B

---SIDE STORY---

#1.「月はライバル」

著:管理人 大阪弁校正:COOLZ

*

 神棚の前に立っている少女。
 手には、方位の書いてある円盤を持っている。
 時代物なのか年季が入っており、元の色や形をとどめていない。
 その円盤の針がくるくると回りある方位を指した。
「なんやーまた凶の兆しがでとるがな。もー」
 その少女は、身長はわずかに一四六.七センチ、まだ幼さの残る少女だ。
 この店、お土産屋の店主をしており、名前をBという。
「さては、またあのぶりっ子がなんかたくらんどんなー」
 そう言うとBは、紫に照り光るふかふかの座布団の上に馴れた感じで正座をした。
 そして、手をあわせする。
 朝日が開け放った窓から差し込み、室内を明るく照らしていた。
「さっそうさっそうさっそうす…。」
 そう呟くと、神棚に向かって何かの印だろうか手で描き、ブツブツといった。
 この印はBの国カンセイで商売の凶運を跳ね除けるいわば厄除けのしるしと言われるものだ。今となってはそれを知るものはもうほとんどいないが。
 同じ言葉をぶつぶつと繰り返し、組んでいた手を離す。印を斬るという動作だ。
「さっそうする…」
 立ち上がり、神棚のお猪口を手にする。
 お神酒というやつだ。
「さっそうす」
 グイッと飲み干す。
 飲み干したお猪口を手に持ったまま、手を合わせ深々と一礼する。
 そして、お猪口を神棚に戻し、2回手をたたいた。
「さっそう・・・」
 目を開くと、手を合わせたままある一点を見つめた。
 口元はブツブツと何か唱えている。
 目線は神棚に飾ってある写真に向いてる。
 写真には、痩せ老いた年配のヒューマーが写っていた。
 背がかんり低いようだが、身長や体格からは想像出来ないほど強い何かを感じさせる。
 豪快な笑みがそれを語っていた。
「じいちゃん・・・ウチをまもってやー」
 そう言って頭をちょこんと下げる。
 写真の少し奥にはもう一枚。家族らしき写真が置いてあった。
 何があったのか、写真は一度チリジリにやぶられた後があり、それを後で貼り直したようだ。その写真にはBの両親とおぼしき人物とB本人の姿があった。
 その写真をジーッと見つめるB。
 両親は不機嫌そうな顔をカメラに向けている。これを撮ったであろう人物を睨み付けているようだ。横のいるBはふてくされているのがわかる。
 ちらっと、その写真に眼をやるB。
「あんたらはどうでもええわ!」
 ジッと見つめる。
「・・・冗談、冗談や」
 そういうと照れくさそうに少しだけ手を合わせた。
 続けて、厄を払うがごとく強く手をたたく。
 そして、あの写真の老人と同じような快心の笑顔をした。
「さーて!今日も売りまくるでー!」
 こうして商売人Bの朝は始まる。
 
 重いシャッターの端を両手でもって、思いっきり上へ跳ね上げる。
 衝撃で店の看板がズレる。
「くー、朝やー朝やでーっ!皆、今日もよろしゅーたのんまっせー!」
 まだ、誰もお客のいない商店街。静まり返っている。
 それもその筈、まだ朝の五時。
「ん…?あの声はBちゃんか、ということはボチボチ起きなあかんな」
 そう言うのは、Bの向かいにある甘味屋「みろく亭」の店主のミロクだ。
 ミロクは、近所でも有名な甘味処で、Bとは同じカンセイ国からこの地に移り住み、もはや50年が過ぎようとしていた。Bのよき理解者でもある。
 よいしょと起き上がると、隣で寝ている嫁を起こさないようソロリソロリと着替えはじめる。
「・・・もうBちゃん鳴いたの」
 連れ合いのハスだ。
「あー起してすまん。ああ、鳴いた。今日も占いが悪かったんやろー、やけに元気やったさかい」
「じゃーもう起きた方がええな」
 ハスは嬉しそうに笑った。
「そうした方がええな」
 鳴いたというのはBのあの声らしい。
 彼女はスペース鶏より正確な時間に起きる。しかも、その声はサイレンなみ。この商店街では目覚し代りにしている人達も多いようだ。
 この周辺は朝から観光客の訪れる商店街なのでそういった点では苦情を言う人もいない。
 いや、むしろ苦情を言うような人物は、この地域を引っ越すようだ。
 ただ、一人の例外を除いては…。
 
「ビィーーーーッ!」
 血相をかえて隣の店からBと同じぐらいの年、背格好の少女が出てきた。
 彼女は一年程前にBの隣に店を構え、ファンシーショップを開いている。
 名前をミスティック・ムーンといい、商店街の皆や常連からは月ちゃんと呼ばれていた。
 月は、右手には何故かティーカップを持っている。
 顔がその紅茶らしきもので濡れていた。
「あんたねー!毎朝毎朝スペース鶏じゃーあるまいし、ウッサイノヨー!!せっかく開店前の優雅なティータイムがーっ!見てよこの顔!あんたの声でビックリして噴いちゃったじゃないの!!」
 息を弾ませながら、ティーでぬれた顔でBを睨んでいる。
 そのぽっちゃりとした可愛い顔と、小鳥のような声からは想像もつかない。
「あー・・・朝っぱらから嫌なもんみてもうた。塩、塩」
 Bは、馴れた手つきで店先に盛っている塩を手にとり店先にまきだす。
「ビ、ビ、ビィーーーーーッ!」
 小さな肩がプルプルと震える。
「ほれほれ、避けんと塩で溶けてまうで。それ以上小そうなったら見えんよーなるで」
 全く気にする事も、臆する事もなく月の足元に向かって塩を撒いている。
「ほーれ、ほーーーれ」
 月は頭から湯気が出そうなくらいに赤くなっている。
「キーーーーーッ!私はナメクジかっ」
 
 こうしてここの商店街の朝は始まる。
 一年前に月が越して来た時、それはもう仲の良い二人に見えた。
 お互いニューマンでしかも天涯孤独だ。しかもこの若さでたった一人店を切り盛りしている。育ちが異なるとはいえ、仲がよくない筈はなかった。
「Bちゃ〜ん、もうちょっと朝は静かに始まった方がいいんじゃないかしら〜。皆さんも朝は静かに迎えたいでしょうしー・・・」
 そう言って上目づかいにBを見た。
「え?ちゃうちゃう。月ちゃんそれはちゃうって。初め良ければ終わりよし。終わりよければ全てよしや!だから朝は景気よーいかなあかんよ」
 そう言って豪快に笑い返す。
 そんなやり取りだ何度か繰り返された後、ある日の出来事がキッカケで二人は犬猿の仲となる。
「あーお客さんお客さん、お客さんやったらそういう嬢ちゃん趣味っぽい品物より、カンセイ名物、ダッコ焼きの方がええでー」
 それを聞いた月が接客を途中で止め店から出て来る。
「えーっと、誰が嬢ちゃん趣味ですって?」
 顔が心持ち引きつっている。
「え?だってそうやろ。」
 Bは全く悪びれた風はない。
 悪気は全くないのだ。
 月のお店は、小さいアクセサリやインテリア、アニマルグッズ等が溢れていた。
 しかしその出来がどれも秀逸で、他の惑星から常連が買いに来るほど人気も高い。
 全ては月の手作り。
 でも、Bはそういうものが大嫌いだった。
 誰かがやるのは商売だから仕方ないと思っているが、それは必要な商品を提供する能力がないからと考えていた。もちろん悪気はない。
「ビィさん!撤回なさい」
「なんやねん急に。撤回って、何をや?」
 全く気付いていない。
「撤回しなさい!」
「煩いなーぶりっ子・・・あ、ゴメンな」
「ぶ、ぶ、ぶりっ子ですってーっつっつつ・・・」
「だからゴメンやて。ついや、つい」
「こんの・・・ガサツな、男女!」
「なんやてー!ガサツは許したる。でも、この色っぽいBちゃんを男女やて!それこそ謝れ!」
「色っぽい?ばっかじゃないの。このブス!」
「な、な、な、なんやてー!」
 Bが手で印を組む。
「おー!やろーっての。テクの全国大会で優勝したあたしとやろーっての!」
「ほへ〜どこぞのケチ臭い大会程度で天狗になりくさって」
「にゃにお〜っ、チビブス!略してチブ!」
「許さんでーワイよりチビのくせしてー!」
 二人の身体から激しい光が発する。
 この異常事態に観客は二人を遠巻き見ていたが・・・最早後の祭り。
 
 その後、互いの店先はぶっとぶわ、お客さんは逃げ惑うわの大騒ぎとなった。
 終いには警察も出動したが、最終的にはみろく亭の店主が宥め治まった。
 そして、三ヶ月ほど営業停止処分を受ける。
 
 商売が何よりの生きがいの二人であるから、三ヶ月の営業停止はほとほと堪えたらしく、それより普段からこうして言い合う程度で我慢している。
「第一私の方が背は高いんだから!」
「なに言ってるんや、この前の商店街の健康診断したやろ。ワイの方が1ミリ高かったやないのー。いややわーその若さで頭もぼけてきはりましたん〜。哀れやね〜」
 頬杖をついて背一杯哀れんでみるB。はたから見れば可愛いものだが。
「うぅぅぅぅ、何いってんの!あそこで1ミリなんて誤差範囲だってお医者さんが言ってたじゃないの。それにねーあの後、測り直したら3ミリ私の方が大きかったんだから」
「へー・・・踵が微妙に上がってたように見えたけど」
 したり顔でニヤッと笑う。
「なっ!・・・」
「ふっふっふ」
「み、見てたの・・・」
「さ〜、どうやろね〜」
 一瞬青ざめた月だが、反撃のネタを思いついたのか、逆に頬杖をついて顎でBを指した。
「あら、そう言えばBさん。あなた、体重はお幾つになったかしら」
「うっ・・・」
「あーら、言えないの?」
「言えんことないわーい。そんなことこんな処で言うもんやないやろー」
 明らかに動揺しているように見える。Bは急にそわそわしだし、目が泳いでいる。
「あーら、お手・・・震えてるのかしら?」
「む、武者震いや」
「へー武者震いねー。偶然見ましたのよ、Bさんの体重」
「えっ!!」
 ピキキと音がしそうな程、Bの身体は不自然に震えが止まった。
 額からは一気に汗が吹き出している。
「嘘やろ・・・。な、お月はん」
 笑顔が引きつっている。
「どうかしら〜。なんなら、Bさんのスペース鶏ばりの大声で、発表しましても構わなくてよ〜」
 Bは首をプルプルと震り引きつった笑顔で言った。
「あかん、あかんがな。なーお月はーんいややわー。冗談きついわー・・・ははっ」
「ふふふっ、どうかしら・・・」
 すると、月は思いっきり息を吸込んだ。
 Bの顔は一瞬で青ざめる。
「商店街のみなっさーーーーーん!」
 月はその可愛く小高い声を可能な限り張り上げた。
「やめー!!」
 半泣きのBは、月にタックル。
 倒れる刹那すかさず月にまたがり、お腹や脇の下をくすぐりだす。
「あーはっはっは、やめ、やめてー脇の下は弱いの。お願いお願い、ヒーッツ。」
 なんとか逃げようともがくが、Bは逃してなるかと背後に回り込み、抱きつきながらクスグリまくった。
「言うたらあかんでー、ぜーったいあかんで〜」
「言わない。言わないから止めて、やめ、やめ、キャハッハハハ」
「ぜったいやでー!!」
「絶対、絶対、約束、やく、キャーッハッハハ。お願いー」
 
その頃、甘味屋「みろく」の店主、ミロクは朝ご飯を食べていた。
「ほんま、あの二人は仲よろしいな」
そう連れのハスが笑顔で言うと。ミロクは笑顔で味噌汁をすするのだった。

こうして朝が始まる。

 
TO BE CONTINUED