BURN.FOSTER

---SIDE STORY---

#8.「コンタクト」

作:管理人

 フォスターの居場所がつかめない。
 この苛立ちはそれが原因か。
 朱音の暗い心にバーンというシコリが存在感をもって回転する。
 そんなシコリの存在感を意識すると急に右腕が疼きだした。
 再生は完璧だった。
 しかし、失ったものは戻らないようだ。そう認識せざるおえない。
 お庭番と呼ばれるフォスターのいる国固有の護衛用ヒューキャスト。
 そこは彼に斬られた腕だった。
 シノビーとサムライの技術にフォスター家の古典技術が融合した特殊なヒューキャストだ。それをフォスター自らが長い年月をかけ徐々に仕上げた。
 認めざる終えない。フォスター達は厄介だと。
「うざい・・・」
 白過ぎる肌、伏し目がちで暗い瞳、子供のように低い背。外敵から身を守るためなのか、厚すぎるフォーマールスーツ。その色、ネイビーブルーは黒よりも薄暗く、胸のアクセントの赤は目に染みるほど赤い。
 彼女は銀河警察Zファイルに名を連ねる者の一人。朱音である。
 何が自分をそうさせたのか、何故このような組織に自分がいるのか。
 彼女には思い出せないでいた。
 ただ言えることは、頭から「憎い」というこの二文字が離れないということ。
 寝ても冷めてもこみ上げるこの衝動。
 どうしようもなく止まらない。
 何が憎いのか、何が原因なのかも一切記憶にない。また、どうでもいい。
 ただ湧き上がるこの衝動で気が狂いそうなのは確かだ。
 だから全てを吐き出す。
 全てを、思いのままに。
 簡単な話だ。
「フォースター・・・」

 どこからともなく声が聞こえる。
「朱音さま、朱音様、フォスターを発見しました」
「して」
「仲間と合流したらしく新たなニューマンを連れております」
「どこに」
「月の町手前五キロ」
「・・・」
 フォスター・・・やはりきおったか。
「現在交戦中です」
「なに?誰が」
「アウイ様が」
「愚かな・・・」
 朱音は目をかっと見開くと、闇の一点を凝視する。
 すると空間の一部がユラユラとゆらめき徐々に何かの映像を映し出した。
 その映像に写ったのは、深紅のフォマールスーツを纏った長身の浅黒いフォース。
「アウイ・・・私だ」
「朱音様、フォスター共を発見しました。援護をお願いします」
「何故報告をしない」
「お手を煩わせるまでもないと思いまして・・・」
「ならが援護は無用だろう」
 一切の動揺も抑揚もなく言う。
「いえ、それが・・・思いのほか手間取りまして」
「だから」
「援護を・・・」
「恥の上塗りか・・・貴様の任はなんぞ」
「・・・ジョニー・ビー・ジョーの捕獲」
「それが失敗につぐ失敗。影を一つ失い、挙句に手駒すら奪還されるとは。しかも三下ごときに」
 目が一層見開かれる。
 感情が感じられない凍てつきそうなその瞳。
 瞼だけが大きく更に大きく見開かれる。
「も、もうし、申し訳ありません・・・」
「一秒でも長く足止めをせよ。そして元の任に戻れ」
「援護は・・・」
「愚かな」
 朱音が右手を振ると、闇に灯っていた映像が消失した。
 
「朱音さま!朱音さま!」
 ガックリと膝をつく。
「ジョニー・ビー・ジョー・・・」
 両手の拳を握り締める。
 血の気がみるみる失せるほどに強く握る。
 たかがヒューマーに遅れをとり、挙句にその部下のドロイドにまで・・・。
「怒りで身が焼け、血が沸騰してしまいそうだ!」
 当初は確かにあなどっていた。
 銀河警察トップ隊の隊長とはいえ、所詮は人間レベルでの話だ。
 我々とは生命のステージが違う。そう思っていた。
 そう、我々は選ばれしモノ。
 次なる人類。
 進化した生命体だ。
 ヒューマーが作り出した人口生命体ニューマンとはわけが違う。
「進化だ、進化した存在。ヒューマーの言う神に等しい!」
 エントロピーの第ニ原則を凌駕し、空間、時間、波長をコントロールする進化した生命なのだ。彼らのような退化した生殖器も持たず、愚かな行為をせずとも自らの意思で子を宿すことも出来る。そうだ、ヤツラとは生物のとしての格が違う。
 消え去るべき種、ヒューマーとは違う。
 ましてやニューマンのように人造とは訳が違うのだ。
「進化だ!進化なのだ!それが・・・クソッ」
 面倒な手順を踏まずとも燃やしてしまえばいいのだ。
「そうだ、全ては燃やしてしまえば・・・」
 右手を水平に大きく振る。
 すると上映が終わった映画館のように闇から徐々に周囲が浮き上がってきた。
 完全に陽光が周囲を照らすと、アウイの遙か先には黒輝石の肌をもつフォマール、バーンフォスターがいた。
 右横には小さなニューマン・ジュゲ、左にお庭番クールズが控えている。
「クール御大登場みたいよ」
「御意」
「うっひゃー悪趣味なスーツだねー」
 ジュゲがケラカラと楽しそうに声を上げアウイを指さす。
 アウイはその無神経さに腹がたった。
「ニューマンごとき人造物が我に指を・・・」
 人造物が!
 モノが!
 モノが高貴な我に!
 モノがっ!!
 燃やしてやる!
 燃やしてやる!
 モノは燃やしてやる!!
「モノは燃やしてやるっ!!」
 
「ねーちゃん。手品はもう終わりなの?」
 アウイの端正な顔とは不釣合いに眼輪筋がピクピクと動いた。
「ねーバーン、ダークフォースって大したことないね」
「ふふ、そう?」
 中央のバーンは錆びたアギトを右手にもったままアウイを静かに見つめていた。
「責任者にご面通し願えるかしら?」
 ピクピクとアウイの眼輪筋が更に動く。自分ではどうにも止められない。
 
 アウイは両手を上げた。
 すると、その上空に小さな火種が出現する。
 その火種は急速に渦を巻いて業火となって巨大化した。
 それはまるで炎の竜巻。
 竜巻の巨大化はとどまること知らないかのようにどんどん大きくなる。
 アウイの上空を紅蓮の渦が轟音をたて周っていた。
 アウイの口が左右にニイっと広がる。
 おののけ!平伏せ!
 目が徐々に赤く染まる。
「すっごいねーアレ!ほんとフォイエと違うや」
 その紅蓮の渦を見ても、まるで他人事のようにはしゃいでいるジュゲ。
「ここに来る前に話したダークフォースのパワーの一つよ」
 バーンもまるで映画のワンシーンを見ているかのように冷静だ。
「へー」
 アウイの身体が震え、目が真っ赤に染まった。
「燃えてしまえーーーっ!」
 両手を振り下ろす。
「くっ!」
 直後アウイの胴体が真っ二つに。
「ぬるいな」
 横を向くと。
 刀を鞘に収めるドロイドの姿。クールズ!
「く・ず・て・つ・がーーーっ」
 景色に溶けるように消えた。
 だが、紅蓮の渦は真っ直ぐバーンの方へ。
 それはまるで隕石落下を思わせる巨大さ。
 轟音を立てながらスローに迫り来る。いや、スローなんじゃない。あまりの巨大さにスローに見えるだけだ。まさに隕石落下。
 迫る紅蓮を目の前に無造作にバーンが左手を突き出した。
 同時に静止する紅蓮の渦。
 中心が竜巻のように渦を巻いている。
 バーンの目から笑みが消えた。
 突き出した左手の掌をキュッと捻る。
 同時に、
「たーまーやーっ!」
 巨大な渦が轟音と同時に四散。
 そして四方八方に飛び散りながら氷塊と化す。
「うわーきれーっ!」
 ジュゲは幼児のようにきゃきゃっと騒ぐ。
 降りしきる氷塊を器用にキャッチしながら走りだす。
 それを笑顔で眺めているバーン。
「姫」
 何時の間にかバーンの隣にクールズはいた。
「影ですか」
「御意」
 刀を抜くクールズ。何かを察知したようだ。
 腰をややかがめ、臨戦態勢を整える。
 モニターアイが明滅し探っているようだ。
 バーンは何事もなかったように正面をただ見据える。
 その傍では全く無関係に氷塊をかき集めているジュゲ。
 アウイは別空間からその三人を見下ろしていた。
「何者だこやつら・・・私のメテオを事も無げに捻り潰しおった。しかも、あのドロイドは何時の間に影に近づいたのだ・・・気配がなかったぞ。朱音様がほおっておけとはそういうことなのか。しかしこのままでは下がれぬぞ。足どめでは済まぬぞ・・・八つ裂きにしてやる、八つ裂きにして燃やしてくれる!」
 アウイは両手を左右に振り目を閉じた。
「姫」
「タイムリープですか」
「御意、空間も歪んでいます」
「呼ぶ気ですね、月の町が近いから容易なのでしょう」
「本体を斬り伏せますか」
 一歩出ようとするクールズをバーンは目線で抑止した。
「いえ・・・ウォーミングアップと行きましょう」
「御意」
 氷塊を一心に拾っていたジュゲの動きがとまった。
 そして抱えていた氷塊を全て落とす。
 すかさず足元のソードを蹴り上げ、上空を舞ったソードを右手で軽々と掴み肩に担いだ。
「なんか来るよ」
 二人に歩みよりながら周囲をぐるっと見渡す。
「姫、アヤツ何故わかる・・・」
「言ったでしょ。ジュゲなら平気だって」
「ただのニューマンではないと思うたが何ヤツだ・・・」
「ふふ、いいんじゃないの。ジュゲはジュゲで」
 地鳴りがした。
 クールズは遙か前方を見た。
 そこの一点から影柱が上がる。
「あっ」
 間髪いれずにジュゲが指を指す。
 バーンがニッコリ笑いジュゲを見た。
「やはり、来ますね」
 影柱はユラユラと陽炎のように立ち上っている。
 それが一つまた一つと等間隔に湧く。
 それはまるでバーンを囲うようだ。
 数にして五十本ほどだろうか。
 その影柱は膨らみをもつと何かの形を成しつつあった。
「ジュゲちょっといい?」
 手招きするとバーンはジュゲの目線にしゃがんだ。
「なんだあれー」
 ジュゲは目を丸々と見開き、形を成しつつある影を凝視している。
「先の尖った頭みたいなのがいるでしょ」
「うん、1つのと2つのがいるね」
「1つのはジュゲお願いね。2つ頭はクールズ。本体は私がやるから」
「うん」
「御意・・・」
 こやつ、わかったと言うておるが本当に意味することがわかっておるのか?
 下手をすれば己の命はないのだぞ。ヤツらは恐れの無い兵隊。只一心に姫や我らを襲い掛かるだろう。「殺意」と「憎悪」と「悲しみ」によって形成された異形の生命。
 ヤツらの目的はただ一つ。「殺!」
 バーンを見つめるクールズ。
「大丈夫よジュゲなら」
「ん?なに」
「クールズが心配なんだって」
「クールが?あたいを?バーン、それはないって」
 笑って手を振るジュゲ。

 だが、その間にも周囲の影柱は異形の形を次々と成していった。

「・・・」
 そして、影の形が仕上がったようだ。
 形容しがたいその姿。
 ごつごつとし荒削りなボディライン。およそ進化を無視した形状。
 何のためための手なのか。腕そのものが刀になっている。
 それは食べるためでも、何かを作り出すための手でもない。
 そう、斬るため。
 ただ目標を斬るためだけについている両手。
 二つ頭?
 頭なのかもわからないが、敢えてバーンの言う二つ頭は両手がフォークのように三又になっている。
 その腕は串刺す為。
 斬りつけ、串刺し、高らかにかかがるための両腕。
 その体躯は、バーンは言うに及ばず、ヒューキャストであるクールズの一回りも二回りも大きい。胸なのか顔なのか繊毛のようにウネウネとうねり鳥肌が立ちそうだ。
 彼らは何かの合図を待っているかのようにユラユラと立ち尽くしていた。
 完全に囲まれている。
 バーンは右手の刀をしまい、軽く両手を開いた。
「ウォーミングアップといきましょう」
 正面を向いたまま笑みを浮かべる。
 すると突然左手を上空にかざすバーン。
 かざした手をさっきのように捻る。
 すると
 何かが轟音と共に四散した。
 氷塊がバラバラと散らばる、まるで雹のつぶてだ。
 すると、それが合図であったかのように異形の生物が両手を高らかに挙げる。
 そして異形のモノは声ともつかない不気味な音を上げた。
「アァァァァァァァァァ」
 バーンの背中に怖気が走る。
「何時聞いても嫌な声ね」
 その声が、ドルビーステレオよろしく全方位から空間を満たす。
 そしてソレらは一斉に、中心のバーンへ向かって動き出した。
 バーンは数言呟き両手を広げる。
 すると三人の身体が青く、腕が赤い光に包まれる。
 それはフォースパワーのシフタ、デバンドだ。
「かたじけない」
 声と同時に姿を消すクールズ。
 すぐ、その先で異形の断末魔が上がった。
 断末魔を上げたソレは一瞬で真っ二つになり両手を上げたままブクブクと紫の血を出しながら地面に吸収される。
 だが周囲のソレらは全くお構いなしにクールズに次々と剣を振り下ろした。
 それをやすやすと受け流す。
「ふっ、ソチらの相手を拙者ではござらんのでな、御免」
 消えた。
 同時にジュゲのソードがその空間を両断。
 そこにいた数体の異形の生命体は一斉に吹っ飛ばされた。
「しゃー!」
 そのジュゲの顔には、最早あのあどけなさはない。
 そこにあるのは凶器と恍惚。
 身の丈倍以上もあるソードを軽々と構え、その巨大なソードを次々に一閃二閃と振り回しソレらを薙ぎ払う。斬るというより叩くという方が近い。一閃では斬り伏せられないほどに硬いのだろう。そこをジュゲはお構いなしに振りたくる。だからソレらは斬れるといいうより潰されてしまうのだ。
 それでもまるで一切が関係ないかのようにソレらは次々と群がった。
 その間バーンは、中央に立ち中腰で踊るように右から左、左から右と、手を突き出しては捻る、手を突き出しては捻る、という動作を繰り返していた。
 その度ごとに轟音と同時にあちこちから氷塊が雨霰と降り注ぐ。
 それは異様な光景だった。
 氷の花火が次々と打ちあがる中、まるで受精を目指す精子よろしく異形のモノは中心の言わば卵子であるバーンを我先にと一斉に目指している。
 その中心の卵子バーンは目を閉じ踊りに興じる。
 顔にかすかな笑みすら湛えて。
 それはまるで我に相応しい精子よ来たれよと誘っているかのようにさえ感じられた。
 その外輪ではバーンに届きそうな異形の二つ頭が断末魔を上げ次々と倒れて、生殖活動に破れた精子よろしく大地に吸収されていった。そう、クールズはキラー細胞のように1体1体を確実にほおむっているのだ。
 更にその外輪では、軟弱な精子を食い尽くす白血球よろしくジュゲがソードを振るい次々と薙ぎ払う。薙ぎ払われては襲い掛かり、薙ぎ払われては襲い掛かる。次々と数が減っていった。
 そして、遂に最後の1ピキが断末魔を上げた。
 ソレは卵子に届かなかった己の無力さを呪うかのようにフォークとなった右手を高らかに上げ、大地という母なる肉壁に吸収され跡形もなく消えた。
 上空では一際大きな氷塊が散る。
 そして静かになった。
 バーンは舞いを止め、姿勢を正すと静かに目を開ける。
「終わりですね」
 周囲の空気が明らかに変った。
 風の音が聞こえる。
「よっと」
 肩にソードを担ぐジュゲ。
 既に何事もなかったように遙か遠方を見つめるクールズ。
 その目線の先にはフォースの町、俗に言う月の町が見えた。
 ここからそう遠くはない。ビークルで十分ほどだろう。
 バーンが見上げると、遙か上空では引っ切り無しにタクシーが走っているのが見えた。
 陸路を走るのはこの辺りでは珍しいだろう。
「バーン」
 ソード片手に走り寄るジュゲ。
 何事もなかったような顔をしている。息すらきらしていない。
「終わり?」
「お疲れさま」
「なんか変なヤツらだったね」
「そうね、特にあの声がね。あれがそうよ。ジュゲじゃなかったらこうはいかないわ」
 ウィンクするバーン。
「まーねー♪」
 胸を張り得意気なジュゲ。
「よっと」
 地面にソードを突きたてると、柄の部分に飛び乗る。
「近いねー。あれが月の町なんだー手品の町だよねー」
「ふっふっふっふっふ。そうね」
 月の町は巨大なテーマパークと言ってもいいかもしれない。
 なんと言ってもフォースの町。表では観光地としても有名だ。
 だが、裏ではテクディスクをはじめ様々なものが闇取引されている。人が集まるところというのは良しにつけ悪しきにつけそういうものだ。
「姫」
「いかに」
「あのフォース、やはり月の町へ逃げ帰ったようです」
「やはり」
「いかが」
「朱音を」
「御意」
「クールっ?」
 ジュゲが見下ろすが、既にバーンしかいない。
「あれ、もういないや」
 遠方を見つめ目を細める。
「もうあんなとこに・・・なんだよ何体倒したか聞きたかったのにさー」
「うふふ、彼も色々忙しいのよ」
 ばく転し下りると、突き刺さっているソードを蹴り、そのまま肩に担いだ。
「じゃービークルは自動操縦だね」
「そうね。じゃ、いきましょうか」
「うん」
 助手席にバーンが座ると、ジュゲは屋根にソードをもったまま飛び乗った。
「どうしたの?」
 助手席の窓を開け見上げたバーンが聞く。
「この方が気持ちいいし」
 屋根ではソードを担いだジュゲが胡坐をかいている。
「日焼けしちゃうわよ」
「ん?、へへーあたいもバーンみたいに黒くなるんだ」
「へー。振り落とされないでね。飛ばすわよ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「平気平気」
「そお?」
 バーンが窓を閉めると、ごそごそと中から動く音が聞こえた。
「バーン?どうしたの」
 唐突に急発進するビークル。
「うわっ!」
 ジュゲは思わずのけぞった。
「ちょ、ちょっとまさかバーン運転してんのー、オートでいこオートで」
「おーっほっほっほ!」

 運転席には笑顔でハンドルを握るバーンの姿があった。

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