BURN.FOSTER

---SIDE STORY---

#4.「青き心-エピーソードプラス

W

 

○「おとーさん。めたりっく〜☆」
 トテテテテ。
 今朝も陽気な春流人の声とその足音が室内に響く。あっちの部屋からこっちの部屋と人間のようにキョロキョロ見回し小走りに歩く。もはや朝の風物詩と言ってもいい。クールズを探しているのだ。電子頭脳に一部障害があるのか、センサーを正常に動作させられないのか、あれから何度か調べてみたがわからなかった。全てのセンサーは正常。電子時脳も同じだ。しかし、春流人はセンサーを使わず人間のように探す。言語機能にも異常はないのに、あの言葉を繰り返す。
「めたりっく〜☆」
 バーンにとっては始めてのケース。それだけに興味深い。事実上封印されている記憶野30%に秘密があるのは明白だった。あれから、何度か暇をみては調べてみたがあの記憶野30%を圧縮しているソフトは、市販のソフトではないらしいということはわかった。しかし、それ以上は何もわからない。
「ま、なるようにまかせるしかなさそうね。」
 春流人は一日の大半をクールズを探すか、クールズの後をチョコマカとついて回ることに費やした。当初、クールズは逃げ回っていたが、来る日も来る日も纏わりつく春流人に何かを学習したのか、ここ数日はわざと見つかるように目立つところにいる日が多くなった。定位置は姫の部屋だ。クールズはジュゲに護衛の為に姫の傍にいるんだと言い訳をジュゲに言ってた。姫の部屋であれば姫が助け舟を出してくれるのを承知の上での行為だった。朝食の後、いつもなら真っ直ぐこの部屋にくる春流人だったが、今朝はまだ来ていない。クールズもどこか所在なげで落ち着きが無い。
 
 その頃、春流人はジュゲの部屋いた。ベッドの脇にある一人用の小さなテーブルの上にちょこんと座っている。ジュゲは椅子の反対側から座り、春流人の両手を握っている。どうやら、姫の部屋に行く寸前の春流人を捕まえて連れて来たようだ。
「春ちゃん、あたい思うんだけどさー。クールを、お父さんって呼ぶのはどうかな〜と思うよ。」
 首を傾げる春流人。
「そうねー、どっちかってーと“とーちゃん”か“おやじー”じゃないかな。」
 悪戯な笑顔を見せわざとらしくひょうきんに言う。
「とーちゃん?」
 不思議そうな顔をする。したり顔なのはジュゲ。
「そうそうー、それと“おやじー”。」
 こうなるとジュゲの悪戯は止まらない。
「お・や・じ?」
「クックックッ、そうそう。いいよー、クールも感激しちゃうね。間違いないよ。」
 笑いを堪えきれずについぞもれる。
「うーん・・・とーちゃん♪」
 何か得たりといった風情の笑顔で春流人が言った。
 目を丸くして、もはや可笑しくでジュゲは限界だった。
「あーっはっはっは、それにしな。その方が喜ぶよ。あーっはっはっは、あー腹いてー。あーはっはっは。あー助けてー誰か助けて。」
 テーブルをバシバシとたたき笑うジュゲを楽しそうに見つめる春流人。
「フフフ。とーちゃん♪めたりっく〜☆」
「そうそう。もっと言ってもっと・・・クックック。あー・・・ハアハア。死んでまう〜。もうー自分でレスタかけちゃう。」
 その時だ。
 バンッ!
 激しい衝撃と同時に扉が勢いよく開いた。ミシミシと部屋がきしむ。レスタを真剣にかけようとしていたのを止めジュゲは振り返る。そこにいたのは仁王立ちになったクールズだ。逆光なので黄色く光る眼だけがハッキリみてとれる。そして、右手には抜き身の愛刀オロチアギトが。
「あっちゃ〜。」
 思わず天を仰ぐジュゲ。
「ほほう・・・助けがいるそうだな・・・。」
 いつも以上に低い声、そしてドロイドなのにどこか眼が据わって見える。
「えーと、もう平気平気。うん平気だよ。ぬふふふ・・・。」
 手を正面でクロスして背一杯ブリッコポーズをとる。
「否!助けが必要だ・・・闇に滅する助けがな・・・。」
 クールズの音声で部屋がビリビリツと響く。
 チャキッ。
 峰打ちではなく諸刃に構える。
「あのー・・・聞いていたのかな〜・・・てへへ。」
 小声でかえす。
「御意・・・」
「立ち聞きはイケナイんだぞ〜・・・」
 もはや消え入るような声だったがクールズにはしかと聞こえていた。
「ほほ〜・・・」
 ギョッするジュゲ。じり・・じり・・・と摺足でクールズがにじり寄ってくる。わずかに2m、完全に間合いに入った。
 一瞬の沈黙。
 まずいと思った瞬間、ジュゲは春流人を跳び越し彼女の背中にまわる。
「春ちゃん助けてー!おとーちゃんがいじめるーっつ!!」
 これまたわざとらしく「おとーちゃん」を強調してこれ見よがしに言ってみせた。それまで、ニコニコと二人のやりとりを見ていた春流人の正目面には、アギトを振りかぶったクールズが。不意をつかれ思わず硬直してしまう。
「・・・おとーちゃん、ジュゲちゃんを苛めちゃ駄目!」
 子供が親をいなすようなむくれた顔でクールズを真っ直ぐにみつめる。
 あまりにも意表をつかれたクールズは、振り上げたアギトを下ろすに下ろせず、絶句するしかない。
「あ・・・あのだな。あの・・・拙者は・・・。」
 笑いが止まらないジュゲ。春流人の背中にぴたりと寄り添いながら必死に堪えているがどうにも堪えきれない。やはり人生経験からいってもジュゲが一枚上手のようだった。
「クッツクッツクッツ。そうでしょ〜、春のおとーちゃんはそんなことする人じゃないよね〜。」
 笑いを堪えながらも相変わらずあくまでわざとらしく、そして悪戯っぽく言ってみせた。
「ふぐっ・・・ジュゲ〜・・・オノレわー・・・」
 まんまとハメラレたクールズは怒りで小刻みに身体が震える。普段と違い、アギトのチキチキという震えからくる音が今日ばかりは滑稽に聞こえた。
「いやーん、春ちゃんのおとーちゃんこわーい!」
 これまたおうぎょうにヒシと春流人にしがみつき、こぶしすら利かせて言った。
「おとーちゃん、メーッ!」
「否!春・・・そうじゃなくて・・・。」
 春流人にいなされ思わずアギトを下ろした一瞬の隙を逃さず、後ろの窓を明け放ち外に出るジュゲ。まさに早業だ。そして、開いた窓の窓枠に顎を置いた。
「おとーちゃん、メッ!でしょ。あははははははー」
 そう言うと間髪いれずに脱兎のごとく走り去る。
「あ!おのれジュゲ。逃げるかー!勝負だ、勝負いたせー!!」
 すかさず窓に寄るも、もはやジュゲは遠くを走っており彼女の笑い声だけが微かに聞こえるだけだった。
「とーちゃん♪めたりっく〜☆」
 そう言うと、いつものように春流人はその小さな右手でクールズの左手をヒシッと握る。
「あのな、春・・・拙者は、断じてお父ちゃんではないんだが・・・あぁ。」
 力なくうなだれるクールに、春のどこまでも陽気な声と真っ直ぐに見つめる目線が向いていた。
「めたりっく〜☆」
 姫はそんなやりとりを聞き、自室で本を読みながらほほえむ。
「これで丁度10勝0敗かな。ジュゲの圧勝ね。ふふふ。」

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