BURN.FOSTER

---SIDE STORY---

#9.「思い人(エルディナの章)

更新:2006/03/06

著作:ドーラ 校正:雅龍

 

 「エル、エルーッ」
 母さんの声が聞こえる。
 「エル、またここにいたの」
 「うん」
 ここ、つまり私の部屋。
 机に突っ伏したまま母さんの声に応える。
 母さんは私を覗き込み、アレにすぐに気づいた。
 そう、別れ際にとった姫様との写真。
 母さんは勘が鋭い。
 「エル、もう何日たつと思ってるの」
 「まだ三日かな」
 「まだじゃない、もう三日よ」
 「三日も会ってない・・・」
 「エル、母さん正直ショックよ。そりゃあ別に性差別する気はないけど、そんなにいい身体していて女の人を好きになるなんて、勿体ない」
 勢いよく上体を起すエルディナ。
 「ちょっと母さん、何言ってるのよ」
 「だってあなた、その写真のバーンさんって人に惚れちゃったんでしょ」
 まただ母さん。
 鋭いんだか鈍いんだか、何時も時々すっとんきょうなことを言い出す。
 「違うって。憧れよ。あ、こ、が、れ」
 そう言いながら真っ赤になっているであろう自分に気づき、どうにも止められなく恥ずかしくなるのは何故だろう。
 「嘘おっしゃいな。あなたの顔は恋をしている顔よ。母さんわかるもの。初恋の相手が女性だなんて、良い身体しているのに」
 「ちょっと待って母さん、さっきから聞いていれば、いい身体いい身体ってイヤらしい言い方止めてよ父さんみたい。母さんだって女でしょ」
 「何言ってるの。女だから一層そう思うんじゃない。それに母さん心配よ、ハンター家業なんかやって、珠のような肌が気づいたらどうするの」
 そういって手を握ってはスリスリと撫ぜまわす。
 これは母さんの昔からの癖みたいなものだ。
 やたらに体を撫ぜ回す。
 「もう、やめてって。第一母さんだってハンターだったじゃない。人のこと言えないでしょ」
 「だって母さん不器用だからハンターぐらいでしか生活費稼げなかったんだもの、貴方とは違うのよ」
 確かに母さんは不器用だった。
 フォースとは思えないほどに。
 しかも生半可じゃない。
 火を起せば火災になるし、氷を張れば家まで凍らせるし。
 まるで程度というのがわかっていない。
 それどころか、加減をしようという気がないのか、学習する気がないのか、毎回のようにそうしたことをやらかす。
 しかも、決まってこの台詞、
 「あらあら大変ねぇ」
 大変ねぇじゃないでしょ、母さん。
 その度ごとに私や弟が奔走するはめになる。
 そりゃいい加減器用にもなるってばよ。
 「とになくエル、シャキっとしなさい。そんなダラシナイなら、そのバーンさんに嫌われますよ。お昼早く食べて、片付かないから」
 そう言ってパタパタと部屋を出た。
 「は〜い」
 嫌われますよか・・・。
 そうかもしれない。
 エルディナの脳裏には、あの日のことが頭から離れられないでいた。
 月の夜の出来事。
 バーン様と、クールズ、そしてジュゲちゃん三人の稽古。
 圧倒された。
 圧倒されすぎて呼吸を忘れた。
 眼が乾き、口が渇き、血が沸騰するかと思った。
 凄いなんてものじゃなかった。
 あんなのは見たことがない。
 想像すらしたことがない。
 世界の広さを知った気がした。
 あの場では、姫達に痩せ我慢を言ったけど、正直言って自分の才能のなさに絶望した。
 でもいいと思った。
 傍にいさせてもらえれば、自分なりのヒントを見つけられると思ったから。
 でも、それも叶わなかった。
 姫はすぐに、町を発った。
 もう、今ここに姫はいない。
 父さんが言ってたっけ、
 「人は常に相応しい場所に身を置いている」
 だとしたら、悔しいけど、あそこは私に相応しい場所じゃなかったということ。
 だって、ジュゲちゃんはついていける力が、才能があった。
 だから姫も、クールズだって一緒にいることを許したんだと思う。
 「私じゃ駄目なのか・・・悲しくなる」
 嫌だな、最近独り言が多くなった気がする。
 まるで腑抜けだ。
 情けない。
 姫に会うまでは、エリアでトップクラスのハンターだって自身満々だったのに・・・馬鹿過ぎて呆れるよ。
 いい気になっていたんだ私は。
 あの程度で、それがちょっと世界を覗かせてもらっただけで、もうガスの抜けた風船のようにしなみびて・・・情けないよ。
 きっと、サムライの父と、偉大なフォースパワーをもつ母の才能におぶさっていたんだ。
 なんてことはない、生まれた子は、醜いアヒルの子じゃないか。
 母さんはあんなこと言っていたけど、私は自分の身体は好きじゃない。
 歳を重ねるごとに出っ張る胸、ハンタースーツで締め付けているけど苦しいったらありゃしない。
 それにデカイ尻に、太い太もも。
 チームで戦う時も必ずイヤらしい目つきで私を見やがる。
 挙句に、
 「あんたその胸で充分動けるかい?職を誤ったんじゃないのか」とか、
 「あっちの職にいったら、俺様が上得意の客になってやるぜ」
 だとよ。
 「虫唾が走る!」
 だから、上を目指した。
 体を隠すとアイツらに負けた気がして、わざと露出度の高いハンタースーツをチョイスして、胸をはって、見返してやろうと思った。
 そしてエリアトップの仲間入りを果たしたのに・・・。
 所詮は自己満足でしかなかったのか。
 世界が、視野が、あまりにも狭かった。
 あの月夜に涙が止まらなかった理由がわかった。
 「でも、でも姫の傍にいたい。姫の力になりたい。姫とならもっと広い世界が見える気がする、もっと、もっと広い・・・」
 やだ、私また泣いてる。
 今迄泣いたことなんて無いのに。
 情けない、情けないよ。
 「死んでもいい・・・だから傍に置いてよ」
 止まらない涙。
 「諦めたヤツは荷物にしかならん」
 ふと浮んだ言葉、父さんの言葉だ。
 父さんは何時も家にいないなかった。
 学校では、サムライの父だといっては嘘つき呼ばわりされ、苛められたっけ。
 私は悔しくって、嘘つき呼ばわりした連中をグーの根も出なくなるまで殴ってやったけど、弟のやつときたら、やられっぱなしで泣いて帰りやがって。
 「母さんもあれで平気なんだから、我が母ながら馬鹿というか、哀れというか」
 一度母さんに聞いたことがある。
 「アレのどこがいいの?」
 (アレとは父さんのことだ)
 「素直なとこ」
 母さんは躊躇無くそう言った。
 「素直?まーそらー自分の欲望に素直でしょーよアレは。あっちこっちで子種を振りまいて、家族にお金すらいれないのに、時々やってきては、娘を見ての第一声が『育ってるなー』って何よアイツ。バッカじゃないの。父さんとしてというより、人間として最低でしょ」
 「エルはまだ若いのね。そのうちわかるわ」
 「えー若いですよ、若いですとも。そのうち?冗談じゃない。わかりたくもない!一生わかってやるもんですか」
 父さんが家に帰ってくる度にそうした喧嘩を繰り返した。
 喧嘩といっても、一方的に私ががなっているだけなんだけど。
 母さんのあまりの手ごたえの無さにバカバカしくなり、結局私が黙り込んで、
 「自分自身を誤魔化して生きている人よりずっといいと母さんは思うけど」
 母さんがそういって終わり。

 言えなくないけど、母さんのお陰で苦労したとも思えないけど。納得が出来ないよ。

 そして、あんなヤツにあれほどの才能があるなんてもっと納得できない。
 父の強さはちょっとありえない。
 強いというか、そういう尺度ではない気がする。
 一度だけ、手合わせをしてもらったことがあるけど、まるで手ごたえがなかった。
 あの日は、いい加減キレた私が、手合わせを理由にアレをぶっ飛ばしてやろうと本気で思ったわけなんだけど、掠りもしなかった。
 疲れきってセイバーが振れなくなった私に、
 「エル、いい筋しているな。血は争えないか」
 そう一言だけ言って帰りやがった。
 疲れて倒れた娘に手も差し出さず。
 もっとも、手を差し出したら、すかさず一太刀入れてやろうと狙っていたんだけど。
 アレの非常識さは私の想像をうわまっていたってとこね。
 「いい筋か・・・アイツでもお世辞を言うのね」
 トテテテテっと金属の軽い音がする。
 「めたりっく〜〜〜」
 両手を広げて飛行機の真似をしているのは春流人だ。
 彼女は姫から預かった少女型アンドロイド。
 なにやらイワクありげなドロイドだ。
 「春は今日もご機嫌だね」
 顔を起すときにさりげなく涙は拭いた。
 他人は見られたくない。
 「エルは元気ないですね〜」
 「そうかい?私はいつだって元気一杯だよ」
 「春も父ちゃん達に会いたいです。でも、約束したから待っているです」
 「そうか・・・約束したもんね。また会えるよね」
 「うん」
 そう言って笑顔で頷いた。
 
 「みゅ〜ん」
 トトトトト、と今度は妹のルディが、手を広げて部屋を横切る。
 「あ」
 そう言うと春流人は、
 「めたりっく〜〜〜」
 そう言って後を追いかけた。
 「目標、エル姉ちゃんのデザート、突撃〜。みゅ〜ん」
 「めたりっく〜〜〜」
 そう言って廊下を走り去る。
 「ちょっとルディ駄目よ、それあたしんだから」
 部屋から顔を出す。
 「えーだって、ママがご飯食べてない人はオヤツ抜きだって〜」
 「今から食べるんだから駄目なの」
 「だって、お昼もう片付けてあるもん」
 「えーーー母さ〜ん」
 少し大きな声を上げると、台所の方から、
 「時間ぎれで〜す」
 と母さんのすっとぼけた声が聞こえた。
 「うそ〜〜〜」
 「やった、このデザートはフリーだもんね〜、いくよ春、突撃〜っ」
 「めたりっく〜〜〜」
 そう言ってまた走り出す。
 「ちょっとまった、お願いルディ!今日だけは勘弁して、チーズケーキは私の好物だって知ってるでしょ」
 そう言ってエルディナは後を追った。
 「あーーーっ」
 一際大きな声が上げる。
 「目標確保、てった〜い。みゅ〜ん」
 「めたりっく〜〜〜」
 「こーらーっ」
 外に走り去る二人。
 ルディがムズムズと動いたと思うと、光の穴があいた。
 それはリューカーだが、不完全なようで光が不安定にゆらめき今にも消えそうだ。
 「あーリューカーで逃げるなー。あんたの穴はいつもどこに出るかわかんないんだから危ないって言ってるでしょって、あーーーっ」
 全く聞いている風もなく、ぴょんと二人とも穴に踏み込むと消えた。
 「ちょっと姉さん煩いよ、勉強に集中できないだろう。明日試験なんだから」
 珍しく大声を上げたのはエルディナの弟、DJだ。
 「ルディーのヤツ、また穴に入っちゃったよー」
 「えーっ、またーっ。母さん、マズイよルディが」
 「二人ともよろしくね。母さんこれからフォースママさんの会があるから出かけるの」
 「またかよ!んもー仕方ない、DJ行くよ」
 「行くよって、だから明日試験が・・・」
 「くだらない試験と妹の命どっちが大切だと思ってんの!」
 血相を変えてDJを睨みつけるエルディナ。
 その横をまるで他人のようにいそいそと出かけるのは母gfだ。
 「嘘だろ姉さん」
 「男が些細なことでウダウダ言うな。ホラホラホラ、ゲートが閉じちゃうよ。急いで」
 「この前はジャングルだったよな・・・変な虫に刺されて高熱が三日続いたんだ」
 「死ななかったんだからいいじゃないか」
 「・・・無茶苦茶だ」
 「マーカーおいといてよ、戻れなくなるから」
 「って、姉さん!」
 エルディアも小さな小さなその穴に踏み込むとゆっくりと消えた。
 リューカーは今にも消えそうなほど薄くなっている。
 「なんなんだよウチの連中は、明日は試験なんだぞ!」
 そう言いながらも手際よくマーカーを設置し、自分のハンタースーツにセイバー、エルディナのセイバーも脇に抱える。
 穴は今にも消えそうだ。
 「ハウスセキュリティ作動。キーマン、DJ,パスワードわー・・・、ルディのアホーっ!」
 「セキュリティ作動しました」
 家は自動的に全ての窓は閉じられ、ロックがはいる。
 「よし」
 そう言って穴に飛び込む、ほぼ同時にリューカーは消えた。
 
 数時間後・・・
 「えーっと、ママ最高〜」
 「パスワードエラー」
 「パパかっこいい」
 「パスワードエラー」
 「エルちゃんナイスバデ〜」
 「パスワードエラー・・・三回パスワードを間違えましたので、キーマン、gfは無効となりました」
 「え〜イヂワルぅ〜」
 そこには家の前で立ち往生している母の姿があった。手にはアプリコットストアの名物、チーズケーキが握られていた。
 

BACK     SIDE STORY MENU     NEXT