DOORA---SIDE STORY--- #1.「DOORA」 ○宇宙刑事と名乗るこのレイキャスト。今は宇宙刑事ではなく、かといって回路が故障しているわけでもない。そう、過去において実際に宇宙刑事であった。ラグオルとは別の銀河で警察の狙撃隊=DOORS(ドアーズ)に所属していたアンドロイドである。HUMANやNEWMANで編成された警察内でも、特に狙撃隊はアンドロイドの独壇場といっても過言ではない。あらゆる重火器を使いこなし、ミスの無い冷酷で正確無比な一撃を敵に放つ。これ以上に無いほどの適材である。名前の由来は、DOORS隊のAクラスアンドロイドであることを意味し、この1ワンランク上のSクラスのみ栄誉あるDOORSの称号を得られる。DOORS隊の最小部隊構成は、RAmar幹部1名+RAcast or RAcaseal2名による3名による。明らかな攻防が想定される場合、多くは RAcast が、隠密裏に行う作戦には RAcaseal が出撃するという構成が一般的だ。功績の認められた優秀なアンドロイドはマスターなしにアイデンティティーを認められ自立することが出来る。多くのアンドロイドは、アイデンティティーを確立後も隊に継続して残るのが通例だ。理由は簡単だ。アイデンティティーを確立するということは、自立することであり、自己のメンテナンスや燃料を含めたかかる一切の費用を自らが稼がなければならない。除隊したアンドロイドの行き先は、危険な宇宙工事現場や、傭兵程度しかないのだ。それならば栄誉ある職を継続するのが自明の理である。  DOORAはある作戦を境にDOORS隊を除隊する。DOORAが除隊したのには理由があった。彼のマスターは、部隊長であるJOHNNY隊長であった。HUMANにしては彼は欲がなくストイックな生き方を好んだ。正義感が強く義理にとんだジョニー隊長は、常にDOORAを率い危険で重要な職務に従事した。ジョニーはDOORS隊でもピカ一の腕利きで、NEWMANを凌ぐ頭脳の持ち主であった。誰からも尊敬を受け、同時にこの銀河で最も恐れられた警察官でもあった。しかし、ある者達を除いて・・・。ある日突然DOORAの元にジョニーから連絡があった。 「ドーラ、よく聞いてくれ。俺は今日隊を抜ける。もう会うことはないだろう。アイデンティティーを得てからも、今まで良く俺の元で危険な任務についてくれた。お前は最高のパートナーだ。HUMAN以上に情け深く清い精神と強い情熱を持っている。しかし、もう終わりだ。何かもかも終わりだ。ちきしょー、終わっちまった。終わっちまったんだ・・・。最低だ、何かも最低だ。おまえにこんな形で別れを言う俺も含めて最低だ!さよならだ。ありがとう、ありがとう・・・今まで・・・。」 「いたぞーっ!撃て!殺せ!店内の者も残さず殺せ!誰一人逃すな!」 唐突に飛び込んだ怒声と同時に、激しい銃声と炸裂音、そして悲鳴、悲鳴、悲鳴。そうして通信は途絶えた。  数日を経て、DOORAは除隊する。いったいジョニー隊長に何があったのか。自らを宇宙刑事と名乗り、真実を知るためにDOORAは謎と隊長を追う。隊長(マスター)は生きている、DOORAは確信していた。 #2.「赤き凶器」 ○ジョニー隊長を追うドーラの周囲にこんな噂が聞こえてきた。 「赤き凶器」  この一帯で噂されている赤いHucastらしい。銀河警察が血眼になって捜している狂ったドロイドだという話だ。噂を総合すとこうだ、全身を赤にペイントしたHucastタイプのアンドロイドがヒューマン、ニューマン、ドロイド関係なく無差別に殺しているという。装備はあの有名なリコが自分の為に試作したとされる伝説の赤シリーズ。ある時はギルドロビーに突然現れたかと思うと、竜巻のように荒れ狂い赤のパルチザンを振り回す。ある時は酒場で、赤のマシンガンを乱射し忽然といなくなる。また、とある戦場では余りの破壊力から銀河条例で近年禁止された筈のスプレッドニードルを誰彼かまわず打ちまくる。そんな内容だった。そして、それらの様子から彼をこう呼んでいた。 「赤き凶器、赤き狂犬、銀河暴君、血の竜巻」  呼び名は色々だったが、メディアでは「赤き凶器」と報道していた。この噂がまことしやかに囁かれる頃にドーラはこの星に辿りついた。ジョニー隊長の手がかりを追いながら、渡航の為の費用を稼ぎ渡り歩いた。ドアーズに所属していた時に相当の蓄えはあったが、彼はそれには一切手をつけないでいた。ドロイドの寿命はある意味無限だ。メセタは多くて損は無い。それに夢がある、ドロイドに夢もないだろうが、私と隊長には夢がった。それを実現するには一つや二つの星を買うほどのメセタが必要だった。恵まれていたことに、彼はドアーズを勇退する時にほとんどのソフトを生かされたまま退職することができた。本来なら、ソフトウェアは当然返却するのが義務だったが、彼の真の目的を知っていたジョニー隊長を慕う多くの仲間達や上司が手引きをし、彼はソフトウェアを保持したまま出ることが出来た。それは、莫大なメセタ以上に貴重な財産であった。その為、あらゆる職業を転々としながらも着実にジョニー隊長を追うことが出来た。 「赤き凶器か・・・何かひっかかる。」  それは、ドーラのメモリに近い条件のHucastがいたからだ。 「ZEEK・・・まさかな。」  ジークとは、ジョニー隊長の下、共に戦った仲間だった。さっぱりとしたその潔いまでの彼にドーラは何かを感じていた。隊長はそんな二人をマシンガンブラザーズと言ってちゃかしていたこともあった。そういう時は、普段は無口なジークも「あ〜にき」と冗談を言って笑ってみせた。懐かしいメモリ、思い出だった。 「しかし、ジークはもう処分されている筈。」  そのメモリをリードする度に、解析不能な何かをギリリと感じた。ジークのあの陽気な言葉を思い出す。 「よお!」  言葉少ないタイプだったが信頼出来るなにかがあった。 「ジーク・・・。」  詳細はドーラにはわからなかった。それはあまりにも突然のこと。ある作戦の後、急にジークとの通信が途絶えた。その作戦にはドーラは参加していなかった。作戦終了直後、連絡を取ろうとしたが回線がつながらない。ドアーズ隊は非番の日も含めて常に回線は開いていなければいけない。それが規則だ。不審に思ったドーラは、ジョニー隊長に連絡を入れ支持を仰いだ。ジョニーは、代わりに俺が行くと言いドーラを制した。その後から徐々に何かが狂いだす。ジョニーの何でもなかったという連絡の後、直ぐに回線が通じたが、いくら送信しても何の反応も返ってこない。翌日から、ボディのレストアを理由に休暇をとるジーク。ジョニー隊長の様子もどこかおかしかった。  数日して、あの忌まわしいニュースが流れる。都心部で麻薬を打った特殊狙撃チームの警官が暴れ民間人数十名を銃殺。数時間後逮捕され、即日廃棄処分が決定されたと。まさにその時だった、ジークの異常な信号と波長をキャッチしたのは。一部なにかの暗号データらしいが、ドロイド向けの特殊な神経麻薬に犯されているらしくノイズが多く全ては受信できなかった。ただ、最後にこれだけはハッキリと受信した。 「兄貴ー怖いよ。俺はどーなっちまったんだ。あにきー助けてくれー。怖い・・・。」  それ以来プッツリと通信は途絶える。  ニュースでは当日中に、処分されとだけ報道された。  ジョニーにその件を尋ねるが、ジョニーはただ厳しい口調でこう言った。 「ジークは処分された。それが事実だ。この件にこれ以上首を突っ込むな。いいか、これは命令だ。」  どんなに過酷な現場でも常に陽気さと寛容さを見せていた隊長だったが、この時ばかりは別人のようだった。 暫くして同様にあの事件が起き、隊長は失踪する。全てが闇へ。  こうして酒場で一人飲んでいるとやはり思い出さずにはおれない。隊長やジークのことを。非番の時や、任務の後はドロイドも入れる限られたバーにドーラやジークを連れて行き、女性の落とし方や、ナンパの仕方、隊長の付き合った女性がどうだったといつも楽しく話してくれていた。 「いいか、お前ら。お前らドロイドだからとか言うが、ドロイドだろうがなんだろうが、女を落とせないようじゅー一人前のドアーズ隊員とは言えないな。ましてや、このジョニー様の部下とは言えないぞ!おら、そこの白いキャシールがいるらろ。ナンパしてこい。」 「隊長、もう飲むのを止めた方がいいと思います。推測では既に隊長の血中アルコール濃度が高い値を示している筈です。明日の任務に差し障りありますので。」 「なにをー!・・・ドーラ、俺は情けないぞ。そうして恥ずかしいと思う己の心がそういう誤魔化しを言わせているんだ。恥ずかしくはない!本能に従え。第一濃度くそもあるかー!命令だー、ナンパしてこい!!そして、今夜ものにしろ!!いいか〜ものにしたら必ず報告しろよー。しかも、報告書は最低100B以上にわたって明確に書け。いいな!!」 「隊長、ですから私達ドロイドは隊長と違って、そういった・・・」 「アニキ〜、俺は情けないぜ。隊長!アニキの代わりに俺が落とします!!」  あの時、ジークもドロイド用の擬似酩酊性オイルを摂取し、いわゆる酔っ払った状態になっていた。 「よく言ったージーク!それでこそ俺の部下だ。いけー!!そして、キメロ。」 「おう!行きます!」  すくっと立ち上がる。 「兄弟、止めろ。私達は市民の安全を守るドアーズ隊の隊員なんだぞ。だいいち・・・」 「いーや、隊長の命令だ。オトス、そしてキメル!!」 「よくいった〜いけいけー。いけー・・・いけー・・・。」  そう言うと隊長は眠りについた。あの後、ドーラはジークを止めるので必至だった。既に懐かしい警察時代のメモリ、記憶だ。 「ジーク・・・まさかな。」  ドーラの夜は長くなりそうだった。 #3.「落ちない涙」 ○「ドーラ、いいメモリーしておきなさい。ふふっ、あなた素直で可愛いわね。」 雅龍教官。そうこのメモリーは雅龍教官のものだ。 ジョニー隊長を追って着実にその後を追えているのも彼女のお陰だった。いくら情報収集において秀でているドロイドとは言え、銀河内でたった一人を追うなどと言うのは無謀極まりないことだ。情報の多くは制限されており、有料である。ましてや一般に流通している情報などはゴミに等しかった。それなのに隊長の行方を追えるのは、警察や軍部の内部情報をリード出来るからである。その内部手引きをしているのが雅龍教官だ。その行為は明らかな違法行為であり、見つかれば極刑は免れないことだった。ドーラは止めたが、きかなかった。 「教官・・・もう止めて下さい。お願いです!」 「なに言ってるのー。彼の潔白を証明したいのは私だって同じよ。アホな上官どもにまともにかけあったって駄目なんだから。」 「危険すぎます!」 「本当は私も直ぐ行きたいんだけど・・・情報は絶対必要よ。」 極秘回線から聞こえてくるのは今にもジレンマに震える教官の声だった。 「しかし、教官に万が一のことがあっては隊長に顔向け出来ません。」 正直情報は欲しかった。しかし、それで教官を危険にさらすのはもっと我慢が出来なかった。理論的ではないがドーラはそういう判断を下すおかしなドロイドで通っていた。 「平気平気♪それより大した情報が遅れなくて御免なさいね。」 ドーラと雅龍教官、そしてZEEKだけが隊長と教官が過去に付き合っていたことを知っていた。 「教官は、まだジョニー隊長のことを・・・。」 「え?ぶわっか言うでないのこの子は。あっはっは。」 彼女は自分の教え子達のことをいつも“この子”と言っていた。 「もうとっくに別れているんだから。そう言うんじゃんくて、元彼女に何も言わないでトンズラこくなんて、私のプライドが許さないの!わかるでしょ?」 「教官・・・スミマセン。」 「ま、まーたこの子は、直ぐに神妙になるんだから。ふふ・・・おかしな子ね。まーいいわ。とにかく見つけたら直ぐに連絡して。今回の情報はかなり可能性高いわ。お願いね。」 そういうと通信は一方的に切れた。いくら警察の上官クラスでしか使用出来ない専用回線とはいえ傍受される危険は大いにはらんでいる。わずかな痕跡でも残せば、極刑は即日実行されるのだ。それほどのことをしているにも関わらず、サラッと言える人だった。ドーラにとって、人間の中で尊敬に値する数少ない人の一人、それが雅龍教官。 教官は、女性ニューマンハンターでドーラ達DOORS隊の特別講師だった。狙撃隊であるDOORSでも、ハンターと予定外に戦闘状態に陥ることがある。そういった時の為に、日ごろよりハンターのあらゆる戦闘方法を講義したり、実際の模擬戦闘をしきるのが彼女の役目だ。署内で彼女に頭の上がる人はいない。得意のピックを振り回し、模擬戦闘でも優れた指揮を出し、時には自ら鬼神のごとき攻撃を繰り出す。署内でも随一の実力者なのだ。嘗てはジョニー隊長と同じくFRONT-MISSIONに所属し、実行部隊として前線におもむいていたが、ミッション中に右目をやられ、瀕死の重傷をおったことが1度だけある。後にも先にも傷ついたのはその1回だけだと言われる。それ以降、前線を引退し特別講師になった。 右目は今の技術をもってすれば再生することは可能だった。ましてやニューマンなら尚更再生は簡単だった。しかし、彼女はキッパリと断った。 「失ったものは決して戻らないものなの。それが自然なのよ。」 引退時に各国のトップ達から強烈なオファーが後をたたなかったが、サラリと全て断った。条件は今より遥かにいいものばかりだ。 「ごめんなさい。」 その一言だった。彼女は深々と頭を下げ、相手に笑顔をおくる。そして、何時も潤んだその瞳でじーっつと静かに見つめる。それだけで、トップがメロメロになり何も言えなくなるほどの人物だった。相手に言わせないだけの気迫とオーラが彼女にはあった。右目を失った今もその美貌は衰えない。寧ろ増していると言ってもいい。その為か、署内の上官を含め訓練生は、必ず一度は惚れる憧れの人と言われているし、それ以上に彼女の噂は各銀河警察にも轟いていた。当然だが極秘裏にファンクラブも多数存在しており、日夜彼女のページは更新されヒット数が日に5000万件を越えるサイトもあるらしい。中でも有名なのが、その5000万件を越える「JBJ」というサイトで、とかく使いまわしは多い写真のなかでそこは完全にオリジナルで、雅龍教官の情報発信基地とさえ言われている。全ての雅龍ファンはここをに集まるといわれるほど警察内では有名だ。誰が運営しているのか一切の謎とされている。さもありなん、そのサイトを運営しているのはジョニー隊長だった。当然それは秘密になっていた。そんなことがバレたら懲戒免職処分だけでは済まないのだ。教官に関しては様々な伝説が署内に数え切れない程にある。その多くは真実だ。たとえば、通常前線部隊の訓練生というのは悲壮感が漂っている。ジョニー隊長や雅龍教官のいる部隊や、訓練チームは、言わば前線中の前線であり、明日をも知れぬ命と言える。本来であれば、そこへの転属は名誉と引き換えに死を授かるがごとし。ところが、ある辺境の訓練校にいる訓練生が、このドームに異動が決まった途端に歓喜の叫びを上げたらしい。驚いたのは周囲の訓練生や上官だ。そこへの転属は名誉で喜ばしいことではあるが、悲壮なものだった。不審に思った上官が、彼を問いただすと、「雅龍上官に、生で会えるなんて。死んでもいいです!」と涙を流して語ったと記録にある。当時の彼女はまだ有名ではなかったのだが、たまたま彼の同期が先にドーム入りし、彼女の武勇伝や写真、映像を見せてもらいスッカリ心酔してしまったらしい。やおら、見せろ見せろの大騒ぎとなり、悪乗りした上官もホールの大スクリーンに映像を流す始末。見終わった後、どこからともなく「俺も志願します!」「いや、俺が!」と口々にいいだし、最後には訓練校の隣の警察署から鎮圧部隊が出るといったとこまでに発展した。 更に驚いたのは鎮圧にあたった警察官だ。 この暴動の発端が、デーモンズゲートと呼ばれている死の訓練施設へ行きたいが為の暴動だったとは。やおら信じられない彼らに、またしてもあの映像が見せられる。 「おぉーーっつ」 と、ざわめきと共に歓声が上がったと言われる。警察の恥部なので正確ではない。 本来であればこの訓練生達や上官は処分ものだったが、なぜか処分保留になったらしい。その後、この訓練校はデーモンズゲートと言われる雅龍教官のいる訓練校に最も多くの優秀なハンターズを送り出す名門校となり、同時に、銀河警察の中で唯一公式にファンクラブが設立されている。驚くべきことに、その訓練校の所長の部屋には、歴代の所長の写真ではなく、様々な角度や表情で取られた雅龍教官の写真が飾られていると言われている。いずれにしても凄い話だ。 パニックスジャールのレッドカム。 教官の情報を照合すると、この銀河警察の勢力すら及ばない危険な地域の、レッドカムという酒場に隊長はよく出入りしている筈だった。女性のニューマンやヒューマンなら町前で身包み剥がれるような地域だ。まともな商活動は行われていない。わずかな店が点々と並び、各地で悪さを働いてきた者達がひっそりと群れるような町だった。 「いいかドーラ危険地帯を行くのに、オラー警察が通るぜって風情でいくのはアホのすることだ。」 「しかし、認められない服装をするのは第1203条第5章6項の服務規程に違反するのでは?」 「アホか。命あっての服務規程だろ。まず自分の命を優先させろ。」 今、ドーラはその地域でもっとも多くみられる標準的な姿で進入した。いわゆる他の地域では汚いとされる姿だった。ボロ布を全身からすっぽりかぶり、壊れたような偽装をも表面にほどこした。ガタガタとした歩き方をし、時折止まってみせたりもした。この地域で稼動しているドロイドの多くがそういう動きをしていた。通りすぎざまに蹴られることもあったが、わざとヨロついて流れ者の蛮人の失笑をかったりもした。あらかじめ、そうなるようプログラムしている。ドロイドにとって幸いなことに、この程度のことは屈辱ですらない。単なるシミュレーションなのだ。 「レッドカム・・・ここか。」 無駄な動きがおおい為に、普通に行けば20分もあるけば着くところを1時間半もかけてようやく着いた。ここに来るまでの間、周囲をスキャンし有事の際の逃走ルートや選択武器を既にリストアップしていた。教官のバックアップのお陰で、ほとんどの武装を瞬時に転送できる。そのため普段はハンドガンしか所持していない。建物の周囲を一瞥すると、スキャンし終え、改めて可視モードで建物をみた。非常に大きな平屋だ。500人は収容出来るだろうか。建物全体が黒く焼け焦げたような色をしており、今にもつぶれそうに傾いてる。そこらじゅうに大小様々な穴が開いているところをみると、日常的にイザコザはあるらしいことが伺えた。これで潰れないのが不思議に思えた。店内中央にある支柱が恐らく支えているであろうと計算には出ていた。通りに面した正面入り口には、赤い字で一際大きく「レッドカム」と書きなぐられている。いたるところに卑猥な落書きがされているようだ。中にいる客も含め脅威になるような重火器がないことを確認し終え。ドーラは一歩なかに踏み入れた。 「おーっと、待ちな。」 キマイラ化したアフロヘアーのヒューマーが立ちふさがる。 「ボロイド・・・金はあるのか。」 ドーラをわずかに上回るその巨体を揺すり、半開きした口からグチャグチャと汚い音を鳴らしながらソレは言った。 「10・・・メセタ・・・」 そう言って、布を掻き分け出して見せる。 ソレの手が一瞬伸びた。 「っと、・・・。」 黙って手を引っ込める。 ちゃっつ。 ソレは、そう舌打ちともなんとも言えない音を出すと黙ってドーラの前を退いた。こうした危険地帯では現金と力が全てた。しかし、多すぎる金や大きすぎる力はかえって危険を招く。ここまで荒れ果てると法律も、倫理も、名声も一切の価値がない。ドーラは奥底で「こうなったら終わりだな。」そう毒づいた。 開けた目線の先には、一層臭醜な光景が広がっていた。 ドロイドであるドーラそのものは何も感ずることはないが、データベースからその光景の異様さが数値で理解できた。「酷いな。」そう内にもらした。 ソレは店内に入るドーラをしばらく目線で追ったがすぐ諦めたようだ。「10メセタは見せるには少し多かったか。」そう呟くとデータベースの内容を修正した。カウンターに座り、価格表を探したがない。 「ナンダ。」 バーテンらしきみすぼらしいドロイドは濁って音声でそう聞いてきた。動く度に外骨格がスレて音がキシム。 「アルカミックオイル。」 「・・・・10000メセタだ。」 バーテンを睨む。 「アッハッハッハ。」 上体を揺すりながら笑う。その度に耳障りな音がキシキシとなった。 バン!ドーラが強くテーブルを叩くとビクッとし、バーテンは動きを止める。店内は騒々しく誰も見向きもしない。アルカミックオイルは、注入したら気分を悪くするような最低のオイルだった。 テーブルには3メセタが置かれている。 「うちは、5メセタだ。」 濁った声は言った。 「まけろ。それしかない。」 濁った声に顔を向けず静かに返す。 「嘘をつけ、入り口でジャンに10メセタ見せただろう。」 濁った声の主は、ガタガタと壊れそうな上体を揺すりながら、カウンター越しにドーラににじり寄った。手にはロックガンが握られている。 「・・・忘れた。3メセタだ。」 「エ“−ッエッエッエ。」 聞き取れないような濁った音声を響かせ。バーテンは下がっていった。 ガコッ。 カウンターの下から鈍い音とともにアルカミックオイルがコップに入って出てきた。恐らく3メセタでも高いくらいかもしれない酷いものだった。 「はっはっは、あんたやるじゃん。」 ドーラは内心動揺した。出会い頭に背後をとられた。 常に周囲にセンサーを働かせていたのに、背後に男が来たのに全く気付かなかったのだ。 「ガイコツを一発で撃退するなんて、お陰でもうかったぜ。」 そう言うと背後からゆっくりと回り込み隣に座った。その動きは酔っ払っているように見えるが隙がなかった。 「あんた、何者だい?こんな物騒なもの持って。」 そういうとドーラのカスタムレイVer00を腹につきつける。周囲の客からは見えない。 「まただ!」ドーラの電子頭脳は激しく動揺していた。何時の間に、全く気がつかないうちに抜かれている。DOORS隊の精鋭から銃を抜きとるなんて不可能に近い技だった。 「カスタムレイかーいいもん持ってんなー。」 そう言うとカウンターに無造作に置く。 ガンッ。 「この距離で撃ったって、あんたのボディには傷もつかない。ふふっつ。」 そう言って右手に持っている酒を煽る。その顔は・・・。 「た、隊長!」 かろうじて押し殺してそう言った。 「まだまだ未熟だなドーラ。俺が教えた通り過ぎるぞ。そんなので騙せるのは素人ぐらいだよ。」 ようやく横を向いたドーラの先にいたのはまさしくジョニー隊長だった。頬は痩せこけ、みすばらしく汚い容姿、異臭すら放ってはいるが、そこには懐かしい笑顔があった。 「隊長・・・。」 「まーた、お前は相変わらずだなー。そうやってすぐ神妙になる。」 そう言ってバーテンのガイコツに、指1本をたてて酒を注文する。 「・・・なんでここにいるんだ。俺を殺しに来たのか。」 「違います!」 思わず身を乗り出す。 「声をたてるな。それに俺の方を向くな。前を向いたまま話せ。いいな。」 その声にはチームで出撃した時のジョニーの声色があった。 「ラジャー。」 「違う違う、おっけよ〜ん。だよ。ははっつ。」 ふざけているようであり、真剣なようでもある。 ガコッ。 下から酒が出てきた。ジョニーはバーテンに向けってメセタを投げる。1メセタだ。 ジョニーにガイコツと呼ばれたその汚い声の主は、少し離れたところで「キッヒッヒッヒ」と上体を軋ませながら笑っている。どうやらアルカミックオイルも1メセタだったようだ。 「ふふーん、ここも潮時だな。屑の俺にはピッタリな土地だったが・・・。」 グイッと出された酒を一気に飲み干す。まさに酔ったときの隊長そのものが隣にはいた。 「隊長・・・。」 前を向いたまま押し殺したように言う。 「追っ手が来た・・・。」 「!」 一瞬で全センサーにアクセスするも全くそれらしくものの反応がない。 「お前とはまともに話したかったが・・・懺悔する時間すらくれないらしい。」 思わずドーラは横を向き叫んだ。 「隊長!教官に教官に!!」 同時に高エネルギー反応。 そして閃光! 閃光の彼方に微かにだが、嘗て隊長だったジョニーの唇が動いてみえた。 着弾と同時に轟音。酒場は一瞬にして地獄絵図と化した。 2発目は、ドーラに向けられた。以前としてセンサーに物体は感知されていない。 しかし、閃光!飛びのくと同時に。 「フィールド全開!」 青い光がバリヤーのようにドーラを包む。 ギン。 金属が激しくぶつかる様な甲高い音が響く。そして着弾! 「フィールドが。」 カスッたフォトンのエネルギーでフィールドが一瞬にして強制解除された。それほどまでに凄まじいフォトンエネルギーなのだ。 「馬鹿な!ブースト全開!!」 その巨体で身軽に回転しながら、背中のバックパックをふかし店の壁ごと一気に突き破った。突き破るとほぼ同時にレーザーニードルが店全体を閃光で覆った。一切の生きるものが逃さないようなその攻撃はスプレッドニードル。 <武器特定完了。リコ製試作ガン、赤のハンドガン。リコ製試作セイバー、赤のセイバー、銀河条例違法所持スプレッドニードル。> 「なんだって!」検索から出された分析結果をしり報道をリードした。 店は轟音と共に瓦礫の山と化している。起き上がったドーラの目線の先には、赤いHucastが何事もなかったように立っていた。右手にはスプレッドニードル、腰には赤のハンドガンと赤のセイバー。そいつはまさに「赤い凶器」といわれたHucastだった。 ドーラはそれを見て凍りついた。 「ジーーーーーーーーク!」 絶叫と同時にドーラはカスタムレイをシュート。 Hucastはスプレッドニードルを躊躇無く構える。 「フィールド全開!」 同時にニードルの閃光が雨霰と降り注ぐ。 ズドドドドドドドドッ。 一瞬の沈黙。 ニードルが宙を舞う。 カスタムレイがニードルを弾き飛ばした。 陽が落ちかけいた。 空は今にも泣き出しそうな程に曇っている。動くもの二人以外にはいない。 静かになった。耳が痛いほどに。 赤い凶器と言われたそれは、ニッと笑うと言った。 「面白い。ターゲットは逃げたようだ。お前で・・・遊んでやる。」 そういうとドーラの眼前から消えた。 「離れたらあなたに分があるわ。当然よね。その為にRacastはカスタムされているのだから、その強靭なボディーも動きの鈍さをカバーするものだし。でも、ハンターに踏み込まれたら相手に分があるのもわかるわね。しかも、その相手がHucastなら尚更ね。もし、Hucastの間合いに入ったら勝負はついたも同然よ。子供でもわかるわ。だから、とにかく先手をとること。いい。」 雅龍教官はメモリーの中、笑顔でそういった。 過去のメモリーが頭をかすめた。 閃光! <発射ポイント確認、距離100、座標補正> 「シューッ!」 カスタムレイの引き金を引く。 刹那、微かに金属をかすめる音。 ハンドガンではいかにRacastとはいえ素早い動きの相手を正確に狙撃することは出来ない。 <ピンポイントマーカー起動、Aライフル射出> 右手が閃光に包まれると、そこにはAライフルが。これはテクニックのリューカーと捕獲用マーカーを応用した警察のRacast専用装備。出力が高いからこそ出来る芸当だった。 「シューッ!!」 ギン!! 閃光と同時に、金属を弾く音。 Aライフルをは正確に赤のハンドガンを打ち落とした。 「赤の凶器」と言われたジークは全く動じず、威厳すら帯びた声でった。 「やるな・・・あんた。」 ニイッッと笑う。 右手に赤のセイバーを持つ。 唐突に、正面きって突っ込んできた。 しかもHucastでしか出せないスピード。 「早い!」 咄嗟に、Aライフルの引き金を引きかけた時、ジークのメモリーが過ぎる。 「あーにきー♪」 躊躇した。 瞬間、赤い閃光が現前に。 ドーラの腕が空に舞いあがった。 <コンバット射出!> 2度目の赤い閃光が振り下ろされる直前、射出されたL&Aコンバットをターゲットへ向け撃ちまくる。 「うおおおおおおおおお。」 ゴォォォォ・・・・。 マシンガンが空を切ったことを示す反響音が空にこだました。 ガキッ。 ドーラの切り取られた腕が地面に落下する。 「腕はもらったよ。デカイの・・・。」 10m先にジークはいた。 <leftArm損傷、電源カット、シールド> 「先手をとられたら。」 雅龍は天を仰ぐと笑顔でサラッとこう言った。 「ヒューマンなら天を仰ぐわ。私ならピックを置くわね。それくらい決定事項なのよ。Hucastの間合いは絶対なの。」 「私達のボディでも防げないのですか。」 そう言うとドーラにキスを送る素振りを見せる。 「ふふ、いいわね。ドーラのそのドロイドに似合わない諦めの悪さ。いいわよー大好き。」 一瞬で教官の顔に戻る。 「そう!そこにヒントがるのよ。」 「ヒント?」 「いかにHucastのパワーでも一刀の元にRacastの特殊ボディーを斬り伏せるのは不可能。腕の関節部を狙って飛ばすことは出来るけど、直ぐに接続できるしね。2本同時に切り伏せることも不可能。まあーRacastはヘビーウェポン以外だったら腕がなくても撃てるし。」 ピックを一回床に激しくつく。 「致命的ダメージを与えるには、最低でも3回はふらないと。」 そう言うと、構えてDOORAに向かって振ってみせる。目は真剣だ。 「一刀目で最も強靭な表面に亀裂を入れる。フィールドもあるしそのものはダメージにはならない。で、二刀目でボディーそのものにダメージを与える。でも、ダメージというほどでもないわ。問題は三刀目。いきなり真っ二つよ。」 「なぜ・・・理論的にはそこまでダメージは与えられない筈です。」 「理論はね。ただ現実は違う・・・。」 そういうと教官は目を細めた。 「硬さが裏目に出たの。あなたたちのボディーを・・・ヒューマーや私達ニューマンのパワーでは出来ない。確かに不可能よ。そのためにバータで凍らせる。でも、Hucastにはそれだけのパワーがある。」 「教官・・・。俺は終わりなのか・・・。」 ドーラはじっつとジークを見据える。 「教習ではゾンデとなってますが。」 「あー、あれはアホな教授達が実戦も知らずに書いたものだからね。私なんか、教えたことないわよ。ゾンデであなた達と戦える場合は、こっちに明白な余裕がある時だけよ。」 「それで教官はよく呼び出しされていたのですか。教務規定違反とかで。」 「ふふっつ。それもあるわね。言ってわかるアホはこの世にはいないから。」 そう言うと、身体をくねらせ、テーブルに腰をかけるような動きを見せる。目が潤るんでいる。 「ごめんなっさ〜いもうしないから。」 ドーラにウィンクをする。 「・・・って言うの。そうするとこれよ。」 今度は背筋をピンとして仰け反ってみせ、右手を前に突き出す。 「あーわかればいいんだ。ところで・・・これから食事でもどうだね。」 「ごめんさっ〜い。これから生徒達の補修があるのー。・・・本当は行きたいんだけどな。」 テーブルがあるであろう位置に肘を付くポーズをとり、潤んだ瞳でじっと、そこにいるであろう上官を見つめる。位置からすると、本当にそこに上官がいれば雅龍教官の胸元が見えているだろう。 「・・・教官?」 どうしていいかわからずドーラが声をかける。すると、いきなりぴょんと軽く飛び上がり、ドーラに向き直る。 「これよ。これで終わりよ。アホ過ぎて声も出ないでしょ。」 ドーラはどうしていいかわからず、頭では過去のメモリーを必死に検索している。どういう態度をとるのがいいのか数億という検証データベースを目まぐるしくあさる。 「そういえば、隊長が女には気をつけろと・・・」 かろうじて行き当たったメモリーを思わず口にしてしまう。 メモリーが激しくフラッシュしている。 電子頭脳は生き残る最善の確立を求めて情報の海を必死に泳いでいた。 眺めるのに満足したのか、唐突に、なんの前触れもなくジークだったソレは、突っ込んできた。 <生存確率1/1000=メテオスマッシュ、射出ready?> 電子頭脳の選んだ最善の方法だった。 ソレは深紅の弾丸となって真っ直ぐドーラに突っ込んできた。 ドーラにはソレが赤い隕石に見えた。 <カットラリ射出!> 「フィールドカット、ブースト全開!!」 瞬間、白い閃光となってドーラはソレに突っ込んだ。 ガギツ・・キーーーーーン・・・・・。 ドザッ。 前のめりに倒れたのはドーラだった。 右手にはスタッグカットラリが握られている。 <danger・・・danger・・・danger・・・。ターゲット接近、出力低下。> 「そう一投目では防げる・・・。そこにHucastの油断がある。」 ジジジッ。 ジジッ。 ショートする音がドーラの背後で響いた。 「オオオオオオオッ」 左肩から真一文字で深く亀裂が入っているはジークという名のソレだった。 ジークは自分の亀裂を見、過去のデータにない異常事態に明らかに混乱し、小刻みに震えていた。右手の赤のセイバーを振り下ろそうとするが思うように腕が動かないようだ。それを自分の身体とは思えないような素振りで、何度も同じことを繰り返す。 その間に、ドーラは仰向けになり、半身を起こし、ゆっくり膝をつく。その胴体を見ると真横に一筋のわずかな亀裂が入っていた。着実にヒットしていのだ。しかも急所に。ただ、一刀ではRacastのボディは両断できない。しかし、Hucastは別だ。その鋭い動きを可能にする為に、Racastほどの強靭なボディーにはなっていない。斬られることを承知で斬りにいったのだ。 「おまえ・・・この次に倒す。」 ジークだったそれは、そう言うと一瞬にして目の前から消えた。 まだ、それだけの運動能力が生きていたのだ。気付くと、落とした筈の赤のハンドガンも拾われてない。 「ジョニーに伝えといて。」 そう言うと、雅龍はグイとドーラの肩を掴み自分に引き寄せた。そして、顔が擦れるほど近くまでよせ小声でこう言った。 「お前だろ!」 普段の教官からは想像も出来ない様なドスの聞いた声だ。掴んだ肩をギリギリと締め上げる。いきなりパッと離れると、踵を返し歩き出す。 「ちゃんと伝えるのよ。」 そう言うと教官は手を振りトレーニングルームに入っていった。 「サー!イエスサー!」 思わず硬直する。 「・・・ジョニー隊長の言う本当の意味が理解できたような気がする・・・。」 ドーラは人間のように思わずボソッとつぶやく。 その後、隊長を見つけたドーラは、いきさつを説明し、最後に雅龍教官のメッセージを再生した。 「お前だろ!」 ジョニー隊長がその場で暫く凍りついたのは言うまでもない。 メモリーがまだフラッシュしている。 雨が降ってきた。 「教官・・・お陰で命を救われました。」 ドーラは表面のコーティングが鋭く切り裂かれているのを見てそうつぶやいた。 ロボに本来捨て身という言葉はない。ボディーはマスターの多大なる資産であるからだ。だから、相打ち狙いなどマスターを守る場合にしかありえない命令だ。アイデンティティロックが解除されていたら、守るモノが自分になるので自分の為で捨て身というのは矛盾し、その為、通常のデーターベースでは優先順位は著しく後退する。また、ドロイドは最良の選択を自動的に目指すため、1/1000と1/10の確立だったら迷わず1/10の可能性にかけるのだ。しかし、現実にはその9/10で負けることも、1/1000で勝つこともあるのだ。それが出来るのは人間で、カンというもの。雅龍を信じたドーラは、自ら優先順位を強制的に上げ無条件で発動するようセットしていた。ドロイドとしては明らかにおかしい行為だ。それを指摘されたこともある。だが、ドーラはその道を選んだ。 暗い雨が、暗い街に一層の影を落とす。 ドーラはゆっくりと起き上がり、右腕を拾う。そして、ジークが去っていったであろう方向を見つめた。ただ、じっと。 雨が激しさを増し、破壊された店内のラジオから今後の天気予報が途切れ途切れ流れてきた。 「ガッ・・・ザーッツ・今夜は・・・強い酸性雨が降るで・・ザッザーッツ・しょう。」 ドーラはただじっと彼方を見つめた。遠い彼方を。そして、ゆっくりと天を仰ぐ。左手には壊れた右腕が握られ、シールドされていない部分が酸性雨でチリチリとショートする音が聞こえる。ゆっくりと左腕を天に向けて突き出し。地鳴りのような声をだす。 「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。」 その声はどこか優しく悲しみを湛えていた。 「danger...danger…body damage.」 ジークの一刀で剥がれたコーティングから酸性雨が微かに検地され、電子頭脳が警告を発する。 「danger...danger…body damage.」 その音は、漆黒の町に何時までも響いた。 「danger...danger…body damage.」 「danger...danger…」 「danger...」 「…」 #4.「侍魂-1-.」 「遅い・・・。」 互いを認知する為の暗号キーを発信するが相変わらず反応がない。 ここは、待ち合わせに指定されたスペースポート。一日に1万人以上の人々が行き交う。そう聞くと少なく感じるが、ポートそのものの大きさを考えるといささか窮屈といえた。宇宙旅行というのはこの時代でさえ一部の者しか出来ない特権的なものであることを考えると多いと言える。 昔と違い、初めての待ち合わせに名前を書いたプレートを掲げたり、事前に顔写真を記憶する必要はない。互いに決めた固有の信号の組み合わせを送り会うだけど、誰が待ち合わせの相手かわかるようになっている。誰かを待っているその人物、いや人造物は2メートルを越す巨体であった。その大きな人造物はドーラといった。真っ白なボディーから几帳面な正確が伺える。元銀河警察の特殊部隊DOORS=ドアーズに所属していたAクラスレイキャスト。重火器のスペシャリストだ。今は、アイデンティティを確立し主人の元を離れ生活している。今は表向きは宇宙船外壁の修理施工のスペシャリストとなっている。 「遅い、もう5分も過ぎてる。」 暗号に全く反応がない。周囲を見回すがビジネススーツを着たビジネスマンに、新婚旅行らしくカップルとお年寄り夫婦。皆裕福な者達ばかりだ。そしてワールドパスを持ったハンターが数名。以外は違法入国者が数名ドーラを避けるように足早に過ぎていった。違法者を見逃すのはドーラにとって心苦しいことであったが今はそれどころではない。大事の前の小事に過ぎない。そして、あとは年差のある兄妹なのかロビーで楽しそうに話し込んでいる。 「これだけ見ると平和そのものだな。しかし遅い。」 特務部隊に所属していた性格上なのか時間には煩い。人造物=ドロイドなら当然と思うかもしれないがそれは違う。これはドーラに芽生えた固有の進化、性格なのだ。高性能なドロイドは極めて人間に近い。マスターがいる間はマスターのプログラムが優先されるが、アイデンティティを確立されればそういった拘束はとかれるのが高機能ドロイドの特徴だ。 「今日最後の便か。遅過ぎる!10分あれば小隊は全滅しているぞ。いくら教官の紹介とはいえ許せん。ことと次第によってはただでは済まさんぞ。」 しらばらくして最終便にのっていた乗客がロビーにどっと流れて来た。ドーラは暗号キーの返答を待った。ドーラはZEEKとの一戦により自分は恐らくマークの対象になっていることを認識した。場合によってはこのロビーが戦場となる。ドーラにとってはそれは避けたいことだった。自分の為にも教官の為にも、ここのロビーにいる人々の為にも。 どっとロビーに人が押し寄せて来た。ドーラは慎重に暗号キーを送信する。信号の距離は5m。乗客はこの降車ロビーの入り口を必ず通る筈。そうすれば必ず信号をキャッチする筈だ。しかし・・・。 「反応がない。おかしい・・・何かあったと考えるべきか。通信が傍受された可能性もある。これは教官に連絡をとった方がいいな。」 もはやロビーにはハンターらしき格好をした青年と年端もいかない少女ぐらいしかいない。青年はハンターにしては随分と若く幼く見えた。まあハンタースーツのレプリカは人気があるのでいても不思議ではないだろう。恐らくハンター訓練生か、単なるファッションのつもりだろう。気になったドーラは二人に声をかけた。 「君たち、空港はもじ時期閉鎖されるよ。早く帰った方がいい。」 そう告げると、少女だけがドーラを振り返りあどけない笑顔を見せた。 「ありがとう!大きなロボさん。」 「どういたしまして。」 可愛い子だ。内心ドーラは少女に微笑んだ。 少女はよほどその青年を慕っているのかベッタリと身体を寄せている。しかし親しいというにはどこか違和感を感じる。とはいえ今はそれどころではない。空港を出て教官に連絡を取らねば。無線の極秘回線が傍受されているとしたらもはや有線での直結意外に方法はない。ドーラはゆっくりと歩きだした。 「ねーカンナ〜。閉鎖されるってさ。そろそろホテルに行こうよ〜。」 「そーだなココロン。ふっ・・・寝かさないぞ。」 「やだもー空港の職員さんに聞こえちゃうよ。」 「構うもんか。」 「嬉しい。カンナだーいすき。」 ドーラは歩きながらその少女の甘ったるい声と会話に違和感を感じて仕方がなかった。データベースで検索するとそれらの音声パターンや仕種は恋人同士がするある種のパターンに著しく近かい。しかし、そういう関係にしては二人とも幼すぎた。青年はいい、しかし少女は幼すぎて見えた。前職の関係上、不純異性交友を黙って見過ごすわけにもつもりはない。場合によっては二人を補導するつもりで、歩きながら会話に聞き耳をたてる。 「ところでさーカンナー。用事は済んだの。」 「そういやそうだな。結局来なかったぞ。まあいいか。」 青年は少女の三つ網を右手で弄りながらそう言う。 「その装置さーずっと電源切ったままだったけど良かったの。」 少女が指し示す装置には確かに電源が入っていない。 青年はどっかりベンチに腰をかけていたが半身を起こし、装置を胸にとってみてみた。 「おーっと忘れたよ。ははは、まいったな。」 「あはははは。もーカンナったら可愛いい。キューって抱きしめちゃう。」 「ああいいぜ。苦しくなるくらい抱きしめてくれ。」 「もーキュー。」 少女は青年に抱き着き強く抱きしめた。 「今更だけどスイッチ入れるか。いたりしてな。」 「あはははは。」 スイッチを入れると装置が激しく反応している。それは明らかにすぐ側に相手がいることを示していた。すると急に二人の周囲が暗くなった。思わず後ろを振り返る二人。 「・・・」 二人の真後ろには白く大きなレイキャスト、そうドーラが眼を光らせ黙ってそびえたっていた。 「あははは。このロボさんみたいよ。」 「わはははは。本当にいやがったよ。最高だなーココロン。いやがったよー。」 「ほんとうー凄い偶然ねー。ロボさん最高。ココロンも最高。カンナなんか超最高。あははははは。」 そう言って二人は抱き合ったままベンチの上で笑い転げた。 「電子頭脳に異常温度検地をしました。冷却装置作動。」 その時、ドーラの腕はブルブルと震えていた。 ・ 「雅龍、今でも俺は愛してるぜ。」 「そう、ありがとう。」 「信じてないんだな・・・。どうすれば俺のこの熱き思いを受け止めてくれるんだ。」 ドーラは予約していたホテルに二人を連れて入った。当初ドーラは極秘回線でかつての教官である白いハニュエール雅龍と計画の最終確認を行うつもりだった。が、連れて来たカンナという青年の「雅龍の顔を絶対見たい。」という言葉に押し切られ止む終えず見せることになった。今はホテルのモニターにドーラの回線を接続し雅龍の顔が投影されている。雅龍は自室から通信しているようだ。上品な部屋の内装がモニター越しに見える。 「後ろの人、新しい子?」 「ああ、妹だ。」 「妹でーす。ココロンって言いまーす。」 「ふふ、相変わらず女性の好みわからないわね。」 「だから妹だよ。好み?それは雅龍、お前さ。」 「雅龍さん色っぽーい。ココロンも好きになりそう。」 「あーいいぞ好きになって。妹よ。」 「お兄さまー!」 ひしと抱き合うが、どこか卑猥なムードが漂っている。 「変わってないわね。」 モニター越しの雅龍と呼ばれる白いハニュエールは母親のように優しく微笑んでいる。 「お前は変わったな。あの頃より遥かに美しい・・・。」 「ありがとう。・・・ドーラ聞いてる?」 ドーラはモニターに向かうカンナとココロンの後ろで膝をつきうな垂れていた。 「不本意ながら・・・。」 「そう、なら良かった。カンナはこんな奴だけど頼りになるのよ。」 「ちょっと違うぞ雅龍。見た目通り頼りになるだろ。」 そう言うとウィンクしてみせる。 「そうね。ごめんなさい。」 ウィンクして返す。 「雅龍・・・やっぱりお前は最高だよ。銀河一のいい女だ。決心はついた、gfとは別れる。祝言をあげようぞ。」 「気が向いたらね。」 「うそーココロンはどーなるのー。」 「ココロンは2号だ。いやgfが2号だから3号さんだな。」 「やったー3号だー。よーしいつか1号目指すぞー。」 「そうだその意気だ。で、どうだ雅龍。その気はあるのかないのか。」 「ないわね。」 「雅龍・・・やっぱりお前は最高だよ。銀河一のいい女だ。決心はついた、嫁になれ。」 「来世でね。」 「えーじゃーココロンは来世でも2号さんなの。」 「違うぞココロン。gfがいるから3号だ。」 「あそっか。あははは。」 ガシャン。突然の大きな音に二人は同時に後ろを振り返る。 するとドーラが全身を震わせたっている。右手には割れたコップが握られていた。 「あー熊さん割っちゃったー。ココロンじゃないもん。」 「カンナじゃないもーん。わははははは。」 「いい加減に・・・いい加減に本題へ入りたいのですが・・・。もうよろしいかなカンナ殿。」 語気を荒げていい放った。 「そうね。」 あくまで雅龍は笑顔だ。 「わかったよ。」 「・・・カンナ殿、今回の成功報酬を確認したいのだが。」 「ああ、雅龍との結婚だったな。」 「え!」 思わずモニターを覗き込むドーラだが、雅龍はいたって冷静だ。 「カンナ、やりたくないならいいのよ。」 「嘘だよ冗談だって。3回のデートでタッチ込みだったな。」 再びモニターの雅龍とカンナを見るドーラ。ココロンはドーラが割ったコップを部屋の掃除用具で片づけている。 「嫌ならいいの。他をあたるわ。」 「冗談、冗談、1回のデートでタッチ・・・わかーったってデートだけ。そのかわり朝から夜までちゃんと付き合ってくれよ。」 「サンクスフレーンズ。」 「ちょっとまった。・・・サンクスダーリンって言ってくれ。」 「ふふ、わかったわ。・・・サンクスダーリン。」 「まかせろってハニー。ささ、誓いのキスを・・・。」 するとモニターに唇を寄せようとするカンナ。すかさすドーラは両手でカンナの頭を挟み込む。 「よせ、離せ、ドロイド。」 「モニター越しとはいえそれだけは許可出来ん。それに私はドーラという名前がある。名前で呼んでもらおう。」 怪力でジリジリとモニターから離されるカンナ。それでも唇をなんとかしてモニターに見える雅龍につけようと突き立てるがいかんせん届かない。 「わかったわかった。ドーラ止めてくれ。ヘアースタイルが乱れるじゃないか。」 パッと両手を離す。 「次はヘアースタイルどころではありませんから覚悟して下さい。」 「ったく、ドロイドはこれだから・・・。」 睨むドーラ。気にせず髪を手串で整える。そんな二人のやりとりを楽しそうに見つめる雅龍こと教官。満足した様に見える。 「良かった。いいチームになりそうね。」 がっくりこけるドーラ。 「どこがですか。教官の命でなければ宇宙港でとっくに始末してますよ。本当によろしいのですかこのようなもので、私は正直いって不安で一杯です。」 「電子頭脳はどう言ってるの。」 「それは・・・本物のサムライ一族であれば大いなる戦力になるのは間違いないような結果を・・・。」 「んで、彼は本物なの。」 「限られた情報の中では・・・。」 「なら、問題ないんじゃない。」 「しかし・・・。」 「うだうだ煩いドロイド・・・っと、奴だな。俺様がサムライ一族のオサでありカッコイイという事実は間違いないんだ。それでいいだろう。お前はせいぜい俺様の邪魔にならねーよーにコソコソ隅っこに隠れていればいいんだよ。俺が勝利した時に後ろでするポーズでも考えておけ。」 「元オサであろう。今のオサはあなたでは無い筈だ。」 「いーや。どこにいようと継承手続きをしてなければ俺がオサだ。ま・・・オサなんてどうでもいいんだがな。」 「命の保証はないんだぞ。嘘なんだろう。本当はハンター崩れなのだろう。命を無駄にするな。今のうちに嘘でしたと白状し、とっとと帰った方がいいぞ。それが身の為なんだ。この依頼は半端なハンター崩れごときの仕事ではないのだぞ。頼む、正直に言って断ってくれ。」 「くどい。俺はやる。雅龍とデートしたい。」 「えーい、そもそもサムライ一族自体が未確認に近い民族なのだ。伝説といってもいい。そんな教科書にのっているような民族が、のこのこやってくる筈がないじゃないか。今なら帰れるんだぞ。今しかないんだぞ。」 「煩いなーさっきから。デートするったらするの。もう言うな。とっとと終わらせてデートしたいんだから。」 「雅龍さんとのデート終わったら、次わたしねー。」 ホテルの部屋に組み込まれているシステムキッチンの方からココロンの声がそう響いて来た。割れたコップの片づけが終わり、いつのまにかキッチンで夕食の用意をしていらしい。美味しそうな香りが漂ってくる。音から察するに手際がよさそうだ。 「あー勿論だ。」 そう言うとカンナはキッチンの方へ向かった。ニヤニヤと嬉しそうだ。 「教官・・・不安です・・・。データが少なすぎます。敵に関してもあの二人に関しても。彼はまだしも、ココロンという少女はもともと当初の計画にすら入っていないんですよ。あの幼さで命を失うにはあまりにも・・・。」 ドーラは肩をおとしモニターの教官へ言った。 「カンナが連れて行くって言うんだから理由があるんでしょ。それに、ドーラ自身やろうと思いつつある根拠は。」 「・・・わかりません。ただ言える事は教官を信じている・・・それだけです。」 「ありがとう。それだけで動機としては充分なんじゃないの。あのココロンていう子も、自分がどうすべきかぐらいわかっているでしょう。いい目をしてるもの。」 「・・・わかりました。回線を切り替えますデータの方を。」 「わかったわ。無理しないでね。」 「イエッサー!」 作戦がダウンロードされた。 ・ 前回の戦いでドーラは幾つか解ったことがあった。 短い戦闘ではあったが、あの時ZEEKの頭脳に何度かハッキングをしかけようとした。一度目は当然侵入できなかった。が、ファーストアタックで電子頭脳のブロックの仕方がかつてのDOORS隊のそれがベースになっているのが確認出来た。チャンスは最後にやってきた。ZEEKの胸部をカットラリで切り裂き電子頭脳が混乱を来した時にわずかながら侵入することが出来た。そこでわかったのは、第一に、ZEEKのメモリは既に書き換えられていること。第二に、ジョニー隊長と隊長を保護する者を抹殺することが彼の最優先事項であること。第三に、ネットワーク的な保護を一切受けていないことだ。 かつての盟友は、既に死んでいた。メモリを消されるということはドロイドにとって死を意味する。今はZEEKという器を被った別人だ。何者かによってメモリを書き換えられ隊長を抹殺する為だけに駆動する殺人マシーンだ。 しかし、それはある部分で好都合だった。ZEEKを追えば隊長に出くわす。隊長を保護出来る。甘い夢を見るとしたらひょっとしてZEEKも・・・。ネットワーク的な保護がないことを考えると、見えない敵はZEEKそのものが破壊されても何等気にも留めないということが考えられた。それは、追う間にドーラや教官が何時の間にか追いつめられるという危険性が避けられることをも意味していた。隊長は何かの秘密を握った。そして、隊長を知るZEEKは利用された。敵は私ではなくより確実性を増すためにHUcastであるZEEKを選んだのだ。場合によっては自分自身がZEEKの立場になっていたかもしれない。胸が痛んだ。悔しくて震えた。隊長はその秘密を単独で追っているに違いない。隊長のことだ諦めるなんてことはありえない。隊長の口癖だった。「当たって砕けろ。砕け散れ。そうしてまた当たれ。」あの隊長のことだ、命の限り追いつめる筈だ。 敵の規模を知るためにはZEEKを捕獲する必要がある。仲間が必要だ、しかもとびっきり強力で頼りになる仲間が。DOORSにはいた。隊長が教官がZEEKがDOORSの皆が。つくづく今は一人である頼りない自分を知った。 「カンナか・・・果たして頼りになるのだろうか。同じ作戦は2度は通用しない。失敗は即ち大いなる危険への序章へとつながる。敵がなんらかの方法で我らの攻撃を知り得た場合、隊長と同じように我らへ刺客が送り込まれる可能性は充分にある。なんとしても成功させ隊長と共同戦線を・・・。」 「おいドロイド、なに考えてんだ。」 「カンナー違う違う。熊さんでしょ。」 「そうか。なー熊さん。」 「熊ではない。元特殊狙撃隊DOORSのドーラだ。言ったでしょう。」 「なんでもいいじゃんかよ。ドロイドでも熊でも。ましてや雪だるまでも。第一元は元だろ?今そのドラーズとかいうメンバーじゃなければんな商号なんかクソと同じだぞ。」 「雪だるま可愛い。」 「ドラーズじゃない、ドアーズです。」 「可愛くないなー。」 「可愛い。お家に連れた帰りたいな。」 「ココロン、こんなの家にいたら邪魔でしょうがないでしょ。熊さん人形買って上がるから。」 「えーでもコレがいいなー。」 「ココロンさん私はドーラです。ドーラと呼んで下さい。」 「はーい、ドーラの熊ちゃん。」 「まいったな。家具整理しないと。」 「なんでですか。」 「おい、そのZEEKとやら来たんじゃない。」  店の中からまさにあのZEEKが出て来た。銀河警察が血眼になって捜査している筈なのにZEEKは他人事のように堂々とあの姿のままで歩いている。高い身長、スラッと伸びたボディーに印象的な赤いカラーリング。そしてストーンヘッドと呼ばれた個性的な頭部。ドーラが切り裂いた胸部は完全に修復されている。あれほどの傷を直す金がZEEKにあるのか。オフでどこかと繋がっていると考える方が正しかった。どうしても一人苛立たずにはおれない。あそこまで大罪をおかした者が堂々と町中を歩いているのに誰一人気付かない。なんという無神経なんという理不尽。そして警察のなんという不甲斐なさか。 「じゃー行ってくるぜ、ドーラさん。」 「ラジャー。」 「いってらっしゃーいカンナ。」 「いってらっしゃいのチューは。」 二人が顔を寄せた瞬間にドーラを手を差し入れた。 「後にして頂きたい!」 「おやおやお固いのね。ドロイドだけに。」 「キャッハハハハ。」 「・・・」 「わーったって。」 そう言うとレンタルビークルのドアをあけ、ZEEKの後をつけていった。その歩き方はまるで素人だった。まるっきり普通にスタスタと歩いている。あのスピードでは追い抜きやしないかとひやひやした。 「では、行きましょう。」 そう言ってココロンを振り替えるといきなりドーラの面に唇を押し付けて来た。 「ちょっと、何をするんですか。ココロン殿お止めなさい。」 「だーってーこの唇の行き先がないんですもん。熊さんの口はどこなの?」 「我らに口はありません。」 「えーつまんない。それじゃーこの辺りにー。」 すると前の座席によじ登り、ドーラの面先に唇を押し付けようする。 「止めてく下さい。いけません。いけませんー。」 「駄目ー許さないー。」 「止めて、止めてー。」   ・   街の中心街をやや外れた処にZEEKの宿はあった。 「あれだ。奴以外にも何人か泊まっているようだ。」 「了解した。」 「何が了解しただよ。人には「後にして頂きたい!」とか言いながら自分だけココロンからチューもらいやがって。」 ドーラの頭部にはやたらキスマークが付いていた。そのココロンは後部座席で二人を見つめている。 「申し訳ない・・・。」 「熊さんにチューするとひんやりして気持ちいいんだよ。癖になりそう。」 「そのなりでも、俺には駄目だしするわけ?」 「申し訳ない・・・。」 「なんだよそれー。」 「うふふ。カンナは終わったらいーっぱいして上げる。」 作戦はこうだ。 カンナがZEEKと同じ宿に泊り装置を介してドーラに彼の素行を連絡する。そのパターンから敵とのコンタクトがなければ捕獲にうつる。前回同様、ドーラには目視以外でZEEKを捉えれることが出来ない。恐らく強力なジャミング装置を使っているのだろう。この状態では超長距離狙撃は難しい。ロックオン出来ないのだ。標的に着弾する前にフォトン光をキャッチして避けられる。ドアーズの精鋭であったZEEKからすればその程度のことは造作もないことだ。強力な破壊兵器も使えない。近距離でも歯が立たないとなると、相手のジャミングを中和してその一瞬にロックオン。Aライフルの特殊攻撃で一時的に電子頭脳を麻痺させる。失敗は即ち死を意味する。中和した時点でこっちの位置は相手にばれる。逃げるのが前提なら超長距離狙撃だが、逃がしてもいけないのだ。捕獲するか死かだ。 「よし、じゃーココロンいくぞ。」 「ちょっとまった。ココロン殿も連れて行くのか。」 「当たり前だろー。一人であんなむさい部屋にいれるかって。」 「そういう問題じゃない。危険だと言ってるのだ。言ったように今の奴は容赦ない。ひとたび事が起きれば誰であろうと、誰を巻き込もうと関係ないんだぞ。」 「一回言えばわかるって。」 「大丈夫よ熊さん。カンナが守ってくれるもん。」 「まかせとけ、銀河一、いやー宇宙一強くしかもカッコイイこの私カンナ様が守ってやるさ。」 「キャーーーカッコイイ。」 「わはははは。行ってくるぜ。」 「いってきまーす。熊さんまっててね。」 「あ・・・・・。」 そう行ってビークルを後にした。二人は買い物にでも行ってくる自然さで出かけて行く。手を繋いでいる様子を傍で見ると兄妹のようにしか見えない。 「教官・・・不安です。不安で仕方がないです。」 #5.「侍魂-2-.」 ドーラはイライラしていた。 というのも、調査に入って3日間、二人からなんの連絡もないのだ。 カンナには打ち合わせで口が酸っぱくなるほど言っておいた。装置をセットし映像と音声及びデータを自動送信にすること。そうすればこっちで相手の動きを把握し最適のタイミングでジャミングをかけられる。そう、ドーラは初めから二人を宛にしてはいない。宛に出来る筈がない。一瞬の判断ミスが命を失う作戦なのに不確定要素が多すぎる。カンナにしても何一つ疑問には答えていなかった。ドーラが具体手的な情報を聞いても、そんな資格しらないだとか関係ないだとか、俺は銀河一だ、宇宙一だとホラ話しかしない。ココロンは正直に答えてくれたニューマンであること、仕事上で覚えたテクニックで多少なりかは援護出来る事等など。話から察するにそのココロンのテクニックは実践むきではなさそうだった。となると、やはり自分で決めるしかない。直接近づけない以上は情報の収集だけでも二人の意味は大きかった。だが、その肝心な情報が全く来ない。生存は確認されているドーラがモニター出来る。なのに情報が。 「カンナ・・・いったい何者なんだ。サムライ一族のオサと言っていたが本当なのか。」 サムライ一族。その存在はもはや伝説と言っていい。その原種はヒューマーの遠い遠い気の遠くなる程に遠い昔、ある地域にいたとされる人々だと伝えられる。NIHONTOUと呼ばれる金属製の刀を振り回し、独自の精神性で他の種族と異にしていたらしい。一般的にはこの程度しかわからない。もはや遠い遠い昔の話なのだ。さらに情報を追うと事実ともつかない逸話が出てくる。多すぎてどれが真実なのか完全に把握している者はいないだろう。元々サムライ族に関する話はほとんどが噂話から来ているようだ。この世のものとは思えない楽園。一度迷い込んだら二度と戻ってこれない死の世界。そこに彼らはいるらしい。いずれにしてもその目で見たというものはいても場所は定かではなく証拠も誰一人として持っていなかった。ただし、その存在がにわかに否定出来なくなった事件があった。NIHONTOUの存在だ。それはまさに青天のへきれきと言えた。ワーム航法に失敗した連絡船の外壁にNIHONTOUが刺さっていたのだ。そして一代サムライブームが巻き起こる。レプリカが大流行となり実剣の刃先にフォトンを組み込んだもの等登場した。しかし、多くのハンターはブームが去るとともに元のフォトン製セイバーに持ち替えた。実剣はいささか重過ぎる上に、邪魔になった。そして現在その存在はファッションとしてもたれる程度となった。今のこの世界で、実剣で切れるものなど食材ぐらいなものだった。 「この程度か。」 ドーラはビークルで待つ間、ZEEKが起こしたと思われるあらゆる事件と、それに関連性のある情報を検索していた。そして同時に、カンナとサムライ一族に関する情報を調べていた。「ほとんどがゴミだな。なんの証拠もなく裏付けもない。下手な小説を読むより退屈なものばかりだ。教官も彼を本当にサムライ一族と信じているわけではないと言っていた。ただ、言えるのは恐ろしく強く・・・はー。女好きか・・・。わからない。」 現段階に入手出来る20万件に及ぶ素材から電子頭脳に計測した結果、カンナがサムライ一族である可能性は不明と出た。理由は情報が不確定過ぎる上に少なすぎるというのだ。 「カンナに関する情報は近年のものしかないな。どこの国籍もとっていない。ハンターでもない。ハンターどころか職すらない。どうやって生きて来た。」 そこにはある可能性が明示されていた。それはヒモ。 「ヒモか・・・信じられんが最も説明がつく。」 ココロンについてはすぐわかった。彼女がニューマンであること、そしてニューマンとしては長生きをしており今年で20才になること。その収入や家族構成等、銀河警察のデータベースからすんなり出て来た。勿論、民間人は見れない。教官が極秘裏に回線を開いてくれているお陰であった。ドーラはデータを読むにしたがって複雑な心境になった。それは彼女の職業をリードした時だ。 「接待業か。そしてこの店は・・・成る程。」 女性ニューマンが最もその道を選ばざる負えない職業。夜の接待業。カンナとは恐らくそこで知り合ったのだろう。しかも、店舗の情報を読むと恐らくは違法で営業されていることだとわかる。データの裏にある事実を読み取るのはジョニー隊長に仕込まれた。人間の闇を教えられた。人間を尊敬したかった。裏データを検索するとその予感は的中した。 「あなたの願望かなえます・・・何でも言う事を聞く女性は入りませんか・・・。」 そこにはまさにココロンの映像とコメントが掲載されていた。 「チューリーでーす。身長はアンダー140センチ!つくしちゃいまーす!」 チューリーと名乗るココロンは、同じ笑顔で写っている。その声は底抜けに明るい。ドーラは不意に通信を切断する。 「バックトラフィックを完了、痕跡を全て消去しました。通信終了。」 「見たくないものを見てしまったな。カンナ・・・そうと知りながらあの態度か・・・。とことん胸くそ悪い男だ。隊長・・・私はまだ人間を理解していなのでしょうか。・・・やはり私は人間を尊敬出来そうにもありません。」 ピピピ、ピピピ。 ビークルの後部座席にセットしていた通信端末が反応している。 「動いたか!」 「通信回線オンライン。映像が出ます。」 無機質な女性型の音声が響く。 「おー熊さーん元気してるかー。」 カンナだ。酔っているのかやけに陽気なようだ。その陽気さが逆に感に触る。 「動いたのか。」 「なんだかなー。」 「熊さーん元気ー。一人だと寂しいでしょ。直に終わるからね。」 「いや、平気です。」 「んだよー随分態度違うなーおい。ドロイドの癖に色気づいたかー。人の女に手を出すよなよー。」 「なんだと!」 ズガン。 思わず立ちが上がりビークルの天井に頭をぶつけてしまう。衝撃でビークルがゆさゆさと揺り篭のように揺れている。天井が上へ凹んだようだ。 「キャー熊さんへーきー。頭痛くなーいー。」 「だ、大丈夫です。申し訳ない。」 「オイオイ、ビークル壊れんぞー。お前修理代払えるんだろうなー。俺は1メセタ足りともださねーからな。」 「わかった。」 「おーおー、ご機嫌斜めですこと。」 「ところでどうした。今のコールは作戦準備段階のコールだったが。」 「あー、これからやっちまおうかと思ってね。」 ズカン。 予想外の返事にまたしても飛び上がってしまう。ビークルは一層大きく揺れ動き、天井は不自然に変形している。後一度で貫通しそうなくらいだ。 「うそー熊さーん大丈夫なのー。頭見せてー。」 「わはははは。バカじゃないのお前。学習しろよ。わははは。」 「今なんて言った。」 「あん。バカじゃないのお前、か、それとも学習しろよか。」 「違うその前だ。」 「だからー、奴を捕獲しようと思ったって言ったんだよ。」 「なにー。」 「熊さん、あたま見せてよー。」 「カンナ、言っただろう。捕獲は私の役目だ。カンナは自分の任務を果たせ。」 「がなるなよ。予定が変わったんだ。俺が捕獲するしかない。」 「予定だと。計画は既に立てて伝えただろう。それに計画を決めるのは私でお前じゃない。」 「熊さーん、あーたーまー。」 「しょうがねーだろー変わっちまったもんわ。もードロイドだけに固いねー。」 「キャハハ。それこの前も言ったー。やだーオジさんみたーい。」 「わははは。そうだったな。」 「でもオジさんになったカンナも見てみたーい。」 「それは無理だよ。」 「どうしてー。」 「俺は一生カッコイイままでオジさんにならないからさ。」 「キャーーーカンナカッコイイーっ。」 ズバン。 カンナのスピーカーから壮絶な音がした。思わず見詰め合う二人。ビークルではドーラが助手席を後ろへへし折ってまっていた。 「いい加減にして下さい。」 声を押し殺して言った。 「熊さーん。」 「わかりました。ハイ頭です。」 そう言うと通信機器に向かって頭を向けた。 「ハイ、なでなでなで。痛いの痛いのとんでけー。ほーら飛んでった。」 「ありがとうございます。」 「そういうわけだ。」 「何がそういうわけですか。詳しく説明して下さい。」 「じゃー行ってくるぜ。」 「ちょっと待って下さい。」 「熊さん後でねー。」 最後に映ったのはココロンがドアップで手を振る姿だった。 「通信終了。」 「何がどーなってるんだ。」 ドーラは危険を承知ですぐに通信再開の手続きにかかる。 「通信不能。通信相手がおりません。妨害波によるものか、通信機器の破損により通信出来ないものと考えられます。」 「バカな。一体何がどうなってるんだ。」 バックパックを吹かすと、ドーラはビークルの屋根を身体で突き破って上空へ舞い上がった。隣接していた5階だてのビルを壁面にそって一気に上昇すると、音もなく屋上に降り立つ。右手には対アンドロイド用ライフル、DOORSで言う通称Aライフルを持っている。そして、脚部に装備されているフットバーニアで滑るように屋上を駆ける。屋上の縁にまで一瞬でいくとドーラは音もなく伏せ、構えた。 「スコープモードオン。」 ドーラの電子頭脳が刻一刻と変化する周囲の状況をトレースしている。まだ、変化はない。 ZEEKのホテルと部屋が決まった時点でこのビルの屋上は狙撃ポイントとして決めていた。ここからなら500メートル先にあのホテルが見える。しかもこの角度からカンナの言ってたZEEKの部屋は正面になる。ホテルの出入り口も見えるので狙撃するには最適なポイントだ。 「動くか・・・。」 変化はない。 この地域も太陽光が強く砂埃が酷い。そのせいか、ここ3日間は日中にもかかわらずほとんどの人を見かけなかった。主に夜に活動するらしい、昼夜が逆転したような街のようだ。昼はひっそりと静まり返っている。紫外線が刺すようだ。 「索敵終了。」 電子頭脳が索敵結果をつげた。半径1キロ以内の生態反応は200。うちヒューマンタイプは80。ドロイドは4。ドロイドの中にやはりZEEKは掛からなかい。フォトン反応はなく高エネルギー反応もない。ドロイド4体は解析の結果メイド型キャシールと確定されている。 「やはりそうか。」 ここ3日間で改めてZEEKが起こしたと思われる事件、また少しでも関連のありそうな事件に関してデータベースをサーチ分析していた。今までは行き当たりばったりに見えたZEEKの襲撃は実に巧妙であることがわかった。前回もそうだ、あの動きは予め逃走経路を決めていたと考えられた。事前に逃走経路も確保し、かつ仮に襲撃に失敗しても銀河警察が表だって介入出来ないようなエリアで戦闘を起こしている。恐らく結果的に巻き込まれた多くの者達も、結果的なものであってあくまでターゲットであるジョニー隊長が狙いであったと考えられた。とすると今回も万が一があってもカンナやココロンを直接狙うようなことは無いとドーラは確信した。 「あくまで狙いは隊長でありこの私だ。いや、私にしろ奴からすれば過程に過ぎない。過程に入れば排除するが居なければ寧ろ襲うことはない筈だ。このエリアには遠いが管轄する警察がいる。」 ドーラのスコープアイは以前としてホテルの無機質な壁を映している。センサーはジャミングの為にZEEKの姿を捉えられずロックオンも出来ない。永遠のような一瞬が続いた。 「動いた。」 突然ZEEKがいるであろう部屋の壁は破壊音とともに壁ごと吹っ飛んだ。 その飛んでいく瓦礫の裏に見える赤い陰は・・・。 「ZEEK。」 目視で照準を定めたが瓦礫と砂塵でロックオン出来ない。 「アンチジャミング。」 ここだと思った。ここで逃したら後はない。 「なに、ロックオンできない!」 微かに目視出来るにもかからわずオートロックが作動しない。アンチジャミングが正常に機能し予想通り初めてセンサー上でZEEKを捉えている筈だった。しかし。 「しまった!チャフか!」 砂塵にまじるキラキラ光る金属片、それはセンサーを狭い範囲で狂わすチャフだった。旧世代の補助兵器だが狭い範囲では今でも効果的なのだ。 「クソッ、壁面破壊と同時にチャフをまいたな。私の存在に気付いていたのか。」 アンチジャミングを使うことでこちらの位置が敵の索敵センサーにかかる。もはや一刻の猶予もない。今回は教官の支援は受けられないのだ。右手にもつAライフル、腰にぶらさげたカットラリとカスタムレイのみで凌がなければならない。 ドーラは目視でロックオンしようとするがチャフと砂塵で全く捉えられない。そして、センサーはZEEKが弾丸のように真っ直ぐこっちへ向かってくるのを捉えた。 「マズイ。来るぞ。」 踵を返すとバックパックをふかし、一気にビークルのある地上まで飛んだ。 着地と同時にビークルの扉に手をかける。 「・・・」 動けなかった。 ビークルの正面50メートル先には、砂塵の舞うなか一つの美しいボディが立っている。灼熱のように赤い赤き凶器と言われたヒューキャスト。 「また会ったなデカイの。」 「・・・最悪だ。」 「次はないぞ。」 「ZEEK・・・。」 ドーラは覚悟を決めた。 その時、ふいにZEEKは後ろ振り返った。 「逃げ足早いのねーZEEKちゃん。」 「カ・・・カンナ。」 押し殺した声でドーラは唸った。そこには何時ものようにニヤニヤと笑顔を張り付かせたカンナが立っていた。腰には剣を1本さしている。その立ち姿はまるで無防備だ。 「リューカーか・・・。」 腰を捻り猫のような体さばきでZEEKはカンナに向き直った。 すかさずAライフルを構え、ロックオンする。しかし、距離が近すぎる。 「よせ、そいつは関係無い。」 「いいや、邪魔をするなら話は別だ。さっきは不覚をとった。」 威厳を込めた口調でZEEKはそう言った。さっき、さっきとはどういうことだ。 「カンナやめろ手を引け。命を無駄にするな。お前はあの子を守ってやれ。任務は終了だ。報酬は約束する。」 「わははは。ドーラ、お前がやられっちまったらどうやって保証するんだよ。」 「煩い。とにかく保証する任務は終了だ。帰れ。」 「今帰れば命は助けてやる。二度と俺の前に現れるな。」 ZEEKは動かない。 「それがそうもいかないんだよねー。俺は帰ってもいいけど、あんたドーラをやるだろ?すると俺の楽しみにしていた報酬がパーになり、ココロンにも嫌われる。」 このカンナの陽気さがかえって異様に見えた。 「だから大丈夫だ。保証する。俺が保証する。」 ドーラの電磁頭脳という心が砕けそうだった。今はあらゆる生存の可能性を模索しているが答えは一向に出ない。最良の方法でも生存率は1/6500万だった。 「駄目駄目。ドーラがやられたらココロンも悲しむ。約束させられたんだ熊さんを守ってってな。ウンって言った以上は仕方がない。武士に二言はないんだよ。」 「お願いだ。お願いだから引いてくれ・・・。あの子を悲しませたくない。」 「おいおい俺はどーなってもいいのかよ。まーったく面白い奴だなドーラ。気に入ったぜ。」 「茶番は終わったか?」 赤のセイバーに手をかけた。 それまでニヤついていたカンナの顔が変わった。棒立ちになった。蛇に睨まれた蛙といったらいいだろうか。手をだらんと下げ、目は眠りから覚めたばかりのように半分だけ開けている。半眼という状態だ。目線はやや下を向きまるで相手を見ていない。 「自分が斬られている間に俺に奴を仕留めさせようというつもりか・・・。しかし、ZEEKのスピードならそんなのなんの時間稼ぎにもならん。犬死にだ。」 砂塵がまっていた。 幸い通りを歩く者はいない。 目線のずっと先には外壁の崩れたホテルが見えた。 太陽光が容赦なく照り付け、ドーラはふいに今の紫外線量はどの程度なんだろうと、まるで関係ないことを思った。 外でのハンター訓練の時、雅龍教官がよく日焼けを気にしていた。教官は笑顔だった。隊長も教官の時はやけに嬉しそうだった。 ZEEKもそして私も。 命をかけた訓練もあった。大切な仲間を失ったこともあった。大きな作戦もあった。部隊が壊滅的打撃をうけ、強行班は全滅、もはや隊長とZEEKと私しか残っていない。それでも、隊長の機転とZEEKの強さとドーラのコンビネーションで部隊を救ったことも何度もあった。そこには何か大切なものがあった、ドロイドのドーラにとって勲章の数や巨万の富や栄誉ある言葉なんかどうでも良かった。ただ、あそこには自分を必要としてくれる者達、尊敬する者達がいた。今は一人だった。 カンナは最後の最後まで全く言う事を聞かない奴だったがどこか憎めなかった。ココロンの無邪気な笑顔が浮かんだ。電子頭脳は最悪に備えてメモリーの自動バックアップモードに入っている。 「最後でも悪くないか。」 そう思った時。 ZEEKとカンナのほぼ真ん中あたりにリューカー反応が出た。リューカーの光の中にいるのは・・・。 「ココロン殿!」 「ありり?ちょっとずれちゃったね。」 ZEEKが弾丸となって走った。 向かう先はココロン。 「ファイヤー!」 Aライフルを撃った。 前を向いたままセイバーで弾かれる。ドーラはライフルを捨てカットラリを握る。 「間に合えー。」 その時、赤い固まりが1階のショーウィンドウに頭から突っ込んだ。 そして静かになった。 「なに!」 ココロンのいたところにカンナだ立っていた。左手でそっとココロンを抱き寄せさっきと同じように半眼のままで棒だちだ。ただ、右手に実剣が握られている。あれがNIHONTOUなのか。 「えへへ。ずれちゃった。」 ココロンは無邪気な笑顔でカンナを見上げる。 「いいや、ズレてない。これでいいんだよ。」 そう言って微笑んだ。 「ドーラ、ココロンはまかせた。」 カンナが背中を軽く押すと、ニコリと笑ってココロンはドーラに向かって走り出す。 「熊さーん、元気だったー。」 「ウリィィィィィィィィッ!」 ZEEKが咆哮した。 「バーニア全開!」 すかさずバックパックをふかしココロンを抱きかかえる。右手にはカットラリ。低く構える。 「確保!」 カンナとの距離は5メートル。 ショーウィンドウの瓦礫のなかからZEEKがユラユラと立ち上がった。 「ウリィィィィィィィィッ!」 また咆哮した。その咆哮が不気味に響く。 「ウリィィィィィィィィッ!」 まただ。ゆっくりと歩きだす。 「わーい熊さんだー。」 「私にしっかりつかまってて下さい。」 「うん。」 そう言うと両手両足で器用にしがみついた。そこをドーラがそっと左手を沿える。ココロンは笑顔で見上げたがドーラの突き出した胸部が邪魔で顔が見えないようだった。 「お顔みえなーい。肩がいい。」 「ラジャー。」 そういうと左手で担ぎ上げ肩車する。 「わーい、高いたかーい。カンナが小さく見えるー。」 「ウリィィィィィィィィッ!」 天を仰ぎ、地響きを伴って咆哮した。 「ドーラ、ザコはまかせたぞ。」 ZEEKが消えた。 半眼のカンナはまるでダンスを踊るかのようにユラユラと揺れる。空気を斬る音と砂塵が舞い上がる。ZEEKの姿は早すぎて映像では補足できない、ドーラは無視界モードで追った。センサーに映ったZEEKは恐るべきスピードでカンナを襲っているのがわかる。そのカンナは風に吹かれた紙吹雪のようにヒラヒラと舞った。 「ふふ、カンナ踊ってる。」 上段から空気すら切れそうなスピードで赤のセイバーを振り下ろすZEEK。それを避けるカンナ。すかさず右足で足払いをかけるがそれも避ける。 大地に手をつき低い態勢から駒のように回転。そして伸びのある蹴りを放つ。 更に地から天は駆け抜ける竜のようにスルドイ蹴りでサマーソルトを放ち、態勢を立て直すか立て直さないかで、すぐさま横一線にセイバーを振る。 全てかわしていた。 ZEEKが姿を見せる。 カンナとの距離2メートル。ドーラとの距離10メートル。 カンナは半眼のままやはり棒立ち。全く息は乱れていない。乱れていないどころか呼吸すらしていないかのように静かだ。目線は自分の足元のやや前方。右手にはNIHONTOU、両手はだらんとたれている。 「ウリィィィィィィィィィィィィィィッ!」 一際大きな咆哮が響く。空気が大地がビリビリと揺れた。 赤のセイバーをゆっくり構えた、そして・・・。 倒れた。 仰向けに。 ボディには傷一つないのに。 ZEEKは右手にセイバーを持ったまま大の字になって大地ひれふした。 何が起ったのか全くわからなかい。 「カンナったらカッコイイーもー。」 足をぶらぶらさせドーラの頭の上で拍手喝采なのはココロンだ。 「ドーラぼさっとするな。これからが本番だ。くるぞ!」 「センサーにフォトン反応多数。高エネルギー反応多数。完全に包囲されました。」 電子頭脳が危機を知らせる。 ふってわいたかのように周囲は何時の間にか完全に囲まれていた。 「住人だ・・・なぜ。まさか全員が敵!罠にかけられたのは初めから私達だったのか!」 「索敵数84。ヒューマータイプ30、ニューマンタイプ40、アーティフィカル4。ロックオンされています。」 「キャッツ。」 ドーラは素早くかがみ、肩車していたココロンを胸に抱え直した。 「ここなら安全です。」 「むふふふー熊さん胸おっきー。うにうにうに。」 住人はまるで夢遊病のようにユラユラとおぼつかない歩みで包囲網をジリジリと狭め始めた。手にはセイバー。大人もいれば子供もいた。それらは何かおかしかった。ロックオンしているのは恐らくキャシール4体。まだ撃ってこない。何かを待っているようだ。 「チッチッチッ」 人間の耳では捉えられない高い周波数の音声が規則的に流れた。 「暴れるぞードーラ!」 唐突にそして一斉に住人達が襲いかかってくる。 その光景は悪夢の続きようだった。 PSO-侍魂3 ジョニー隊長の行方を掴む為、かつての同胞ジークを捕獲する作戦にでたドーラ。銀河警察特務機関の教官である雅龍の協力により、侍一族の末裔という強力な助っ人を得たものの、全てが思惑と違った方向へ流れ一人苛立つ。そして、その先に待っていたのは待ち伏せという最悪の結果であった。だが、真価を発揮した侍の末裔であるカンナの前にジークを倒れる。しかしそれでは終わらなかった。何時の間にか周囲を完全に包囲されてまう。まだ戦いは始まったばかり。 「チッチッチッ」 人間には聞こえない極めて高い周波数の音声。 ドロイドであるドーラには微かながらも完全に捉えていた。恐らくこの場で気付いているのは自分だけであろう。規則的に響くこのパターンに従って住民は操られるかのように包囲網をジリジリと真綿で絞めるように縮めてくる。建物上階からメイド用レキキャシールはドーラを四方からロックオンしている。ドーラはそれもわかっている。左手で抱きかかえているココロンという少女は、まるで遊園地のアトラクションのように楽しんでいるかに見える。先ほどからドーラのボディに笑顔で頬を摺り寄せたり、しがみついている手先でドーラのボディを叩きながらリズムを刻んでいる。人間の諺に、ミイラ取りがミイラになるという言葉があるが、まさにそれだった。 「また、あの音だ。おかしい何かがおかしい。音声の発進元が捉えられない。揺らいでる。発信源が揺らいでいる。くそ、メモリが疼く。嫌な感じだ。」 「ドーラ、ザコはまかせたぞ。」 唐突に、独り言のような口調でカンナは言った。 「オゥ!」 少女を抱えたまま低い姿勢でカットラリを構える。グリップを握ると、カットラリのフォトンビームが両端から怪しく薄紫に光る。カンナは動かない。半眼のまままだジークを見ている。いや、見ていないのかもしれない。見るように見ない。教官との訓練でそんな言葉を思い出した。 「見るように見ないのよ。わかる?」 「わかりません。」 「あなた早すぎ。ふふっ。そうねーあなた達ドロイドは高性能のセンサーがあるわ。人間にはない。私たちニューマンにも。でも、人間にはカンがあるのよ。見るということは脳が見るということに集中しているということ。見えるというのは像が写っているだけ。それが見るように見ないということ。見たら動きが遅れる。だから見るように見ないのよ。どう、わかる。」 「残念ながら。理解出来ません。」 「じゃーねーヒントあげる。センサーは全てを一様に処理しようとするでしょ。比重を置くのよ。極端にね。そうすると比重の無い部分は像としては捉えられているけど判断はされてない。ふふ、ふふふふふっ。」 「教官いかがされました?」 「なんでだろ。あなたが相手だとつい喋りすぎてしまうのよね。それが、可笑しくて。なんでだろ、あなたは私の言葉を理解してくれる日が来そうな気がするのよね。そんな気がするのよ。・・・わかった?」 「残念ながら・・・」 これが教官の言う、見るように見ないということなのか。 「解析完了」 ドーラの電子頭脳が何かの答えを見出した。 「熊さん、イケイケーゴーゴー!」 ココロンが声をいきなり上げた。 すると、それが合図であるかのように80名におよぶ住民達が一斉にドーラ、カンナにしなだれかかる。雪崩、暴徒、戦争、策略、リンチ、不条理、何故か6つの言葉が頭に浮かんで消えた。 「オォォォォォォォォォォォォ!」 ドーラは咆哮した。住民達はドーラやカンナに群がり2人が、厳密には3人が見えなくなる程に人山となった。各々にセーバーやパルチザンを握り目茶苦茶に振る。子供達は中に潜り込み2人に向けハンドガンを一心に連射している。そして、その人山にさらに人が乗り上がり山を掻き分けてセーバーを突き立てようとする。 その時、空気が青くスパークし、世界は真っ白になった。そして、ボタボタボタッという重いものが四散する音が聞こえた。直後あちこちから、「うわっ、目がー。」と言う声が。 「バックパック全開!」 その閃光の中、ドーラの声が白い世界に勇気を注ぐ。 ドウッ! バックパックの噴射と共に地響きと激しい砂埃が舞い上がる。世界はまだ白くてよく見えない。ビルの4階からロックオンしていたレイキャシールは唐突な閃光に有視界モードから赤外線モードに切り替えた。 「にっ!」 「許せ同胞。」 眼の前には赤外線アイを通して見たドーラが、まさにハンドガンを構え正面にいた。デカイ! ドサッ。 レキシャシールはトリガーを引けずに倒れ込んだ。 続いて、閃光が一つ、二つ、三つ! ドーラは自由落下する直前、器用に腰を捻りながら、一瞬にして全く別方向へ更に3つ閃光を放った。右手に持っているのはカスタムレイ。左手にはココロンを抱え込んでいる。捻りの回転力でゆっくりと回る巨大なドリルのように地面に落下する。 ズンッッッ。 まるで地震が起きたようだ。 ドサドサドサ。階上で3つ金属が倒れ込む音が聞こえる。 閃光に目が慣れ、ココロンはようやく眼を開けた。顔の前にはドーラの大きな手の平が。閃光を防いでくれたのだ。 「降りたい。熊さん降りていい。」 「はい、どうぞ。」 ドーラはゆっくりとココロンを降ろす。ココロンの眼に映ったのは、広範囲に飛ばされ、気絶もしくは閃光でまだ目が見えずもがいている住民達だった。ふと、カンナの方に眼をやると、同じ位置、同じ姿勢で何事もなかったように立ち尽くしている。一瞬でけりがついていた。 「わー・・・。」 感慨を込めた笑顔で辺りを見渡すココロン。ドーラを見上げると、それに気付いたドーラがココロンを見る。ココロンにはドーラが笑っているように見えた。 「熊さんカッコイイーーーっ!」 ひしっと抱き着いたココロンは、まるで子供のように足をバタバタさせる。 「ねーねー皆やつけちゃったのー。」 「いえ、違います。彼らは、気絶しているだけです。一時的な意識混濁です。」 「悪い人じゃないの?」 「いえ、彼らは催眠誘導によって操られていた普通の住民です。催眠は強力なやつです。催眠誘導は強制的に覚醒させると精神に強いダメージを与えてしまうことがあります。そこで、光と衝撃という本能に近い部分で強い衝撃を与えることで催眠誘導の支配から一時的に開放されているんですよ。」 「じゃー、また襲ってくるの?」 「はい。ただ、元を断てば彼らの催眠は解けるでしょう。今なら。」 「もと?」 「はい。カンナがやってくれます。」 このほんの短い間、ドーラはフィールドを最小限に縮小し、カンナにまで拡張した。そして、溜め込んだエネルギーを一気に開放、そのエネルギーの一時的拡散によって強烈な閃光と同時に、フィールドの爆発的な拡張で住民達は周囲へ飛ばされた。つまり衝撃波だ。直後、一気に残りのエネルギーをバックパックへ送りビル4階まで吹き上がりレイキャシールを狙撃した。その為、もはやドーラにはフィールドに回すエネルギーはいかほども残っていなかった。ただ、ドーラには不思議な確信があった。カンナが後はなんとかするだろう。 「ドーラ。」 遠くでカンナが呟く。 「ああ、わかっている。まかせろ。」 パチパチパチ。 ドーラの背後から拍手が。 「やりますね。お二人さん。」 ドーラは左手でココロンを優しく背後に押しやると、カンナに背を向ける。 建物の陰から、青黒いヒューキャスト、長髪のハンター、青いフォマールの3人がゆっくりと3方から現れた。 「やりますじゃねーだろ。聞いてねーぞ、あんなに強いなんて。」 なにやら長髪のハンターがヒューキャストに向かってボソボソ言っている。ドーラにしっかり聞かれているとも知らずに。 「ねーねー、逃げましょう。逃げましょうよ。だから嫌だって言ったのよ。」 「言ってねーだろ。こんな大金見た事ありませんわーなんて調子の良い事言ってただろーがよ。」 「い、言ってませんわよ!あなたこそ、腕がなるぜー腰もなるぜーとか下品で馬鹿が丸出しなこと言ってたじゃないのよっ!」 「んだとーっ!」 顔は必死にクールさを保とうとしているが、ハンターとフォマールは足元がふらふらしている。ドーラを見据えながらもチラチラと相手も仲間をみやり、口元は笑顔を絶やさず、しかし腹話術のように唇を動かさずに器用に会話している。恐らく普段からこの調子なのだろう。でなければこの距離で会話が通じる筈がない。 「二人ともいい加減にしないか。それに、声に出すな。マイクを使えって何度言わせるんだ。作戦通りにやればいい。レイキャストなんぞ俺にかかれば赤子同然だ。作戦Βでいくぞ。」 ヒューキャストもドーラを見据えたまま、ハンター同志が決められた固有の回線で二人に向かって話す。 「お、おい・・・Βってなんだ。」 「えーっ。あなた馬鹿じゃないの。αの次に説明したじゃない。」 「煩いな!αは覚えている。αでケリがつくかと思って覚えてねーんだよ・・・。」 「こんのー・・・顔だけ男!顔をとったらスペースネズミ以下ね!さいってい!」 「オイオイオイ、何て言った、たった今何て言ったんだ!」 「スペースネズミといったザマス。」 「何がザマスだー!」 「止めろ!ハンター回線使って何バカなこと言ってるんだ。査定に響くだろうが。」 「!」 「!」 思わずピクっと二人は止まった。 「す、すまん・・・。わかったΒでいこう。思い出しみるよ。」 「ゴメンネ・・・私も言い過ぎた。」 「わかればいい。安心しろ昨日バージョンアップしたばかりの私の電子頭脳があのレイキャストを捕獲する確立を85%と示している。もはや確実と言っていい。」 「おースゲー。なんか力が湧いて来たぜ。」 「そうね、そうようね。」 するとまるで3人が申し合わせたようにニヤっとドーラを見て笑った。 正面に青黒いヒューキャスト、やや右前方に長髪のハンター、ヒューキャストよりの建物により近い左前方に青いフォマールが立った。ドーラは3人を見据えたまま二王立ちだ。 「何のようだ。残念ながらこの一帯の店舗は全て休業だ。」 「貴様に名乗る名などない。」 長髪のハンターがそう言った。不思議な空気が流れる。 「名など聞いておらん。何のようだと言ったのだ。」 ぷぷっ。 ドーラの後ろから3人を覗き込んでいたココロンは吹き出し、笑いを堪えてドーラの太股あたりをバンバンたたいている。その向こうでは、フォマールがハンターを睨みつけ、ヒューキャは頭を抱えていた。 「警告する。攻撃すれば政党防衛として銀河刑法第2889012条A-13451-31の範囲において反撃を加える。」 「?」 「?] またしても不思議な空気が流れる。 フォマールとハンターは不安そうにヒューキャを見る。 「最新の分析結果が出ました。」 そのヒューキャストには先ほどからサーチしていたドーラに関する最新の分析結果が表示されていた。一瞬間があいたが、ヒューキャは右足がガクッとさせた。 「おい、銀河刑法第288のーなんとかってなんだ?」 「ねーねー、範囲ってどの程度が許可されてるのー。まさか怪我させるのもアリなの?」 ヒューキャストは反応しない。ただ、時折右足膝をガクガクッとさせる。 「おい、何やっているんだよ。なんなんだよ銀河商法の第689条ってさー。」 「刑法よ!商売してどーすんの。それより、ねーどの程度なのよ。」 ヒューキャストのモニターには、ドーラの解析結果を前提としてΒ作戦とやらを実行した場合の成功確立は不能と出ていた。不明でなく不能なのだ。成功する確立が低すぎて不能で出たのだ。その他に、ドーラのボディや装備が一般には流通していない、警察関係の特殊機関もしくは軍関係、研究機関の素材の可能性があり、推定の出力だけでも遥か何倍にも凌駕してると出ている。それを知ったヒューキャは、人間でいう腰砕けの状態になっていた。 「なー。」 「ねー。」 「・・・逃げるぞ。」 「あにー!」 「えー!」 「逃げるぞ!」 「・・・」 「・・・」 ヒューキャを見つめる二人。 「りょーかい。」 「了解。」 さー逃げようとした刹那。 「まて。」 ドーラが声を張り上げ、3人の行動を制した。 「逃げてもらっては困る。君たちには終わるまでいてもらわねば。この結果をエリア警察に報告してもらなくていけない。」 「えー・・・・は、はい。」 「バカ、何言ってるのよ。逃げなきゃ!ねーそうだよねー。」 すがるような眼でフォマールはヒューに語り掛ける。 ヒューキャストは何を思ったのかビシッと足を揃え軍人のように敬礼をした。 「えーーーー!」 「ラジャー!」 「ラジャーじゃないでしょーこのポンコツ!逃げなきゃ、逃げなきゃ。」 ヒューキャストはビシッと敬礼をしたまま微動だにしない。 「ご婦人は何かご不満でも?」 ドーラはフォーマルを見据えた。 「え?わたくし?そんな、ご不満だなんて・・・なくてよ・・・オホホホホ。」 「それに逃げると尚更危険です。」 そう言うと、ドーラは再びカンナに向き直った。 「え?」 カンナはまだ動かない。 ただ、カンナの周囲の空気が以上に密度が異なるかのようにユラユラと揺らいでいる。それが次第に大きくなる。 「時空振!」 ドーラはココロンを抱え込みよつんばに伏せる。 ゴーーーッという大音響と共に、カンナを中心に一気に空気が吸引される。 「いやー死にたくなーい。」 その声はかき消され、フォマールは建物の柱にしがみ付き必死に抵抗する。 「た、助けてくれー!」 地面をはっているがズルズルと中心、零地点へハンターが吸込まれそうになる。それでもハンターの本能なのか、セイバーを地面に突き立てなんとか抵抗する。が、吸引力は益々増し周囲の建物もミシミシいっている。破片や椅子や倒れ気絶していた人々がまるで人形のように中心へ向かって吸込まれていく。耐えられなくなったのか、ふんばっていたヒューキャが溜まらず吹っ飛んだ。まるでガラクタになった玩具のように軽々と飛んで来る。ドーラの真横を通る刹那、恐るべき正確さでヒューキャストの右手をつかんだ。しかし、ドーラは微動だにしない。胸部が少し開閉しており緊急用の酸素をパイプを使ってココロンに向かって吹き付けている。気付いたのかココロンはそのパイプに口を当て必死に息をしている。 「すさまじい時空震だ・・・この時空震はまさか。過去の記録にある・・・まさか奴等が関わっているというのか最悪の奴等が!カンナ、カンナはまだ立っている。零地点にいるにも関わらず。何者なんだ奴は。いや・・・今はカンナが頼りだ奴ならやる。俺はココロン殿を守りきる。」 時空震は一層強まり、全てのモノを飲み尽くすかのようだ。遂に建物が崩れだし次々と飲み込まれる。酸素が薄い。この酸素が続けば、あの二人も助かるまい。何を思ったのか右手の中指からケーブルを出し、つかんでいるヒューキャストの回線向かって強制的に接続した。 「なに。のっとられる。」 「落ち着け、同胞。お前の電子頭脳は傷つけない約束する。今は緊急事態だから止む負えないこととは言え済まない。お前達の相棒はあと1分も立たないうちに呼吸が出来ず酸欠で死ぬ。その前にワイヤーでこっちへたぐり寄せ、蘇生パイプで呼吸させるんだ。」 「そんな、この状態で不可能だ。俺は自分すら支えられんのに。皆死んでしまう。」 「安心しろ相棒。この程度のミッション等、我らの訓練に比べたら。」 「あんた・・・何者なんだ。」 「多くは知られてないが聞いた事はあるだろう。銀河警察特務機関ドアーズの隊員さ。といっても、元だがな。今は単なる宇宙船の工事屋だよ。」 「ドアーズ・・・デモーンズゲート。」 「お、懐かしい名前だな。」 「すげー・・・俺はあそこの落第生だよ。」 「ふっ、思い出話をするのは後だ、俺のデータを送る、そのタイミングで俺の腰にあるカスタムレイをシュート。データの角度でワイヤー発射だ。わかったな。」 「イエッサー!」 ハンターは完全に意識を失っている。だが、本能でセイバーにしがみついている。しかし、それも時期に限界が来るのは目に見えていた。フォマールは柱を上手く利用しデバンドで包み来みかろうじてふせいでいる。しかし、連続詠唱は急激の体力と精神力を奪う。目線が定まらず意識が朦朧としているようだ。目線の先には意識を失っているハンターがヒラヒラと嵐に舞う小船のように揺れている。 「死なないで死なないで死なないで」 朦朧とする意識の狭間にフォマールの思いが向けられてる。 「今だ!」 「シュー!」 ドーラの示した角度と威力をもってヒューキャストは左手でカスタムレイをハンターに向け放った。放ったレイは、セイバーの根元に命中、ハンターは衝撃で手を離しそのままの姿で落下した。そう吸込まれているというより自由落下。しかも壮絶なスピードで。 「いやーっ!」 それを見たフォマールは、詠唱を止め、吸込まれるにまかせほぼ同時に落下する。 「ワイヤー!」 「サー!」 ドーラとヒューキャはほぼ同時に手首に仕掛けられているワイヤーを発射。同時にドーラは尖った鼻先を杭のように地面に突き立て、めり込ませた。 「オォォォォォォ!」 同時に爪先も更にめり込ませる。 ドーラはフォマールを、ヒューキャはハンターを確実に捉えた。 「死なせんぞー!」 ヒューキャはワイヤーをゆっくりと巻き上げ、ドーラは左腕でフォマールを確保。渾身の力を込めヒューキャはハンターを抱え込んだ。そして胸部をわずかに開き、蘇生チューブを出しハンターの口へ酸素を送る。ドーラはというと意識を失ったフォマールを左手で自分の胸元に無理矢理押し込み。2本目の蘇生チューブを胸部より出す。フォマールに気付いたココロンはフォマールを手繰り寄せ、チューブを口にあて酸素を吸わせた。二人は「っはーーーっ」と大きく息を吐き、ミルクを急く赤ん坊のようにチューブに吸い付いた。 その直後、ハンターがいた場所を壊れたドーラのビークルが崖を落ちるように一瞬で通りすぎた。そう崖だ、まるで断崖絶壁の崖にフリークライミングしているようなものだ。しかも谷底に向かって激しく風が吹いている。全ての命とエネルギーを吸込まんが為のように。 ヒュゴーーーーッ。風なりが激しく響く。 「もう、駄目だ・・・俺のパワーではもう抱えきれん。俺の脳は、生存確率は・・・。」 「諦めるな!俺の脳は95%で助かると出ているぞ。」 「え・・・。」 「その男をこっちへ。」 ドーラは嘘のような怪力でヒューキャスを右手一本で引き寄せる。しかも、そのヒューキャストの左手にはハンターが抱えられている。 「言っただろう。この程度のミッション毛ほどでもない。俺はこの右腕1本で仲間のレイキャストを20人は支えたぞ。」 「俺がいいと言うまで諦めるな。」 「イエッサー!」 その頃、カンナは闇の中にいた。 そこは嵐どころか、何もない処だった。あらゆる生命反応がない。音も無い。全てが吸収されているかのような処だった。 えもいわれぬ恐怖が深淵から沸き上がる。 無だ。 これが無だ。 そして、無の空間に一つの生命が誕生した。 その生命は徐々に形を成し、一人の人間の形になった。 低い背。 痩せた身体。 黒いフォマール装束。 大きな瞳。 射るような眼光。 それは、どこかおかしかった。そう、厚さが無いのだ。正面からは確かに捉えられるのだが。横から見ると見えない。厚さがなかった。2次元の存在だった。 それは無の空間を滑るように動き、カンナの前で止まった。 射るような眼光。 全てを見通すかのような神のごとき眼光。 それは、ゆっくりと口を開いた。 「お前・・・死にな。」 そして無造作に巨大なフォークを振り下ろしす。 その時である。 カンナが笑った。 「お前がな。」 そう言うとNIHONTOUをゆっくりと抜き、素振りのように片手でスッと振り下ろした。 すると、それは大きな眼を一層見開き口を微かに開けた。 「お前・・・サムライだな。」 それは、カッターで切られた紙ペラのように奇麗に二つに別れ、無の中をヒラヒラと舞う。 そしてそれが虚空の彼方に消えると同時にカンナの背後から光がさした。 それは急激に光の強さをまし轟音を伴って大きくなる。 そしてその光の奥から台風が飛び出したかのようにカンナの背後から暴風が渦を巻いて吹き荒れる。 そんな中、カンナは右手でNIHONTOUを持ったまま立ち尽くしている。 顔にはあの笑顔が張り付いてる。 「ヘアーが乱れるだろ。」 その言葉をまるで待っていたかのように虚空の空間が一瞬で閃光に包まれた。 それはふいに止んだ。 ドーラは、谷底をフリークライムしようやく平地に辿り着いたような感覚に襲われた。同時にチューブを出したまま、左腕で赤子を抱える母のようにフォマールとココロンを悠々と抱えたまま素早く立ち上がる。右手に握られていたヒューキャストは左手でハンターを抱えたままスリープモードに移行していた。そのまま大地に横たわる。 すかさず全センサーを周囲へ向け、同時にカメラアイで周囲を見回す。 そしてカンナに向き直った。 「やったのか。」 何事もなかったかのように静かに言う。 「まーな。」 あの、何時もの笑顔でカンナは言った。 カンナが空を見上げた。 一瞬遅れてドーラも見上げる。 黒いものが落ちて来た。 バスッ。 二つに割れた黒い何かが地面に落ち、四散した。四散したそれは黒焦げで人間なのかそれとも何かの生物なのか、機械なのかも区別がつかない程に黒焦げだった。 ただ分かるのは、黒くて小さい。 それだけだ。 カンナはそれを意に介せず、踏み歩いてドーラに寄って来る。 「お前が闘っていたのこれなのか?」 「ああ。」 「手強かったか。」 「そうでもないな。恐らく・・・嫌何でもない。」 「・・・そうか。ありがとう。」 「こっちこそ。守ってくれた。」 そう言って左腕に抱えられ眠っているココロンを優しく見つめる。 「約束したからな。」 「ああ、約束した。」 ドーラは改めて周囲を見回した。 そこには何も起きていなかった。 そう、倒れているジークすらいなかった。 左横には天井が壊れていないビークルがあった。 攻撃は3日前から始まっていたのだ。 時間を照らし合わせてみたがビークルをレンタルしてから数時間もたっていないことがわかった。 カンナが手を差し出す。 ドーラは横たわるヒューキャストとハンターの横にフォマールをゆっくり寝かせ、当然のようにココロンを渡そうとした。すると、ココロンがドーラにしがみついた。 「だめー・・・んー・・・だめ。熊さん・・・。」 寝ながらしがみついてた。 「ふはっ。暫くそうして上げてくれ。」 「そうさせて頂こう。」 急にカンナは身体をくの字にし、腹を抱えて笑った。 「あっはっはっは。寝るか普通なードーラ。」 「うわっはっはっは。確かに。」 「全くだ。」 「ぶあーっはっはっはっは。」 通行人のいぶかる目線を全く無視して二人は大声で笑いあった。 その空間には二人の笑い声と、ココロンの笑顔だけが確かな生気をもって存在していた。 ベッドに横たわる若い美青年。大きく優しげな目。鋭過ぎないシャープな顎のライン。女性のような上品な唇にいやみの無い鼻。そして、彫刻のような美しく均整のとれた身体をしている。しかも無駄がなく野生動物のようにしなやかだ。彼の目線の先は、紫あじさいのような上品な髪色をした長身の女性。ガウンごしにもわかる見事なプロポーションに眼を向けられている。その女性は彼に背を向けコンピュータの前に向かってカタカタとキーをたたいている。 「なー雅龍、こっちにきなよ。」 「こらっ。雅龍と呼ぶのは10年早い。教官と呼びなさい。」 甘くそれでいて凛とした声。 「えー。もういいだろう呼ばせてくれよ。付き合い初めて何ヶ月たつんだよー。」 「だーめっ。」 「んもー・・・教官殿は言い出したらきかないからなー。」 「はい、聞きませんよ。ルシーちゃん。」 「ちゃんはないだろう。ちゃんは。」 「御免ね。ルシファーさん。」 「教官には負けるな・・・・。」 「ふふっ。」 「でも、驚きだよ。」 「何が?」 「あのドアーズの、いや全銀河警察の憧れの教官の彼氏だなんてなー。今でも思うよ。夢なら覚めないでくれーってな。」 「ふふっ、ガッカリしたでしょ。」 「なんでー。」 「ん?大体噂っていうものは事実の端端を極端に拡大して捉えられるものだから。この程度の女なのよ。」 「違うよ。この程度なんて嘘だよ。噂なんて眼じゃないさ。噂なんてもんじゃない。噂以上だよ。最高だよ。至高だよ。嫌、それ以上だ。」 「うふふふふ。相変わらず口が上手いんだから。でも、その口で私を酔わせて。」 「なんだよ。誉められてるのかけなされているのかわかなんねーな。」 「それなりに誉めているつもりよ。」 「本当に?じゃーさ、もう仕事は止めてねよーよ。ねよー。」 「ハイハイ、終わったらね。」 「えー待てないよー。」 「楽しい事は後に伸ばすほどに縁起がいいのよ。知らない。」 「えーーー俺はお預けくっている犬かー。」 「我慢出来ないなら他の彼女のところに行ってらっしゃい。」 「いないよ。全部別れた。」 「あらあら、勿体無いことするのね。」 「教官、俺いつか雅龍って呼べるに相応しい男になる。」 「期待してるわ。」 「もーこれだもんなー。ぜってー言わせてやる。あーもーふて寝だ!」 「はーい、お休みなさい。いい夢をね。」 「あー。・・・無理するなよ。」 「ありがとう。好きよルシー。」 「俺もだ・・・。」 #7 侍魂-エピソードアフター 2時間が過ぎ、男が完全に寝静まる頃。雅龍はようやく一つの事実に到達した。 「あった・・・これね。あの子がいった謎の物体って。名称不明・・・仮称DF結晶体。なんのことかしら?推定ヒューマもしくはニューマンの変質した形。え、これが?第一次ラグオル移民の時代に同じものが見受けられる。・・・一体何時の話なの。銀河警察トップシークレット中のトップシークレット・・・Zファイル。まさかこんな連中が関わってくるなんて。どうして・・・こんなことに。ジョニー・・・何処にいるのジョニー・・・。私がいけないんだ、全部私がいけないんだ。あの時からね、全てが狂ってしまった。あの時から。私が・・・私があんなことさえしなければ。この私が。」 椅子から崩れ落ち床に泣き崩れる。雅龍は眼帯を両手で押さ、右めより止めど無く流れる涙を流し続けた。 そして、横になり膝を丸め頭を抱えた。 その背中は、まるで赤子の様に小さい背中に見えた。 すぐ後、三人はまるで何事もなかったような破壊された筈のビルの4階にいた。 1階の入り口は天井がぬけた筈のビークルがある。そのビルはドーラが狙撃ポイントに選んだビル。そして4階は喫茶店だった。 「え?強力な催眠誘導じゃないのか。」 「ああ違う。時空震が起きただろう。」 「ああ起きた。あれは催眠誘導が見せた擬似映像じゃ。」 「ドロイドとヒューマーに?そしてニューマンに?同時にか。」 「確かに我々は生物のような催眠自体は効かないが、外部から電子頭脳にハッキングをかけメモリを・・・」 「どうだ。お前の電子頭脳は何て言っている。」 「・・・ありえない。」 「そうだ、ありえない。確かにヒューマーの精神は特殊な訓練を受けない限り弱い。しかし、ニューマンは無理だ。ココロンどうだ、ドーラの喋ったことに覚えがあるか。」 「うん。まんま同じ。」 「だろ。あれは催眠誘導でも夢でもなんでもない。まさにここで起きた現実なんだ。」 「しかし現にそうしてビークルは壊れていないし、街も一切がなんともないぞ。あれほどの時空震!建物の人も全てが次々と。」 「違う。奴等の時間だけが吹っ飛んだんだ。」 「バカな。ありえない。第一私の時間は確実にビークルをレンタルした後の2時間後を示しているぞ。」 「ドーラ、連中とやりあうならデータに頼り過ぎるな。お前の後ろにある掛け時計は何日の何時を指している。」 ドーラは後ろを振り替える。 「なっ・・・3日、3日たっている・・・バカな。私の内部時計は自動的に標準時を捉える筈なのに、ありえない!カンナ、カンナの時計は何時なんだ。」 「俺は時計はしない。」 「はい熊さん。」 ドーラはココロンの右手首に巻かれたキャラクター時計を覗き込む。 「ほら、私と同じだ。あれがくるっている。」 「やけに動揺しているな。あ、すいません。」 そういうとカンナは店員を呼び止めた。 「今、何時?」 「時間ですか、あちらの・・・」 店員は壁の掛け時計を指差そうとしたがカンナは何時の間にか立ち上がり店員の手首を掴み、それをドーラに見せる。 ドーラは店員の腕を改めて掴み強い力で引き寄せた。思わず店員の表情が恐怖に歪む。 「まさか、ありえない!」 時計は確実に捜索開始から3日後の夕方4時を指し示している。 「すまない。」 そういうと店員の手を離す。店員は恐怖の色を残しながら去っていく。 「チェックしてみろ。」 ドーラは電子頭脳にアクセスし標準時の調整モードに移行し、時間を合わせた。 「・・・」 「そこがドロイドの盲点だ。今までずれたことの無い時間だから必ず正しい。そう思い込んでいる。確かにドロイドの時計は正しい。だが、1秒ごとにチェックしているのか。そうじゃないだろう。決められた時間に自動的に補正しているに過ぎない。普段は自立計算で時の経過を捉えているに過ぎない。だろ?」 「ああ・・・。こんなことは初めてだ。」 「だろうな。作戦にとって時間は秒単位どことか1/100秒単位で重要だ。だからずれてはいけないしずれない。そう考えるしそうならないようにする。お前が相手にしようという連中はそれを可能とする奴等なんだよ。」 ここに来て初めてドーラは戦慄した。得体の知れない連中。それどころかドーラ自身はその攻撃をしかけた本人すら見ていないし攻撃もしていない。見たのは落ちてきたのは黒焦げの固まりに過ぎないのだ。電子頭脳の意識屋は真っ赤に染まり警告を発している。全く得体の知れない攻撃、敵、人間なのか、ドロイドなのか、全てが謎だ。何一つ解らない。何も出来なかった。無力、非力、赤子、不可能。 「じゃーなぜ彼らはなんともなかったんだ。」 「それはわからん。」 「え、しかしカンナは何かを掴んでいるんだろ?」 「何をだ?」 沈黙が流れる。ドーラからしたら禅問答のようだ。何も答えをかたろうとしないカンナ。全く不可解な攻撃をしかける相手。消えたジーク。何事もなかったように生活をする住人達。ここの喫茶店でさっきからせっせと働いているメイド型レイキャシールは、ドーラがブーストアップして狙撃した4体の内の1体。そしてさっきの店員も自分達に襲い掛かり、そしてその後時空震にのまれたヒューマー。わけがわからなかった。それなのに窓際に座るカンナは全く動揺どころかくつろいですら見える。その横に座る少女、ココロンは子供の様に一心にパフェをかき回し、ドロドロになったパフェをスプーンで救い嬉しそうに頬張っている。そして頬張ってはカンナを見上げ一層嬉しそうに笑う。自分が壊れているような錯覚をおぼえた。それともこれはまだ敵の攻撃の渦中にいるのか? 「お願いだ、知っていることを言ってくれ。」 黙って頭を下げた。 「いっただろう。俺は何も知らない。ただ、そう感じるんだ。」 「お願いだ。例えどんな相手だろうと、隊長を、ジョニー隊長を救いたいんだ。お願いだ。今回の件は全く理解出来ない。情報がなくては分析も出来ない。情報を情報私に、情報を。」 そういうと突然ドーラは椅子を引き、床にシャガミ頭を更に下げた。 そのドーラを黙った見下ろした。ココロンはパフェをぐるぐるとかき混ぜている。 「ドーラ知っててやっているのか。」 「え、なんのとこだ。」 頭を下げたままでそう言った。 「それは俺達の星では土下座といって完全降伏を意味する態度なんだぞ。」 「知らない。知らないが完全降伏でもいい。お願いだ教えてくれ。隊長を助けられ全てが済んだら何でもする。私に出来ることは何でも何でもする。気に入らなければメモリを書き換えて構わん。」 攻撃されたことすらわからなかった。それで分析も何もなかった。だが、それでもジョニー隊長のことを諦める訳にはいかなかった。その点に関してはドーラは全ての選択肢で優先された。 「それは無理だ。」 「どうして!」 ドーラは顔を上げた。 「隊長さんを救えば・・・お前は死ぬ。」 「死など恐れん!」 思わず立ち上がった。ココロンの手が止まる。ドーラはじっとカンナを見据えた。カンナはそんなドーラを真っ直ぐ見上げた。その眼はまるで子供のように素直で淀みのない眼に見える。 「いや恐れるさ・・・恐れるとも。なぜなら、お前が隊長を救うことで雅龍が死ぬからだ。」「!!!」 「お前が行けば確かに隊長は救えるだろう。恐らくあのジークというヒューキャストもな。だが、お前と雅龍は死に、お前の隊長さんは一生悔やんでも悔やみきれない結末を迎える。それでもいいのか?」 答えられなかった。 カンナの言った言葉には根拠がない。しかしドーラは不思議とそれを事実であるかのような気がしてならなかった。根拠が全くないにも関わらず。ドーラは電子の奥底でその言葉を受け入れていた。それはドーラにとって最悪にも近いシナリオだった。ココロンが不安そうな目線をドーラに向けた。口の回りにはパフェのクリームを一杯につけ、カンナとドーラを交互に見る。目には涙がうっすら溜まり、カンナのハンタースーツの袖を小刻みに引っ張る。 「嫌だよー・・・そんなの嫌だよー。」 カンナはテーブルナプキンを手にとり、じっと見つめるココロンの口の回りを拭いてあげる。 「何度も言ったろ。これは決められた運命なんだ。運命のレールにのればそれは変えられない。だが、レールにのらなければいい。隊長さんを諦めればすばらしい人生が待っているよ。 「熊さん、一緒に行こう。ココロンとカンナと一緒に行こうよ。私が一生懸命働くからさー。一緒に行こうよー。」 薄っすら涙の浮かぶココロンを見つめながら、ドーラはあの映像をリードしていた。そのこには仕事内容とは裏腹に優しく微笑むチューリーと言う名の彼女の笑顔がある。 「ありがとうございます。」 「なら!」 「それは出来ません。」 「えーどーして、どーしてなの。・・・大丈夫だよ、ロボさんの身体を維持するのはお金が掛かるんでしょ。私がなんとかするから、大丈夫だから、だから三人で楽しくね。」 そう言ってドーラにしがみ付くココロン。その眼から大粒の涙がドーラのボディーをつたう。ドーラはゆっくりと膝を突き、ココロンと同じ目線になる。自分の手にココロンの手をのせ、優しい口調で語り掛ける。 「ありがとうございます。その言葉がどんない嬉しいことか・・・表現出来ません。でも私は隊長を救いたいんです。隊長がいなければ今の自分はいないでしょう。だから、隊長の危機は私の危機なんです。」 「カンナぁー、カンナとココロンが熊さんと一緒に行けば熊さんもおねーちゃんも隊長さんも助けられるんじゃないの。」 「あぁ・・・恐らくは。」 「行こう、行こうよ熊さんと。隊長さん助けよ。そしてそして熊さんと一緒に暮らそう。ね、そうしよ。そうしようよ。」 すがり付くような目線で見る。 「カンナ・・・私に・・・。」 「言うな!」 その言葉には、カンナが初めて見せた意志の光にようなものが込められていた。 「それ以上言わないでくれ・・・。」 そう言うと力なく窓の外に眼をやった。そして、振り返った時にはいつものカンナの眼がそこにはあった。 「確かに俺とココロンが行けば隊長さんやジーク、そしてドーラお前も死なずにすむ。雅龍にしてもそうだ。隊長さんは雅龍に会いドーラもいて、ジークもいて、俺がいてココロンがいる。ハッピーエンド。まさにハッピーエンドだ。」 なぜか浮かない顔をしている。 「じゃー行こうよ。ねぇー。」 「だが・・・そのハッピーエンドは大いなる・・・最悪のエンディングの幕開けに過ぎない。小さな小さなハッピーエンドだ。砂漠の蜃気楼のようなものだ。幻だ・・・。」 「カンナ・・・お前は何を始めようというんだ。」 「始める?始めないさ・・・始まるんだよ。好む好まざるに関係なくな。俺は何もしない。したいようにするだけだ。」 「でも、それじゃーそれじゃー・・・。」 ココロンはそれ以上言葉にならなかった。ドーラの肩に身体を寄せ、ただ押し殺した様に泣く。そんなココロンの頭を優しく抱きしめる。 「・・・一つだけ方法がある。」 「言ってくれ。」 「ドーラ俺についてこい。隊長は諦めろ。」 「カンナ・・・。」 「お前が隊長を諦めれば全てが円く収まる。お前も、雅龍も安泰だ。ココロンも悲しまずにすむ。俺も大切な友を失わずに済む・・・。」 「しかしそれでは。」 「そう、隊長は死ぬ、ジークも。だが、それは最悪の結末ではない。二人は恐らくは一瞬で死ぬ。原因も結末も知ることなくな。それに、最悪の結末ではない。終わりでもない。」 「それは出来ない。それは・・・それだけは。」 「お前はいい。だが、雅龍はどうなんだ。お前が諦めなければ雅龍は死ぬんだぞ。それでもいいのか。」 静かな口調の中に強い否定が込められていた。 「それは・・・私が守る!」 「不可能だ。」 「なぜ!」 「お前が先に死ぬからだ。しかも最悪な形となってな。」 「そんな、デタラ・・・メ・・・。そんな・・・デタ。」 言葉が出なかった。否定したい強く否定したい。カンナの言っていることは何の根拠もない嘘デタラメかもしれない。電子頭脳は常に確立は不明を示している。それどころか目の前にいるカンナに対して危険を示しさえしていた。にも関わらずドーラどうしてもその考えを捨て切れなかった。何の根拠もなかったが根拠以上に重要ななにかがあるような気がしてならなかった。あまりに異常な精神状態に、自動的に戦闘モードに移行している自分に気付く。 「で・・・で・・・。」 「隊長は忘れろ。それがお前の最高の道だ。ここにお前の隊長がいたら同じことを言っただろう。隊長とお前の間に何があったかは知らない。だが、隊長はお前に一切の理由も言わず去った筈だ。」 「・・・」 図星だった。隊長の存在は話してもそれ以外の詳細な情報は一切に言っていない。 「その理由を考えろ。お前を巻き込みたくないからだ。お前に生きていて欲しいからだ。お前が隊長さんが生きた証なんだよ。恐らくお前の隊長さんは奴等のことを知った筈だ。だからこそそれを告げずに去った。死を覚悟してな。そして生きている限り探求する為にな。そういう人間だったんだろ隊長さんは。」 全てが当たっていた。恐いくらいに。隊長は正義感の強い優しく人間にしては頭のキレル人だった。そして、一度これと決めたら絶対に譲らない強さがあった。ヒューマーにはそうそういないタイプだった。だからドーラは隊長に心酔した。その腕も、頭のキレも、判断力も、統率力も、そして何よりもその心の大きさに。ドーラ心酔しきった。人間を侮っていたドーラの鼻っ柱を完全に、しかも暖かく折った人だった。 「言葉はなくてもそれが隊長さんのメッセージなんだよ。」 「カンナ・・・お願いだ私とともに・・・。」 「それ以上言うな。」 「カンナ・・・。」 「俺はしたいようにしたいんだ・・・。」 うわーっと息堰切ったようにココロンが大声で泣き出した。そしてカンナに抱き着き強く強くしがみついた。カンナは子供をあやす母親のように抱き留め、背中をさすってあげた。ドーラはまるでそれが答えのように聞こえた。 「悪かった・・・カンナ。」 「それでも行くのか。」 「ああ、行くよ。」 「そうか・・・。」 「一つだけ教えて欲しい。」 「なんだ。」 「どうすれば少しでも悪い方向から逃れられる。」 「自分一人で全てをやろうとするな。多くの者を事象を巻き込め。それを我々の間ではタリキと言う。」 「巻き込んだ者達はどうなる。」 「多くは死ぬだろう。しかし、うまくすれば雅龍は助かるかもしれん。」 「そうか。それだけでも充分だ。ありがとうカンナ。」 「悪いな。」 「未来を予知できる民族がいると聞いたことがある。カンナはそれと関係があるのか?」 「いや、違う。未来なんていうものはそもそもが存在しないんだ。それは人間やドロイドの錯覚だ。あるのは今と過去だけだ。」 「予知ではないと。」 「ああ、予知ではない。感じるだけだ。」 「予知ではなければ変えられる可能性もあるのかな。」 「あるいは・・・常に要素は変化しているからな。」 「・・・カンナの感じるその後に、私たちが再開しているビジョンは見えるか?」 カンナは一瞬ためらったかのように間をあけた。 「見えない。」 「じゃ、これが最初で最後の出会いか。」 「ああ。」 カンナがそう言うとココロンは更にカンナのハンタースーツに顔を埋め、泣きながら息が出来ない程に強く抱きしめた。もはや声になっておらず、それは小動物のうめき声のように聞こえた。 「ありがとう・・・友よ。」 「こっちこそ、楽しかったよ。お前にみたいなドロイドがいるなら・・・そう遠くない内にいつかヒューマーの歴史は幕を閉じるな。ドーラ、行くなら最後の最後まで諦めるな。いいな。生きるすべを最後まで探せ。」 ドーラはカンナに手を差し出す。 その手を見てカンナはふっと笑った。 「男と握手する趣味はない。」 「うわっはっはっは、そうだろうな。」 「雅龍に言っといてくれ。今回のは貸しにしとくとな。ミッションは失敗だ。ジークを取り逃がした。」 「いいのか?」 「ああ、仕方ない。そこまで厚かましくはないんでな。」 「へーそりゃ意外だ。」 「おいおい心外だな。俺をどんな奴だと思ってるんだ。」 「見たまんまだろ。」 「短い間に随分言うようになったなお前も。 「うわっはっはっはっは。」 * 二時間後、喫茶店を出た3人はレンタルしていたビークルを返却し宇宙港にいた。 「楽しかったよ二人に会えて。」 ドーラは二人をじっと見た。その目線は愛おしさに満ちている。 「こっちもなかなか面白いものを見せてもらった。」 二人は来た時と同じく軽装で出発ロビーに立っている。 あの喫茶店以降、ココロンは誰とも一言も口を聞いていない。 「ココロン殿、最後にお別れを言わせてくれないかな。」 ドーラはココロンの目線にまでしゃがみこみそう言ったが、カンナのお腹辺りに顔を埋めたままドーラを見ようとしなかった。両手はしっかりカンナの手を握っている。 「ココロン殿。」 黙ってふるふると首を振る。 「熊さん寂しいなー。」 ドーラがそういうと初めて片目でチラッとを見る。その眼は涙で真っ赤になっている。 そんなココロンに、右手を差し出す。手には何かが握られているようだ。 「はい、プレゼント。」 そう言って広げた手には、番号がかかれた白い金属プレートが2枚あった。 「これ何・・・熊さん。」 「これはねぇー、私の証だよ。」 手に取って見る。 ドーラは手を頭に優しく置き1回だけなぜる。 「私が何処で生まれ、どこで働きどこで生きたかを示すプレートなんだ。」 プレートをじっと見つめる。 それは、ドーラが誇りとしていたドアーズ時代の認識プレートとバックアップメモリの一部。何よりも大切な物である。 「ありあと・・・。」 消え入りそうなか弱い声でそう言ってヒシとドーラに抱き着く。 そしてプレートを握り締めたまま、またカンナに顔を埋める。 「1枚はカンナに渡してあげて。」 黙って頷く。 ドーラは立ち上がり、カンナを見た。 そこにいるのは第一印象とはかけ離れたものだった。変わらないのはその悠然とした姿だけだ。 電子音が場内スピーカーから流れる。 それは次の便が出発を示す音声のようだ。 「時間のようだな。」 「じゃあな。」 まるで直ぐにでも会える気軽さでそう言うと踵を返しゲートへ向かって歩き出す。左手はココロンにしっかり握られている。ココロンはしきりに後ろにいるドーラをチラチラと見ながらもカンナにたどたどしく付いていっている。ドーラはただじっと見つめた。手を振るでもなく声をかけるでもなく。ただ、木偶人形のように立った。 ゲートを潜ったと思ったらカンナが立ち止まった。 「ドーラ。お前にもし恵みがあるならサムライの鬼丸に会うだろう。会えたら運を試すんだ、いいな。」 透き通るような一点の曇りもない声でカンナはそう言った。 「名前は!」 「SIONだ。鬼丸シオン。」 「ありがとう!二人のことは絶対忘れない!」 ドーラはそう言って敬礼する。 場内にはココロンの悲痛なまでの泣き声だけが何時までもこだましていた。 カンナ言う通り文字通り困難な道のりは、こうして幕を開ける。 少しして、それはドーラの想像を遥かに凌駕する驚愕の道のりであることを身をもって知ることとなる。しかし、時は動き出した。もはや後戻り出来ない時が・・・。