BURN.FOSTER

---SIDE STORY---

#3.「青き心」

V

 

○「なんてことだ・・・。」
 クールズの拳が軋む。その眼下にはまたしても見たくない光景が広がっていた。それは戦場に散ったドロイド達の無残な残骸だ。ドロイドの自爆という卑劣な行為の後だというのがクールズの分析からわかった。戦場ではしばしばそういう行為が繰り返される。別に珍しいことではなかったが、その度にあまりの理不尽な行為に怒りで震えた。その惨状に足を止めているクールズの肩にそっと手を添えたのはバーンだ。
「先に行ってるわ。」
「かたじけない・・・。」
 こういった戦場を見る度にこう言い聞かせた。「仕方がないのかもしれない、戦争だ。仕方がない。そう仕方がない・・・。」しかし、そこの残骸を見る限りは明らかに初めから自爆させる為に用意した兵隊であることがわかる。力なく残骸に膝をつく。日が落ちかけていた。
「泣いてんじゃーねーぞクール。いくぞー。」
 そう言ってバーンの後を走って追うのはジュゲだ。フロウエンの大剣を背負い、威勢良く小走りに走る。クールズの痛みはジュゲにも痛いほどわかっているのでそれ以上は何も言わない。ニューマンの扱いも非常に酷似していたからだ。
「かたじけない・・・。」
しばらく、力なく立ち上がった。そして、残骸の海を歩きだすクールズ。彼はこうした戦場では必ずまだ生きているメモリがないか探すのが習慣となっていた。そして、それをいつか再生させるのが夢であった。
「ないか・・・。ん?」
 諦めかけていたクールズのセンサーに、システムが再起動する時に発生する微弱な周波数を感知した。
「この先か・・・。」
 瓦礫となった建物の裏側にその反応はあった。
「青いキャシール・・・システムが生きている!」
 反応のあったそれは辛うじてメタリックブルーのレイキャシールと見てとれた。下半身は完全に吹き飛び跡形もなくなっている。上体にしても胸部が裂け、右半分は欠如。かろうじて左半分が残っていた。その左半分すら腕は上腕部のみかろうじて残っている程度で無残なもの。その左半分に予備電源があり、幸いにもそれが生きていた。頭部は激しく痛んでいたが辛うじてシステムが緊急モードで再起動しようと残る力を必死にかたむけていた。
「頼む、起動してくれ!頼む!」
 上体をかかえ、慎重に緊急処置を施す。クールズが電源を供給しようにも外部電源口が完全に壊れており接続しようがなかった。それに、システムが再起動中にふいに状態変更をほどこすとそれが原因でシステムが二度と再起動しなくなることもある為、とりあえずのことしか出来ない。
「・・・emergency mode.system redy.sub battery remain 1min。」
「起動した!」
「めたりっく〜☆」
 起動と同時にビビッと動くと突然そのキャシールが喋った。しかし、微振動は収まり静まる。予備電源の残りが1分しかない。クールズは祈るような気持ちで頭部に外部接続し、メモリバックアップのコマンドを送った。
「back up・・・error. battery remain 50sec。」
「頼む!動いてくれ!」
 頭部を激しく打っている為か外部接続が思うようにいかない。苛立ちと焦りを露骨に表しながら再度試みた。クールズの分析ではこのタイプのキャシールで、どんなに高速なcpuでも全メモリもバックアップするのは20秒はかかると結果が出ていた。ましてや損傷具合から考えてこのきゃシールの電子頭脳なら40秒はかかると分析していた。
「back up・・・ready.」
「やった!」
「…10%.error. battery remain 40sec。」
「うおーーーーーっ!!」
 夕暮れの荒れた残骸の上でクールズの雄たけびだ轟いた。物理的に既にリミットは越えた。全メモリをバックアップ出来なければ正常に動作する可能性は極めて低く、ドロイドの高性能な電子頭脳が破損される恐れすらある。それでも、諦めきれなかった。ドロイドとしてはありない行為だったが命令を続けた。
「back up・・・ready. battery remain 30sec.All back up alert. Continue? [Yes/No]」
「yes!yesだー!!」
「back up start.・・・・・・・・. battery remain 20sec. back up 25%.」
「頼む・・・頼む・・・お願いだ。」
「battery remain 3・2・1.」
 カシャ。乾いた音ともにメモリがイジェクトされる。最後に記された数値から、完全にバックアップされたメモリは70%、このキャシール独自のソフトウエアによりバックアップされたメモリが30%を示していた。OSは機種により微妙に違う、それもソフトなら尚更違っていた。
「でも、動く。動く・・・動く筈だ。」
 ぐったりと肩を落とすクールズ。
 遠くからジュゲとバーンが必死に走ってくる。ジュゲにいたっては既に戦闘態勢ですらある。クールズが思わず発してしまった緊急コードを受信したのだろうと、頭の片隅で思いながら笑った。

 その後、宿に行く道中ずっとクールズはジュゲからこってりと絞られた。いつもなら対抗意識を燃やすクールズだったがその日は何故かジュゲのその言葉が温かく感じた。その二人の様子をバーンは黙って笑顔で見つめていた。その手にはすすけて濁り切った青のキャシールが抱えられていた。
 数日して、青のキャシールは起動する。
 

 

「めたりっく〜☆」
「うわっ、なんなんやコイツ。」
 テーブルの上に座した青のキャシールの声に思わずのけぞるジュゲ。
「めたりっく〜☆」
「駄目だよバーン。こいつおつむいっちゃてるよ。」
 そう言いながらもどこか嬉しそうなジュゲを尻目にバーンが笑顔を送る。
 失われた30%はどうにもならかった。ボディも元の戦闘タイプのボディが無く、背の低い鑑賞用のボディを元に、なるべく原型のボディを組み込んだ。こんな芸当が出来るのはマイスターたるバーンならではのことだ。
「残りの30%はこのままでは無理ね。この子のバックアップされた記憶からすると思ったより相当いいソフトつかってるわね。専用の解析機材がいるわ。重要な記憶は完全にそっちにバックアップされてるわ。この子がどこから来て、どうしてこうなったのか、マスターは誰だったのか、主なソフトはとか?全て情報もそっちにあるわ。70%は偽装に近いわね・・・。」
「めたりっく〜☆」
 聞き入っていたジュゲはその声にビククッと身体を揺する。自分よりわずかに背が低いそのキャシールに明らかに好感を持っているのが伺える。
「びっくりするな〜コイツ。ふふっつ。バーン、いいんじゃない。ほっといたらコイツ死んでたんだから、幸せだよ。コイツ一緒に行くんだろ。」
「そうねー。」
 ジュゲは明らかにこの闖入者を気に入っているようだった。まるで自分の兄弟を得たような喜びが伺えた。しかし、それを受け入れるどうかは別だ。バーンは迷っていた。ジュゲにどう話かを。それをクールズは痛いほど理解していた。
「おとうさん。」
 かすかに異なるトーンで青キャシはいった。
「え?なんだって。ねーなんて言ったの?」
 青キャシの顔をまじまじと見つめる。
「おとーさん。」
「おとーさん?ははっ、誰がー?あたい?あたいは女だよ。」
 ふるふると首を振るキャシール。そして、右手を上げ指をさした。その指先を目線で追うジュゲ。その指先にはクールズが。
「く、くーる、クールが!」

 眼を丸々と見開くジュゲ。
「うん、おとーさん。」

 確信を込めた感じにしっかりと首を縦に振り、クールズに笑顔をおくる。
「あーっはっはっは、この子最高!あーっはっはっはクールがパパだってさー。あー笑い死にするー。あーっはっはっは。」
 床を転げ回り必死にお腹を押さえて、足をバタつかせるジュゲ。あまりの衝撃に声すら出せないクールズ。クールズの顔をじっと見て微笑むバーン。
「うん、クールお父さん。」
次の発音はハッキリしていた。
「くーる、くーるが、あーっはっは、バーンお願いレスタ、レスタかけて、じゃないと死んでしまう、死んでまう。あーっはっは、くーるが、あーっはっはっは。助けてー死ぬる〜。」
「しょうがないわねー。」
 笑い転げるジュゲを抱きかかえる。それでも尚笑いが止まらない。
「ヒーヒー、くーるがくーるが、助けて助けてー。」
 バーンはジュゲを抱きかかえ、今だにどうしていいかわからずただ立ち尽くすクールズの横に立ち。そっと言った。
「後はよろしく、お・と・う・さん。」
 そういうと高らかに笑い、クールズを残し歩きだした。
「ひ、ひめー、ご冗談が過ぎますぞー。ちょっと、姫、姫、ちょっとお待ちください!」
ドア越しにバーンは振り返り笑顔を見せると、なおも笑が止まらないジュゲを抱えて部屋を後にした。
「クールおとーさん。めたりっく〜☆」
 ずさっと後ずさりするも、どうすることも出来ないクールズと、青キャシの幼く陽気な声だけが部屋にこだました。

 
 後に、その青のキャシールは春流人(ハリュウト)と銘銘される。

 

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