BURN.FOSTER

---SIDE STORY---

#7.「旅立ちの時」

作:管理人

 時代錯誤を思わせるような木造の古い宿シャーロキアン。
名前の由来は人類史上稀にみる天才として崇められた人物をモチーフにしたとかしないとか。その人物が空想上の人物であったことでさえ今の人たちは知らない。いや、それどころか名前の由来すら知らないだろう。もはやこの宿そのものしか知らない記憶。
この宿も開拓期には活気に溢れ、名のある者達しか止まることが許されなかったといわれる。それも今では見る影もない。都市は弱体化し、荒れるとともに宿も次第に荒れ果てていった。かの伝統も文化も今は見る影もない。今となっては下世話なものだけが我が物顔で下品な笑い声を満たす。身をまかせるしかなかった。
しかし、ここ一ヶ月だけは違う。
王族のオーラを持つ者が滞在しているのだ。だからシャーロキアンはとても機嫌がよかった。それは、カフェテラスで本を読んでいる黒輝石の肌をもつ女性。バーン・フォスターその人である。
黒い肌は吸い付くようなしっとりとした感触で透き通るようだ。知性的で大きな瞳に端正な顔。厭味のない一本とおった鼻に、小さな蕾のような唇。一目で眼が離せなくなる見事なプロポーション。
彼女の国では女王を鬼姫と呼び崇め奉る。星団史上最大級のテクニックをもつ一族、お庭番と呼ばれ独自の進化をとげたヒューキャストを3人だけ護衛につけ、国内のあらゆる戦地に赴く。その姿は神のごとき気高さと謳われた。王たるものはそうでなくては。
「ふふ」
「バーンどうしたの?」
 振り向いたのは小さなニューマン。
 少女のように見えるが既に立派な大人であり、生半可な人生を送っていない。
 縁あってバーンと旅をともにしている。
 その姿からは計り知れない力と狂気が宿る者。
 名前をジュゲという。
「うん?」
「何が可笑しいの?」
 バーンの向かい側の席にチョコンと座る。
「シャーロキアンが私を褒め契るものだから可笑しくて」
「シャーロキアンってバーンの知り合い?」
「ジュゲー続き〜」
 外で青いレイキャシールが呼んでいる。
 レイキャシールにしてはやけに小さい。ジュゲと同じぐらいか。
「ちょっと待ってーすぐいくー」
 イスの上に立ち上がって、手を大袈裟と言えるほどに振る。
 バーンもジュゲの横から顔を出し、笑顔で小さく手を振った。
 レイキャシールは二人に手を振りかえすと、納得したのか一人遊びに興じだす。
「んで、知り合い?」
 好奇心の塊がバーンより大きな瞳で見つめる。とても可愛い顔をしている。
「んーん、私達がお世話になっているこの宿の名前よ」
「え?そんな名前だっけ。・・・あれ。バーンこのボロ宿とお話出来るの?」
「なんとなくそう感じるのよ。くすぐったくて暖かい加護をね」
「っへーすっごいなーバーンって、なんでも出来るんだー。ねーねー私のことなんて言っているかなー」
 子供のような無邪気な笑顔で、テーブルの上をほふく前進し、詰め寄る。
「んーそーねー」
 バーンは目をつむると、両手の人差し指を眉間にあて、クビを左右にふると大袈裟に口をへの字に曲げた。
「可愛くて、とても愛らしいゾヨ・・・だって」
「キャッハッハッ。ゾヨだっておじーさんみたい。おっかしーの」
 テーブルをバンバン叩き、足をバタバタ。
「でも、お店や宿をあまり壊さないで、だってさ」
「えーだって、あいつらが悪いんだよーバーンにちょっかい出すから。最近は静かだけど前なんか復讐だーだなんてあんなに大勢で押し寄せやがってさー。卑怯だよヤツラ!傭兵だったら味方に撃たれるちゅーの」
 テーブルの上に正座をしふくれっ面をする彼女はなんとも愛らしかった。
「でも、やる時は外でね」
 そう言って笑顔を向けるバーン。
「はーい」
 両手を上げ笑った。
「ジュゲーまだー」
「あ、ごめん。今行くー」
 そう言ってテーブルから飛び降り、外のレイキャシールのところへ向かう。
 二人は輪になったゴムひもをつかってしきりに足を動かす。
 バーンが教えた母星の懐かしい遊びだ。
 
 笑顔だったバーンの表情が正面を向いたまま変った。
「ヒメ」
 背後とも上空とも特定出来ない、近くて遠いところから微かに聞こえる声。
 何時の間にかバーンの背後には土色をしたヒューキャストが直立している。
「どうです」
 前を見据えたままその声に応える。
「姫の仰るとおりでした。連中は月の町で何か始めるつもりです。シュネ、そしてザイアンと幹部クラスを数名補足しました。まさか既に復活の準備は完了しているのでは・・・」
「ありえません。まだまだソウルは不足しているはず。・・・ひょっとしたら、あの町そっくりニエにしようと考えているのかもしれませんね」
「まさか!」
「あの者達なら造作も無いこと。月の町なら強いソウルを得るのに手っ取り早い。しかもその後もよろしい」
「しかしあの者達とはいえ今その存在を知られては身動きできないかと。復活の兆しありとなったらあらゆる星団から全勢力が向かうはず。そうなればいくらあの者達といえど・・・」
「果たしてそうかしら。どこの国の人々も自分のことだけでせー一杯よ。COOLZも気づいているでしょう。この期に及んであちこちで愚かな画策が進んでいることを」
「御意」
「それこそまさにあの者達の望むところでしょうに。愚かの一言に尽きます。皆に出来ることは、滅するその瞬間に己の愚かさを嘆き悲しむことぐらいしかないのではありませんか」
「姫・・・」
「私は酷い王です。希望なき荒れた国土の再建の時こそ民は我を必要としているに違いないのに。それを知った上で自らのエゴで飛び出すとは。こうして言っている私こそ愚か者の一言に尽きます。正直なところ、現に今も月の町などどうでもいいと考えてすらいます。私が心底心配しているのは、月の町が落ちれば姉の魂は一層遠のいてしまう。ただ、それだけしか心にないのですから」
「私とて関係ありませぬ。私は姫に使えるもの。私にとって世界とは姫おんの身。ただ、出すぎたことを言わせて頂ければ、姫とあの王宮はどこよりも健康に思えるのです。そして尊いと・・・。あの国はきっと大丈夫です。銀河が滅んでも国は残ると確信しております。それに姫がいなくとも、ミモレットにアスラ、近頃ではバニラ博士もおりますゆえ」
「ふふ。あなたは優しいのですね」
 そう言ってゴム遊びに興じるジュゲを見つめる。
「私の本意を知ったらあの子は悲しむでしょうに」
 二人は幼子のようにキャッキャとはしゃぎ遊びに夢中になっている。
「いいえ。ジュゲならわかるでしょう。彼女こそ姫の最大の理解者であり、賛美者であるわけですから」
「なら、もっと仲良くなさい」
 バーンは肘で背後のクールズを軽くこづく。
「あっはっはっは。それとことれは別問題ですよ姫」
 とてもいい天気だった。
 空気は適度に湿り気を持ち。この荒れた大地に陽炎が立ち上がる。
「では、そろそろ」
「御意」
 バーンがすっくと立ち上がると、背後にいたはずのクールズは既に消えていた。
「シュネ・・・そうですか。まだ生きていたのですか」


「イヤですぅー!」「いやですっ!」
シャーロキアンに轟く二つの声。
一人は、幼子のような小さい青いレイキャシール。
もう一人は対照的に、烈火のごときハンタースーツを身にまとった長身でブロンドのニューマン。春流人とエルディナだ。
「絶対にイヤですぅーーっ!」「絶対にイヤッ!」
二人が見つめるのはバーンフォスター。
ロッキングチェーを小さく揺すりながら、本を読んでいる。
「ちょ、ちょっと待ってって。二人とも」
バーンの右側でオロオロしているのは小さなニューマン。
トラジマビキニにトラジマパンツ。まるで子鬼のようなジュゲ。
「バーン思うんだけど、二人に選ばせてやったらどうかなー」
「駄目だ」
 間髪いれずに釘をさすのは、バーンの左にいるドロイド、クールズ。
「クール!ちょっと喋らんといて!話がややこしくなるから」
「選択肢はない」
「だーかーらー喋らんといってってー・・・もー・・・ウキーッ」
 自分の頭をかきむしり地団駄を踏む。
「行きたい。一緒に行きたいっ!」「行きます!どこまでもついていきます!」
「ちょっと、ねーちゃんハンターやろ。ハンターどーすんのよ」
「辞める!」
「ちょっと待ってって・・・」
 ポンとバーンが本を閉じた。
 そしてゆっくり立ち上がる。
 ただ、それだけで全員が静かになった。
 威圧感ではない。畏怖感でもない。
 王のオーラ。
 血でしかなしえない存在感がそうさせる。
 バーンは笑顔で、エルディナを見た。
「春流人をよろしく頼みます」
「ヒ、ヒメ・・・」
 見詰め合う二人。
 エルディナは今にも泣きそうなのか目に一杯の涙を浮かべている。身体が小刻みに震えおり、それはこの別れが避けられないことであることを気づいているかのようだ。
 腕を組みそんな二人を静かに見守るクールズ。
「春流人」
 隣のレイキャシールを見つめる。
 我が子を見るような暖かい視線。同じ目線にしゃがむ。
「いい子にしているのよ」
 春は身体がキッと硬直し、足をむず痒そうにスリスリ動いているが言葉がない。
 鼻をすするような機械音をたてている。
 すっと、立ち上がるとジュゲに目線をうつす。
「ジュゲ、後は頼みました」
 その言葉だけ残すとテラスのカウンターへ向かう。
 あっと言う間に人の輪が出来て、別れを惜しんでかカウンターのマスターは涙を拭っている。そこへ数人の宿泊客とも職員ともつかぬ者達がかけよりバーンに話しかけていた。
 恐らくこの一ヶ月の滞在で親しくなった者達だろう。中には拝んでいる者も。
 
 向かいの店の屋根上でその様子を見つめる黒い眼差し。
 その眼光が微かに光る。
「何か御用かな」
 背後から声がし、はっと振り返る。
 そこにはさっきまで目線の先にいたクールズが腕組みをしたまま仁王立ちになっていた。
 閃光がまたたき、消えた。
 遙か遠くを見つめるクールズ。
「尖兵がもうきおったか。つけられていたとも思えんが・・・。まあよい」
 目線をシャーロキアンのテラスに向けると、そこではその場にへたりこんで泣き叫ぶ二人を必死に慰めようとするジュゲの姿があった。
「あっはっはっは、難儀よのー・・・あいたっ」
 クールズの頭にイスが直撃。
 見るとジュゲがこっちを見てわめき散らしている。
 最後にアカンベーをするのが見えた。
「オ・ノ・レというヤツわーっ!」
 
 遂に動き出した。 

BACK     SIDE STORY MENU     NEXT