BURN.FOSTER

---SIDE STORY---

#10.「朱音

更新:2006/03/06

著作:ドーラ

 

 地の底から響く一定感覚の微震動。
 行き場を探している敵意。
 纏わりつく憎悪。
 それを無視する私。
 いつものことだ。
(聞こえる)
 震動により発生している超低音が、鼓膜をグイグイと押さえつける。三半規管は悲鳴をあげ、嘔吐に似た感覚が胸を襲う。鋼鉄の爪をたてた猫が、金属の板を休み無く引っ掻いているような音がする。さらに超重量の金属の塊がひしめきあい互いに身を磨りあっている音も混じった。聞こえたというより・・脳に響いたと言った方が多少正確かもしれない。
(気分が悪い)
 空間にその音源を見出そうとしても、何も見えない。視界ゼロの暗黒が広がっているだけだ。私は暗黒の海に身体を浮かべ、そのまま委ねた。身体はフワフワと無重力空間を彷徨っているかのよう動いた。肌にからむ感覚からすると、濃密度の空気をもつ空間の中を漂っているといえた。身体にからみつく空気が肉体的自由を奪う。それなのにまるで皮膚感覚がない。臭いもしない。奇妙な空間だ。いつも通りの景色、いつも通りの夢界。
(ん・・何だ?)
 暗黒空間を自由自在に泳ぐ存在を感じた。ソレは私の周囲を回っているようだ。伝わってくる圧力からは巨大な魚をイメージさせたが、その泳ぐ速度はむしろ小魚を連想させる。互いの距離が徐々に狭まっているのがわかった。
 ソレは手を伸ばせば届きそうな位置まで近づくと、回るのを止めた。見るとはなしにソレに目を向ける。だが何も見えない。見えないがその空間の密度が違っているのはわかる。それはとてつもなく大きいものだった。この空間で大きさを測るのは無意味なことかもしれないが、まるで小人と巨人ほどに自分と異なることはわかった。ソレは私の正面に向かい、何かを待っている。
「ようやく会えましたね」
 私は言葉を発したが、暗闇に吸い込まれ音にはならなかった。でもソレには明らかに届いていることはわかる。ソレは私に意思のエネルギーを向けた。それを私は”殺意”ととった。その殺意はあまりに唐突で、殺意が今そこで生まれたといってもいい。無から突拍子もなく殺意が生まれたのだ。
「死してなお・・自由にはなれぬと申すのか」
 ソレの殺意が爆発的に増し、同時に暗闇に形らしきものが形成され出した。
 私は手を伸ばす。
 すると、ソレは急速に形を失い、またしても暗黒の海に溶け込んだ。
「今なお何を恐れるというのだ・・・」
 遠ざかる感覚。
 遠ざかる音。
 徐々に弱まる震動。

 感覚が戻ってきた。
 
 
 
「ひめ、姫・・・」
 私は目を開けた。
 崩落しそうな古びた天井に、意味もなく回る巨大なシャンデリアが見える。徐々に街の喧騒も聞こえてきた。ゆっくりと上体を起す。
「遅くなりましたね、クールズ」
 機械仕掛けの冷たい手がそっと私に手を差し出しす。その手をとり、ベットの縁に腰を下ろす。振り返った私の目に映ったのは、闇夜に映える電灯の灯りと、猥雑な商店街。深夜をまわっているだろうに、街はまるで昼のような活気を呈している。
「なんといいましたか」
「ミンスク建国祭というようです」
 闇の中からクールズが姿を現した。
「どのような祭ですか」
「ミンスクの建国祭は、衛星バズワースが特定の距離に近づいた際に行われます。特定距離に近づいた時、ミンスクにフォースパワーが注がれ満ち溢れるといいます。生体能力が一時的に上昇し、例えば怪我のある者は治癒され、力のない者は力を得ることが出来るともいいます。凡そ1週間、バズワースの影響下にあり、その間は昼夜を問わず住人達による大騒ぎが繰り広げられます。それがミンスク建国祭だそうです。こんな辺ぴな場所に街が作られたのもそれが理由のようです」
「なるほど・・・」
 あちこちで火柱が上がっているのが見える。フォース達のパフォーマンスだろう。街中がフォースパワーに満ち溢れていた。壊れそうなホテルの窓辺に腰を下ろし、天空を眺めた。夜風が心地よい。
「姫、いかがなされますか。今回の件、時期が悪すぎます。やはり一度本国にお戻りになられた方が懸命かと存じますが」
「いえ逆ですよクールズ。これを逃してはチャンスはないでしょう」
「でしたらジュゲはどうされますか。今のうちに・・・不確定要素は極力排除した方がよいかと思います」
「彼女の意思に任せましょう。ジュゲがいるいないで、この事態に変化はないでしょうから」
「しかしそれでは・・・、今のままではアヤツをどう扱っていいか、私も困惑しております」
「それに、私の楽しみを奪わないで」
「は?楽しみとは」
「フフフフ」
 ひとしきり笑ったかと思うと、バーンは真剣な面持ちで凝視した。
「必要なのはタイミングですクールズ。手を入れることが必ずしも良い結果につながるとは限りません。ジュゲが深淵まで我らのお供をし、その結果として私を恐れ、もしくは憎むのなら、それもまた仕方がないことです。結論を急いではいけませんよ。大きな仕事をするというのはそういうことなのです」
「姉上にくわえ、もしも・・・そう思うと私は」
「大丈夫よクールズ。ミモはいい子です。もしもの時は彼女がやってくれるでしょう」
「姫はあのような殺人鬼の亜人種を、そこまで信用されているのですか」
「彼女が殺人鬼なら・・・私や姉は一体・・・なんなんでしょうね」
「我らの主です。そして希望です」
 
 それっきり二人は黙り込んだ。
 オレンジ色に照らされた街に目を下ろし、バーンはこう呟く。
「朱音・・・懐かしい響きですね」 


 *

 
 朝から騒々しいのはバーン一行恒例の景色となっていた。
「嫌だ!」
「貴様の意見を聞いているのではない。これは命令だ」
「い・や・だ!絶対に離れない!」
 目の前で言い争う二人をよそに、バーンは朝食をとり終えると、身支度を整える。二人の押し問答は起きてからずっと続いていた。一通り準備が済むと、何も持たずに階下へ向かい、振り返らずに言った。
「参りましょう」
「御意・・・ジュゲ、ついて来るな」
 ジュゲは彼の足元をネズミのような俊敏さですり抜け、制止しようとする彼の手は空をきった。アカンベーをしたジュゲは当然のような顔をしてバーンを追った。
「ジュゲ!待たぬか!」
(拙者の気もしらんで)
 
 バーンフォスターとクールズ、そしてジュゲの3人は朱音の下へ向かっていた。特に約束を取り付けているわけではない。だがバーンにはわかっていた。彼女もまた自分を待っている。しかも今日、この時を。
「ジュゲを連れていって構わないのですか?」
「構いませんよ、行きたいというのであれば」
「行きたいどころか、待つ気はないようです」
 ジュゲに睨みつけるも、当の本人はどこふく風だ。
 やれやれという雰囲気で言うクールズを見て、バーンは笑みをもらした。
「では構いません」
「しかし・・・」
「遅かれ早かれわかることです」
 
 三人は祭りの続く商店街を抜け、観光ブロックであるミンスク銀座通りを通る。
 穏やかな表情のバーン。観光ブロックに入った段階で音も無く姿を消すクールズ。そして、いささかハシャギ過ぎにも見えるジュゲ。今朝の騒ぎが嘘のようだ。
 古色蒼然としたフォースタウンと異なりミンスク銀座通りは整理されていた。観光はミンスクの大きな収入源なので、観光ブロックだけではなく街の整理をも進めているのだろう。これらをみて観光客はさもミンスクを分かったような気になり満足して去っていく。そして「ミンスクは綺麗で幻想的でとてもよかったよ」と、ミンスク宣伝マンになりあちこちで吹聴する。
 そうした行為をみるにつけ、まがい物をつかまされて喜んでいるようにしかクールズには思えなかった。わかっている者というのはそれほど多くないものだ。
 この区画にいるのはヒューマーばかり。そもそもニューマンには観光を楽しむという感覚そのものが希薄だ。凡そ無駄ととらえている。そういう点でもジュゲは珍しいといえた。彼女はさっきから店を覗いては大騒ぎ、バーンの元に戻ってはペチャペチャと騒がしく喋った。
「一つだけ言っておくわ」
 急にバーンは立ち止まった。
 先ほどまで子供のように落ち着きなく動いていたジュゲが、機敏に反応し彼女に走りよった。
「え、何?」
 バーンは立ったままジュゲを一瞥した。
「一言も喋っちゃだめよ」
「うん」
 ジュゲは大きな宝石のよう瞳をキラキラと煌かせ、バーンを一心に見つめた。
「質問や答えも一切なし」
「うん」
「特に名前を呼ばれても反応しないで。いい?」
 ”反応”という部分を強調している。ジュゲはどこか得体の知れないものを感じた。
「約束する」
「いい子ね」
 バーンはジュゲの頭に手をかざし、再び歩き出した。
 
 その光景を見てもクールズの疑念は消えなかった。
 事実を知っても姫の傍にいたいと言うだろうか。
(人の心ほど解せぬものはない・・ましてこやつはニューマンとしては特異すぎる)
 クールズはジュゲを通し、ニューマンであっても解せぬものであることを肌身にしてみて理解していた。
(もしもの時は、それもまたサダメか・・・)
 バーンの言う通り、朱音は身を隠すどころか盛大に三人を迎えた。
 
 ミンスク官邸の門前よりセンサーを張り巡らせていたクールズは、セキュリティーや戦力を既に掌握していた。だが、人間で言う不安、不確定事項が消えることがなかった。これらの総戦力は特に際立ったものではない。これがバーンフォスターを、姫を迎える体制とは到底思えないからだ。「戦力が軽微すぎる」そう感じていた。故に何らかの策略を暗に示唆していると彼は考た。
 官邸内の応接室に通されたことでクールズの疑念は一層深まった。対フォース用と思われる部屋があるにも関わらず、そこには通されなかったからだ。応接室は公式のデータと座標も一致している。疑わしい点はない。フェイクではないだろう。
(朱音め、何を考えている・・・)
 朱音は大の大人が3人は座れそうな黒の革張りのソファーにポツンと座っていた。子供のような少女には似合わない、なんとも摩訶不思議な光景といえた。彼女は真っ白な肌をし、背はとても低く、ジュゲと比べても変らないぐらい小さい。昔とかわらなず、寒冷地仕様の肉厚でボテっとした濃紺のフォマールスーツを身に纏っている。この地で見ると相応しい出で立ちとは言い難いだろう。
 バーンは向かい側の同じソファーに一人腰をかけ、私とジュゲは両脇に立った。二人とも素手だ。入室の際に武器を没収されたのではない。元から持ってきてはいないのだ。バーンの指示だった。
 ジュゲは予想以上に落ち着いていた。その点はホッとしている。朱音を前にして普通でいられる者は多くはないからだ。アヤツを前にしてなんの動揺も示さないニューマンをはじめて見た。
(ジュゲのやつ、よく冷静で立っていられるな)
 そんな彼の思考を見通したように少女は口を挟んだ。
「相変わらずお付の方はお忙しいようで・・」
 朱音は、か細い声を漏らした。うっかりすると聞き逃してしまいそうな弱々しい声だ。
「下らないお遊びを始めたようだな」
 腕組みをし、クールズは威圧した。
「相変わらずお付の方はお口が悪いようで・・。私は姫様をただの一度も裏切ったことなどありませんよ」
「何を言うか裏切り者が」
 それまで身じろぎもせずテーブルに視線を落としていたバーンが口を開いた。
「久しぶりですね朱音。元気そうで何よりです」
 顔を上げ、朱音に目線を合わせた。そして右手を差し出す。朱音はまるでそれまでのふてぶてしい態度が虚勢であったかのように表情を崩し、ふっくらしたソファーと格闘しながら小さな身体をもたげ、テーブルに上り跪くと、差し出された右手に両手をそえ、口づけをした。
「光栄でです。お会いしたかった・・・」
 その手と声は振るえていた。
「お姉さんはお元気ですか」
「はい。ご承知のように」
 深々と一礼し、後ずさると彼女は再びソファーにうずもれる。
 
「アレはいつ息を吹き返すのですか」
「わかりません。すっかりヒューマー共に手なずけらてしまったようで・・・」
「見え透いた嘘を言うな。手なずけられるわけがなかろう」
「彼の言うとおりですね。手にしたはいいが、手を焼いていると」
「さすが姫様、察しがよろしいようで・・・」
「貴様が姫様と言うな!」
 一呼吸をおくと、彼女は囁くような声でブツブツと吐露しだした。
「・・・手っ取り早くミンスクをニエにと考えたのですが、なかなか犬共を追い払えなくて、私も苦労してます」
 ニコリと微笑む。
「いつものようにすればよかろうが」
「お付の方は相変わらず乱暴ですね。灰にしてしまえばニエがいなくなるではありませぬか」
「ミンスクをニエにするのですね」
「その予定です」
「では、しばらくここに留まることに致しましょう」
「その必要はございません。その時はいの一番にご招待いたしますがゆえ」
「そうですか・・・でしたら期待してます」
 バーンはここへ来て初めて朱音に向かって微笑んだ。
 
 その時ジュゲは、こんなに長い時間笑みを見せないバーンを初めて見た。そう思っていた。彼女なりに話の内容を理解しようとしたが、さっぱりわからない。ただ、バーンのお姉さんのことは聞いている。本物のバーン・フォースター。バーンの星の皇后であり皇帝であり、鬼姫様。そして唯一の血族、お姉さん。
 そうだ、バーンはバーンであってバーンじゃないんだ。本名はスカリー・フォスターと言っていた。バーンは星を助ける為、鬼姫になりかわり国民を支えている。そしてお姉さんを助ける為の旅だと。

「あっはっはっはっは。実際笑うだろうよ、なぁフォースター」
 それまで聞こえていたか細い声はなりを潜め、しゃがれた老婆のような声が部屋に響いた。すると朱音は腹をかかえ両足でジタバタと激しくソファーを蹴り笑いだした。
「笑うだろフォースター。ガス欠なんだよダークファルスが。じっさい消えそうなんだよ。長い間遺産に閉じ込められていたからかね。さすがにかっさらった時は驚いたよ。まさかダークファルスが消えそうとはな。すぐに使えると思ったが、とんだ思い違いだった。今じゃヤツの子守役だよ私は。ヒューマーどもめ、扱い方はわかっていないようだが、うまい具合に押さえ込んだもんだ。あいつらの科学もここ百年でバカなりに進歩しているようだ」
 ジュゲは目を丸くした。
「久しぶりですね」
 バーンは動揺もなく朱音を見ている。
「久しぶりだなフォースター」
 彼女は上体を起すと、さっきとは違った目つきでバーンを嘗め回すように見た。その表情はまるで別人だ。
「ムフー。いい男は女になっても景色がいいな。チチもなかなかにデカイ。あっちは女になってから一度ぐらいは使ったのか?あははははははは、実際会いたかったぞ」
「それ以上の無礼は見逃せんぞ、朱音」
「わーった、わーってるってクールズ。硬いこと言うなぁ、昔の馴染みだろうがぁ」
「ほざけ」
「まぁいい。とにかく連絡はする。惚れた女の弱みってやつだ」
 そう言って、モゾモゾとソファーの上に立ち上がると、再び値踏みするようにバーンを見つめる。
「それにしてもいい景色だぞー」 
 
 極短い会話に複雑なやりとりがされていることをジュゲは気づいていた。時折向けられる視線に探るような触手が伸びる感覚に気づいた。それは今まで味わったことのない感触だった。傭兵を通し、様々な相手と対峙し、想像を絶する局面を生き抜いてきた彼女だったが、朱音という少女から受ける感覚は全く経験が無かった。足元から忍び寄る感覚といえばいいのだろうか。足元から血がすぅーっと抜け、凍りつくような感覚と言えばいいのだろうか。なんとも言えない居心地の悪さを感じている。でも、それらから守られている自分も同時に感じた。ジュゲはきっとバーンに違いない、そう思った。バーンが包んでくれている。そうに違いないと。
 クールズもいつもと様子が違う。やたら落ち着きが無く、いつもと違い好戦的な会話をする。何よりウダウダとやけにお喋りだ。そういう手順を踏むヤツとは思っていなかった。ヤル時は音もなくヤル。能書きは一切言わない。忠告は一言。それが彼だと思っていた。それなのに、まるで遠吠えのような虚勢とも言える発言を繰り返している。この少女の方がどっしりと構え、余裕にみえた。恐れている?まさか、クールズが。様々なドロイドを見てきたが、クールズほど強いドロイドは見たことが無い。負ける気はしないが、勝てる気もしなかった。バトルドロイドというのは機械そのものだ。種がバレレば物の数ではない。アイデンティティの確率した自立ドロイドも相当数見てきたが、彼のようなタイプはいまだ嘗て見たことがない。
 ジュゲはバーンと出あった頃を思い出した。あの頃の自分は荒んでいた。孤独だった。憎しみが生きる原動力だった。日々、ニューマンの地雷に怯え、それでも虚勢を張り、誰とも心を通わさず、言葉を交わさず・・・。舐めたことを言うヤツが入れば、間髪いれず徹底的に捻じ伏せた。気づけばヒューマーハンターと恐れられ、畏怖と憎しみのシャワーを快感と思い込んでいた。
 バーンを一目見た時、身体が凍りついた。こんな人が、こんな存在が同じ時を生きているのかって。宿の主人が自分を指差し、バーンが私を見た。私はなぜか、これからこの人とずっと一緒だ。そう思った。何があろうとずっと一緒だと。自分は、この人に出会う為に生きてきた。そう感じた。
 だからいいんだ。バーンが何をしているかわからなくても、私は一緒にいるだけでいい。生きている、そう実感できた。だから私は着いて行く。来るなと言われようと。その先に何があろうと、一生ついていく。生きている限り絶対に離れない。
「ジュゲ、ジューゲ」
「ん?なに」
「このお団子〜美味しいわよ〜。チョコミルク味だって」
 団子を4本も手にもったバーンが嬉しそうに自分を呼んだ。
「バーンは団子好きだね」
「フフフ〜大好き」
「アハハハハハ、俺も大好きだよ」
「こっちいらっしゃい。ドロイドとヒューマーのコメディショーも面白いわよ」
 ジュゲの手を引いて人ごみに割っては入っていく。クールズは、その様子をビルの上から眺めていた。彼の心配をよそに、ジュゲは最後まで一言も喋らなかった。その点では安心している。今回の件は何も説明してはいない。普段のアヤツなら”なぜだ?””なにがだ?””どうしてだ?”と根掘り葉掘り聞きたがる。我々にいちいち説明する時間はなく、また説明したところで到底理解出来る範疇の話ではないであろう。いくらジュゲが並々ならぬ戦いを潜り抜けてきたのであろうと、それは一般的な次元での話しだ。我々とは住む世界が違う。それを理解する頃にはアヤツの命はないであろう。これ以上、姫様の心を惑わすようなことがあっては困るからな。民は姫様をお待ちなのだ。

 朱音は危険な少女だ。その姿からは想像も出来ない危険な女。ダークフォースとしての恐ろしさもさることながら朱音はまた特別だった。ダブルソウルの持ち主で姉と妹の魂が一つの肉体を共有している。姉は好戦的でダークフォースそのもの。それに比べ妹は気の弱い性格だった。だが、妹側には口寄せの能力があり、それを恐れてジュゲに喋らせなかった。なにせ妹は姉に従順だ。姉がジュゲに興味を惹くようなことがあれば、彼女はその心を抑えようとはしないだろう。例え姫のお付とわかっていても。欲しいものは手にする。気に入らないものは破壊する。話し合いの通じる相手ではない。
(アヤツほど何を考えているのかわからぬ者もおらぬな)
 朱音が王宮を去った時のことを思い出す。

「何故貴様がダークファルスを復活させようとする」
「スカリー様を愛しているから・・・」
「ならば未来永劫仕えよ。それでよいではないか」
「違う、皆わかっていない!このままではスカリー様が可愛そう過ぎる。スカ様の魂を開放して差し上げることが、それが幸せなんです。それがスカ様の望みなんです。本心なんです!」
「・・・スカリー様がそう申したのか」
「いえ、でもわかるんです私には。スカ様はもう嫌なんです全てが。全てを捨てたいんです。だから、だから私が、スカ様を愛しているから」
「理屈に適わぬ!」
「わかりませんか?スカ様のはちきれそうな心が、私はスカ様を愛してます。命もいりません。全てが済んでから処分は受けます。ただ、今は、もう助けたいんです」
「処分を受ける頃には、スカ様はこの世にはおらぬということであろう」
「それが望みなんです」
「嘘を言うな」
「私にはわかるんです」
「裏切り者が・・・」
「裏切ってなぞおりません。私は、私は全てをスカリー様に捧げております。今もそしてこれからも」
「話にならん!明白な反逆罪だ」
「誰に怨まれてもいい、でもスカ様はそれが望みなんです。私はスカ様を救いたい。スカ様の心を、魂を開放したい、ただそれだけなんです!」
「ほざけ!」

 その日、朱音は王宮を去った。一時的に力を取り戻したダークファルスは鬼姫、バーン・フォスター様をとらえ朱音とともに姿を消した。数人のダークフォースを連れ。それは侵略者から国を守りきった翌日の出来事だった。
(なんの因果か、まさかヒューマー共の世界へ再び足を踏み入れることになるとは・・・。永久の別れと思っていたが・・・。神はどこまでお二人に追い詰めれば気が済むのか。)
「これも姫様の仰る、定めなのか」
 ミンスクにダークファルスの影が舞い降りようとしていた。
 

 

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