
ガシャン。
突然大きな音がする。と同時にトウの痙攣が止む。
スマイソンがウォルスを床に捨てていた。そう落としたというより捨てたという感じだ。
おもむろに両手を上げ、首を2・3回横に振る。
そしてファイティングポーズをとった。
「スマイ・・・何をする気だ」
「何を?命令どうりにするだけだ。ホワイトを殺さず、ターゲットを倒す」
「バカな、レイマーが素手で・・・」
ジークの動きが風で感じるように明らかに変わった。
勝ち誇るように突き出していた右手をさげる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
微かにトウの息使いが聞こえる。無事のようだ。生きているという意味では。
トウがくてっと床に倒れる。
空気がチリチリしている。
まるで高温で焼かれているようにピリピリしている。
ドーラはかける言葉を失った。
「恐いか俺が」
なんの気負いもない、そう電子ボイスのような抑揚の無い声でスマイソンが言った。
ピクピクッとジークが動いたように見える。
「まさかあのジークが」とドーラは一瞬思ったが直ぐに否定した。恐らくプライドを傷つけられたのだ。しかもそのプライドは子供のように幼いプライド、原始的なプライドをだ。「いや、それ以上だ」それは、最高に楽しい玩具で遊んでいた最高に楽しい気分のところに水をさしたからだ。その衝撃たるや天国から地獄へ突き落とされたようなものだろう。大人で言えば当選した3億円宝くじの券が、全く予想だにしない火の粉で一瞬に燃えてしまったようなものに違いない。そう、信じられないに違いない。その衝撃が。
今度は明らかにピクピクッと動いた。
次の瞬間ジークが視界から消えた。

「逃げろスマイ!」
しかし逃げるどころか全く抑揚のない声で、
「キング、ホワイトとレッドを回収頼む」
そう言った。
直後スマイソンが視界から飛んでいった。
一瞬、ジークが回し蹴りをしたかに見えたが直ぐに消えた。有視界ビジョンでは見えないセンサーで二人を追うが・・・。
「頼む!」
バーニアをふかす。
何が「頼む!」なんだ。ドーラはそう頭で復唱しつつ一気にトウに接近すると両手で拾い上げる。そして胸に小犬を抱くように丁寧に抱え込むと、すぐアカイの残った片方の足を乱暴に掴みそのまま勢いにまかせて引っぱった。そして、職員用のメンテナンスルームへ向かってバックパックをふかし爆進する。
後方では激しく金属が装甲を殴り続ける音が工場内に響いている。レイマーのどんな特殊装甲であってもヒューキャストにしたたか殴られれば衝撃だけで内臓破裂をおこす。ドーラの頭ではスマイソンがデク人形のようにジークに殴られるイメージが浮かんだ。
俺は何をやっている。何が頼むなんだ、何を頼むんだ。隊長の俺が何をやっているんだ。自問自答したが答えはない。あるとすれば俺は今成せる事を成すのみ。それだけ。
「緊急メンテナンスシステム作動」
ドアごとぶち破って突入したドーラは、手早くベッドにそれぞれ寝かせ緊急メンテナンスを作動させた。
「ウリィィィィィィィィッ!」
振り向くドーラ。
ジークの咆哮が工場内に満たすと共に、雹が降ってきたような叩き付ける音が鳴り響いた。
バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ。
「オォォォォォォーーッ」
バックパックをふかし壁を更にぶち破り工場内に舞い戻った。すかさずウォルスを構える。
スコープを覗いたドーラは凍り付いた。
そこに映ったのは、
右手をもがれたジークと、
ファイティングポーズをとっているスマイソンだった。

BACK     SIDE STORY MENU     NEXT