ZYUGE

---SIDE STORY---

#2.「トラウマ」

U

○コンコン。
 木製のドアを誰かがたたいている。
 コンコン。
 その音は力無くバーンの部屋に響いた。
 2度目は一層か弱い感じがする。
「はい、どなた。」
 こうした生活が長いせいだろう、熟睡中であったにもかかわらず既にバーンの意識は覚醒している。チラッと時計を見ると3時をまわっていた。右手にキコク製のアギトを握る。
「バーン・・・入っていい・・・。」
 普段の彼女とは別人のような陰鬱で沈痛なか細い声だ。微かに声が震えている。
「いらっしゃい・・・。」
 バーンは暖かい口調で言ったが、手にはアギトが握られている。ゆっくり状態を起こす。
 ギシ・・・。
 扉が開くと全裸のジュゲがうつむいて立っていた。自分の身の丈以上もある抱きマクラを右手に持ち、引きづっている。5m程度離れているにも関わらず、ジュゲの身体が小刻みに震えているのがわかる。
「さ・・・いらっしゃい。」
 バーンはジュゲの目に付かないようにさりげなく剣を置き、その手にシーツを持ちかえる。そしてシーツを掴み上げてベッドに招きいれた。たった今無理やり起こされたにもかかわらず何事もないかのように穏やかな表情をしている。
 ジュゲはようやく顔をあげ、上目づかいにバーンを見、ゆっくりゆっくりと歩み寄る。まるで、リハビリ中の患者のように、ゆっくりと一歩一歩と歩み寄っている。その間も身体はブルブルと震え、フラフラしている。
 ベッドの前で二人は目を合わせる。ジュゲはゆっくりとシーツの中に潜り込んだ。
 ばさ。
 右手に持っていた抱き枕が床に落ちる。ベットに潜ったジュゲはバーンにヒシと強く抱きつく。アザが残りそうなほどに強くバーンを抱きしめた。それでもまだ震えている。むしろ一層震えが増す。バーンは半身を起こしたまま、何食わぬ顔でその手をジュゲの背中がある辺りにおき、シーツの上から優しく何度も撫で上げた。
「眠れないのね・・・。」
「うん・・・。」
「大丈夫・・・。大丈夫よ・・・。私がいるから大丈夫・・・。」
「怖い、怖いよー・・・。」
 バーンはこれで何度か目だったので今では驚きはない。だが、初めのうちは何事かと、さすがのバーンもギョっとした。あれほど陽気で、強く、頭のきれるジュゲがこうなるとは全く予想もできなかったのだ。今でも詳しい理由はわからない。それは、ジュゲは過去の話を決してしないからだ。バーンはジュゲの過去を全くしらない。話さないということは、言いたくないのだろうと敢えて聞くこともなかった。ただ、ジュゲは心に何かの拭いがたいトラウマを抱えているのだろうと思っていた。しかも、それは想像を絶する経験からだろう。というのは、ニューマンはヒューマン以上に脳が発達しており、理論的で精神力が強い。だから、トラウマにまで至るということは普通考えられないことだった。事実、学会誌の発表で「ニューマンと精神障害について」というレポートを読んだことがあるが、記載すらされていなかった。その、ニューマンが、しかもジュゲこれほどまでに追い込まれるなんて。強く胸がいたんだ。
「眠れないの、怖くて眠れないの。わからないけど怖い。怖いの・・・。」
 少し震えが落ち着いてきた。少し軋んでいたアバラがようやく開放された感じだ。
「大丈夫、大丈夫よ。大丈夫・・・。」
 同じ口調でゆっくり、そして深く繰り返す。
「バーン・・・星のお話聞かせて。星のお話を聞きたい。」
 ようやくシーツから顔出し、バーンを一心に見つめる。それでも手はバーンを離さない。
「いいわよ。あれは何時だったかしらねー・・・。」
 こうしてジュゲが寝付くまでバーンにとって長い夜が続く。
 こうした夜が何度か繰り返された翌朝、ジュゲに相談したことがあった。
「ね、よかったら毎日一緒ねない?宿代も安く済むし。ふふ。」
 そして、その夜から一緒の部屋に寝ることになったが、それは思わぬ弊害をもたらした。それは、寝られないのだ。バーンではなく、ジュゲが。バーンは訓練も踏まえ浅い眠りでも平気なように身体が強制されているので平気だ。ジュゲもおそらくはそうだろ。しかし、数日してジュゲの異変に気付く。明らかに一睡もしていない風だった。
「眠れないの?」
 そう聞くが、ジュゲはただこう繰り返した。
「うーうん、寝てるよ。寝すぎて眠いんだよ。」
 そう言って笑った。しかし、それは明らかに違っていた。自分の部屋で寝てもいいからとバーンは薦めたが、それでもジュゲは聞かなかった。数日して、それは実害へと発展した。
 突発的な戦闘において、今まではありえないことにジュゲの大剣が、敵ではなく姫をかすめたのだ。幸い傷は浅く、バーンは自分で治癒させられるレベルだった。その後、ジュゲは何度も誤り倒したがクールズは許さなかった。
「姫、これでお分かりになったでしょう。この流れ者の同行は我々にとって不確定要素なのです。これ以上は危険です。」
 クールズの言うことは実に最もだった。
「まーまー、クールズ。私が平気だって言ってるんだからーいいじゃない。硬いわねー。」
 あくまで陽気にかえす。
「姫―!!・・・・わかりました。御意。」
 瞬間、ジュゲに向き直る。
「しかしジュゲ!今度このようなことがあったらわかってるな。敵とみなし、一刀のもとに切り伏せてくれる。それがせめてもの情けだ。」
「わかった・・・。」
 二人はそれ以来の犬猿の仲だ。
 それ以来、ジュゲは自分の部屋で寝ることにした。そして、睡眠不足は明らかに解消されている。しかし、異常はこれで終わらない。
 深夜、異様な殺気を感じ、とっさに姫は臨戦態勢をとった。一瞬で、クールズもオロチアギトを構える。この頃、クールズは姫の部屋で常に待機していた。するとジュゲの部屋から不気味な悲鳴が轟いた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ジュゲ、ぬかったか。」
 反応はジュゲの部屋であり、生命反応はひとつしかない。
 そして、それはあっという間に部屋の前に来たことをクールズはキャッチした。
「姫、お下がりを!」
 バーンは既に高威力のゾンデの詠唱に入っている。その殺気から敵の強さを察したのだ。
 轟音が響いた。轟音は1回、2回と響き、そして3回目に、厚さ20cmはあろうかというラコニア金属でできた扉を叩き壊した。当時の一行はセキュリティー性の高い宿に泊まっていた。倒れてきた扉をクールズは一刀のもとに切り伏せる。そして、間髪入れずにバーンがゾンデをはなとうとした瞬間、凍りついた。そこに立っているのは紛れもなくジュゲだった。全裸のジュゲは右手に大剣をもち鬼神のような憎悪に満ちた顔をしていた。
「呪いを受けたか、南無!!」
 踏み込もうとした刹那、バーンが呼び止めた。
「まって!」
 クールズはすぐに反応し打ち込みを止めたがジリジリっと回り込み始めた。バーンに道をあけたのだ。あくまで慎重に。
「ジュゲ、私がわかる?」
 緊張は隠せないが、あくまで普段通りに声をかけた。するとジュゲは途端にいつもの顔に戻り、眼から大粒の涙が流れ出した。
「夢じゃないよね・・・、バーン生きているんだよね。」
 ズダーン。大音響とともに大剣が床に落ちる。とっさにクールズは大剣を廊下へ蹴りはじく。戦闘態勢は崩していない。ジュゲはうわっと大声で泣きながらバーンに向かって走り出した。クールズはすかさず足払いをしようとしたが、バーンの目線を受けやめる。ジュゲは、ベッドの上で膝立ちをし詠唱体制に入っているバーンに抱きついた。
「生きている、生きてるよ、バーン、バーン、バーーーン。」
 そう言って夜中泣いていた。当然その後、弁償の上で追い出された。クールズはジュゲに詰め寄ったがジュゲは一切口をつぐんだ。それ以後、バーンは眠れない夜は何時でもいいから部屋にくるように言い今にいたる。何度かせめて下着はつけたらと言ったのだが聞かなかった。何故か必ず全裸でくる。恐らく言えない理由があるのだろとこれもそれ以来聞くことはなかった。
 ジュゲ死を恐れたことは無かった。殺すということは殺されることである。ジュゲは覚悟の出来たニューマンだった。だから、死を恐れなかった、殺すことも。死ぬその瞬間まで一人でも多くのヒューマンを道連れにすることが生きる最大の理由だった。傭兵ならそれが出来た。戦場に常に前線に立ち、ドロイドやニューマンを無視しヒューマンだけを襲い続けた。ヒューマンハンターとして誰からも恐れられた。ジュゲにとって何よりの生きがいは今この瞬間までに何人のヒューマンを道連れにしたか数えることだった。
 しかし、バーンと出会ってから何かが変わった。まず、死が怖くなった。夜が怖くなった。ある日突然、今まで完全に封印していた筈のあの生後10年の悪夢というにはあまりにも惨い記憶がジュゲを苛みだした。そして、今まではさほど気にもしなかったニューマンの宿命も悩ませる原因となった。それは、寿命の短さとニューマン特有の突然死だ。ニューマンの成長は早く、多くは3年で成人し、10年程度で死に至る場合が多かった。テクノロジーの発達でジュゲが該当する第9世代ニューマンの平均寿命は25年まで伸びたと好評されていたが、それは当てにはならなない。というのも、ヒューマン並みに長生きするものもいれば、3年以内に亡くなるケースも少なくないからだ。テクノロジーは必ずしも明るい面だけではないのだ。そして、ニューマンの間で最も恐れられているのが、ニューマンにしかない突然死だ。未だに原因は解明されていない。第1世代より寧ろ突然死のケースは増えていた。ジュゲは何度もその現場を見ている。ついぞさっきまで全く何事もなかったニューマンが突然苦しみだし、地の底から響くような絶叫を上げ、生きながらに干からびて死ぬのだ。バーンと会うまではそれすら怖くなかった。そんなこと。なるならなれと思っていた。しかし、今はそれが怖かった。いつ起きるかわからない。そう思うと自分を自制できなかった。昼はいい、しかし夜は・・・。バーンがあの夜、馬鹿にもせず普通に一緒に寝てくれると言った時は今まで味わったことのない感動を覚えていた。だから、一睡も出来なくても平気だった。しかし、バーンを傷つけてしまっては話は別だ。この長い生活で、バーンはすっかり身についてしまっていた。寝ている時に誰かがいると身体が戦闘態勢から抜けられないのだ。しかもその距離が近ければ近いほど覚醒レベルは高い。自分で自分をつくづく呪ったがもはやどうしようもない。下着を着ないで寝るのも同じだ。忌まわしき記憶だが結果的に過去寝るときに下着を着たことは無かった。だからジュゲにとって寝ることを前提としていない戦場を除いて、寝るということは何も着ないというだった。ニューマンにおいてもなお、理屈以上に身体に染み込んだ幼き頃の体験は抜けないのだ。
 鬼神のジュゲを見た日以来、クールズは姫の隣の部屋に移ることにした。それはせめてもの気遣いだった。
「ニューマンといえばもっと我等に近い存在かと思ったが・・・。解せぬことばかりだな。」
 こういった日が最も危険が多いことから、スリープモードに意向しながらも全センサー網を張り巡らしクールズは眠りについた。

 

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